や・ぶ・さ・め!
くろ
第1話
恋のキューピッドなんてものが存在したら弓道家はその道で困らないだろう。日々狙った的は外さないように鍛練している身だ。どんな的も簡単に仕留められる。
まあ、実際にはそんなものは存在しないから、今日も全国のしがない弓道家は誰がために弓を引き続けるのであろう。
無論、弓が引けない私にとっては関係のない話だが―。
「それでは、今年から北高に転入してきた転校生の紹介です。」
担任の松田先生はニコッと笑って私を手招きした。愛嬌があって生徒に人気そうな美人先生だが、見かけによらず年は上かもしれない。私の予想では、25の顔して実は32歳とか。
男子たちはこぞってかわいい松田先生に釘付けだったが「転校生」という宇宙人の同義語を添えられたおかげで、一瞬で私のほうに視線が集まった。
クラスメート31人の瞳が私に向いている。この感覚、嫌いじゃない。
「
ペコリと頭を下げて、私は席に戻るのであった。
クラス中が「東京」という魔法にざわついているのがひしひしと伝わってくる。この騒がしさも嫌いじゃなかった。
「奥村さんよろしく!私は岡崎
「よろしくお願いします。」
どうせ今年でここを卒業する身だ。興味はないが笑顔は浮かべておいた。
「三年からうちに転入なんて珍しいね!東京と比べたら田舎すぎるよね…。」
「まあ、悪くはないかも…。」
東北のど田舎の学校に転入なんて自分が一番驚いているが、祖父母の家がこの地域なので仕方ない。
「困ったら何でも聞いて!」
目を細めて笑う姿が気に入った。ショートヘアも似合ってるし悪い人ではなさそう。
「よろしくお願いします。」
不本意ながらヘコヘコ頭を下げていると、遠くで誰かから視線を感じた。
…。気のせいか。
その後の休み時間はとにかく人に絡まれた。聖徳太子超えの31人相手は非常に厄介だったが、原宿に行ったことがあるかとか、電車の本数が一時間に何本とか、とりあえず東京に関する質問が続いたので適当に返しておいた。
休み時間が終わる頃に、奥のほうから誰かに「部活は何に入るのか」と尋ねられ、私は一瞬考えた。
「とくに決まってない。帰宅部でいいかな。」
私の言葉を聞くなり皆はあれこれ言っていたが、右耳から左耳に流して微笑むのであった。
始業日にも関わらず授業は行うらしく、さっそく英語の授業が始まった。
「それでは、新年度一発目は英語からいきましょうね…。」
いかにも田舎出身なおばちゃん先生が何か言っているが、私はボーッと窓の外を眺めた。
ここ県立北高校は全校生徒97人の弱小高校。私が通っていた東京の私立中高一貫校とは比べ物にならないほど簡素だが、のんびりしている雰囲気は気に入った。
以前通っていた東京の高校は文武両道が売りの名門校だった。偏差値も70近くで部活も充実していた。(北高の授業レベルは言うまでもない。簡単すぎる。)
中高一貫校だったため中学受験を合格して入学したが、私の弓道の腕が評価され結局は学費免除の特待生入学だった。
もともと弓道強豪校ではあったが、三つ上の姉が弓道部を全国大会に導いた
もちろん私も中学選手権は三連覇し、高一のインターハイも個人では優勝、団体で準優勝。
無難にやっているつもりだったが、高二のインターハイですべてが変わった。
個人戦はしっかり優勝した。でも団体は私のせいでベスト16で敗退。それだけならよかったが、それ以来ワケあって弓も引けなくなった。
その後すぐに弓道をやめた。別に、嫌なことを無理して続ける必要はない。
だが、弓道をしない私には学校に居場所がなかった。特待生だったから仕方ない。
それだけだったら良かったが、不幸にも家にも居場所はなかった。
両親は弓道家。父は道場で師範もやっている。姉も大学は弓道推薦で進学。いくら他人に関心がない私でも、さすがにこのレベルで弓道に纏わりつかれるのは苦しかった。
最終的に、家を出て祖父母の家で暮らすことになって今に至る。両親は弓を引かない私に興味がないようで「勝手にして」とまで言われてしまった。
物思いに耽っているうちに授業は終わり、東京の話をしていると休み時間は終わり、気がつけば一日が終わっていた。
一緒に帰ろうと何人かに声をかけられたが、幸か不幸かみんなの自宅は私と反対方面だったので一人で帰宅することになった。
あと一年もない学校生活だし、悪目立ちせずに終わらせよう。そう心に誓って駐輪場で自転車の鍵を外した時のことだった。
「あいにく、この学校に弓道部はないぞ?」
怒っているのか、笑っているのか。なんとも言えない表情をした男子生徒が、その一言だけ告げて自転車に股がり行ってしまうのであった。
たしか同じクラスの…。名前が…。
―どうして、それを知っている…?
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