青の下の涙を許す者は、誰であっても良い。

嗚呼烏

可哀想で

窓から、外壁の横の光に目がいく。

空の青が見えないほどの、白。

眩しさより、不快感が来る。

どんなに可愛い団扇を持ってても、笑えなくなってきている。

そんな天候の下に。

号哭。

とは言えないが。

ここの廊下を通れば、泣き声に初めて気づく。

思わず、足が止まる。

この暑さを気にしないほどの、気持ちを持っているのだろう。

その気持ちの大きさに比例する存在感。

そう思った。

大声で笑う者、ジュースを持って通る者。

これといった特徴のない者。

この廊下に、人がいないことを知らない。

人がいることが、普通。

なのに、このオブジェクトは意識せざるを得ない。

止まらない涙に、壊れた井戸とでも言えてしまうだろうか。

ここに居て。

首に汗が垂れることが嫌になるのは、同じ筈なのに。

それを無視できることに、涙を流す者の辛さが感じられる。

そして、同時に。

綺麗な手が、涙に濡れることを勿体ないと思う。

暑さを嘆く女子の声が、後ろにあることを分かりながら。

手持ち無沙汰の立ち往生に、締め付けられる心。

顔見知りだからこそ、こんな姿には息が詰まる。

単純に、少しばかり息苦しかったりもする。

もし。

事情を知っているならば、横に座れるのだろう。

俺は事情どころか、彼女のこんな姿すら知らない。

汗と涙で、無茶苦茶。

今は、一人でいたいかもしれない。

俺の考えの甘い一言で、傷つけるかもしれない。

自分の学校。

そこに存在するだけの方が、落ち着くかもしれない。

そうは思うけど。

俺よ、それは。

そう思うだけだろう。

いつから、美鳥みのりの口を疑っている。

根拠はなんだ。

嫌なら嫌だと、彼女ならば言える。

どうしても意識する、友達の汗に。

頑張ったんだな、って苦笑いしたときも。

苛立たせなかったことに、俺は安心しただろう。

それに、人は群れるものだ。

嫌いでもないのに、横に来られたくないなんてことはない筈だ。

ぬるいペットボトルを持って、歩いてみる。

爪先を、君に向ける緊張感。

そして、勝手に深呼吸をする。

「たまたま持ってたので。落ち着けたら、飲んでください。」

返答はない。

まあ、期待していないけど。

その沈黙には、涼しい風に当たりたい二人がいるだけになった。

「……これといった味のない水、飲めない人がいるのも分かります。」

彼女の横に腰を下ろす動作は、素直にならなかった。

さりげなく動くことのできない自分に。

なんとなく、ドラマ番組の男を重ねる。

ペットボトルの水を鞄にしまう頃には、すすり泣きへと落ち着く。

人が横にいるから、というわけだろう。

「……それは、君。自分で、買うから。いい。」

裏返ったり、掠れたりする声。

わざわざ、喋らせた。

暑さで、喉も痛いだろうに。

どこか申し訳ない。

「口、つけてないです。」

補足をつけてみたが、それでも彼女は首を横に振る。

今は、人との会話に集中は使えないのだろうか。

とは言えど。

やはり、良くない。

そう思って、ペットボトルを取り戻す。

このぬるい水を渡すのも、最適解ではない感じが否めない。

「……俺が飲んでほしいんです。」

水分補給をしないと、体調を崩す。

専ら、その思いだけなのに。

気障ではなかったかという心配に、身を強ばらせる。

大人になれば、もうちょっと自然に。

そう思ってみては。

大人であれば、と決めつけている時点で。

時の流れに任せようとしている時点で。

俺らの言う、子供なのだな。

という自虐で終わる。

「……いただく。」

水の温度が手に渡る瞬間に、少し罪悪感を覚える。

これはスポーツドリンクが好きな俺が、量が足りなかった時のために買った水だ。

よく見るペットボトルの細さで、さらに小さくなっている安い代物。

遠慮していた姿とは裏腹に、水位はどんどん下がる。

「……ありがとう、やっぱり水分は大事だよな。」

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