人生は童話である
うおさとかべきち
(一)
カッ、カッ、とチョークの音が愉快に響いている。黒板に意味があるのかないのか分からない数列が書かれていく。数学教師は楽しそうだった。私は、数学が苦手なのに、なぜか理系クラスに進んでいた。適当に生きてはいけないと実感した。
高校に入って一年と八か月。だいぶ脳みそは役に立たなくなってしまった。成績は下の下であるというのに、危機感が無い。何回もテストがあったが、すべて負け戦だった。回答欄を埋めたいという気持ちはあるのだが、書くことがない。仕方なく記号問題だけを答える。適当に選んでいるので、返却時に悔しく思わない。紙がもったいない。地球温暖化の原因の一部は私だ。温室効果ガスを無駄に排出させている。
まあ、勉強はいいのだ。まだ間に合うという魔法の言葉を唱え続けて実際に間に合えばいいのだから。
私がそれより気にしていることは生活の方だ。こちらは中のナントカ。
「
教師が黒板の文字を指でなぞりながら言った。その指が白く汚れる。それは毎度のことだが、いつも気になってしまう。あれは――。いや、今は答えのことを考えなければ。意識を指から文字に戻す。文字の足元は崩れていた。少し読みにくい。その問題は、簡単に答えが分かるものだった。暗算をして答えを出す。
「3」
私の回答を聞いて教師はうなずいた。そして解説を始め、また文字を指でなぞる。今度は赤が混ざりながら、汚れた。スゴいなあ。自分だったらそうなるのは嫌だ。でも、彼にとってチョークの粉は、全く意識が向かないものなのだろう。それよりも大切なものがあるから、授業中、完全に無視できる。
「……だから、3になる」
―――ボーン
教師が話し終えた直後、授業終了を知らせるチャイムの一回目が鳴った。二回目と重なりながら、教師は
「じゃあ、今日はここまで」
と言い、生徒はパタパタと教科書やノートを閉じる。学級委員は
「起立、礼」
と言い、私は
「あーした」
と適当な挨拶をする。
昼休みである。いつも通り、一人の友人が近づいてくる。彼女は隣の席に座り、弁当を開きながらしゃべり出す。
「お金持ちになりたいねえ。夢はお金持ち」
「お金持ちは夢にならないでしょ」
それはただの願望に過ぎない。具体性が一切無い。同様に有名人なども夢にはならない。
「私は有名人になりたい」
これらは間違った会話だ。しかし、ただの願望に過ぎない言葉を使わないと、夢の話をすることができないのである。私たちはまだ具体的な夢を持っていない。
「いやあ、何してるだろうね、未来の私は」
「加恋はさ、頭悪いから、ロクな仕事に就いてなさそう」
「そんなこと言わんでくれ」
本当に成績が悪いから、それだけしか言えない。残念。
勉強は失敗でもいい。就職には成功したい。
ところで彼女は、
「そっちは、お金持ちになりたいってどうするつもりなのよ」
「分かってるでしょ。知らない。じゃあ加恋はどうやって有名になるの」
「知らない」
「ヤバいね」
このやり取りは定期的にしてしまっている。博美の言う通り、色々とヤバい。このまま大人になるわけにはいかない。
「そうだ。明日の昼までに決めるか」
とひらめいたように博美が言った。しかし、目的語が無かったので、私はその意味を理解できなかった。首をかしげ、彼女を見つめる。そして尋ねる。
「何を?」
「加恋が有名になるためにすること」
「なるほど」
すなわち、悪ノリである。疑問がポンと生まれる。
「博美の分は?」
「それはまた今度」
ズルい。まあ、今はいいか。私の番が終わったら絶対やらせてやる。ところで、なぜ自分は乗り気なのだろうか。分からない。でも、勉強よりは楽しそうだから、乗ろう。何かをするなら、楽しいことの方が良い。
「マジメなやつ考えてよ。私は考えないから」
「へえ、人生を任せちゃうんだね」
「とりあえずよ」
「よし、加恋の人生を握ったぜ」
意味不明なそれは無視してからあげをかむ。まさか、料理人になれとか言われないだろうな。そう思った瞬間、嗅覚が敏感になった。ん、誰かカレー持ってきてるな。
こうして私は、奇妙な約束と、自分の鼻が利くという自信を持って、家に帰ることになった。
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