第48話 『因縁の二人』
第48話 『因縁の二人』
夕方。信吾は仕事を終えて自分の部屋にいた。
机に向かい、この前「残りの時間をどう過ごすか作戦会議」で美沙と作ったノートのリストを読み返している。
(やっぱり『暁の牙』はゴンちゃんと観に行きたいよなぁ。でも映画館か…レイトショーなら行けるかもしれないけど、やっぱり無理かなぁ…)
そんなことを考えながら、信吾はため息をついた。
そのとき、ベランダから「カタカタ」と微かな音がする。
「ん、なんだろう…?」
窓の方に歩み寄ると、そこには虎之介がいた。
虎之介
近所を歩く野良のキジトラ猫。
ゴンちゃんにとって、はじめての“友達”。
ふらっとやってきては玄関や窓を開けようとするなど、妙に高度な技術を持つ。
言葉はないが、少しずつ“家族の一員”のような空気をまとい始めている。
信吾がゴンちゃんが真竜であると知るきっかけを作った猫でもある。
信吾が窓を開けると、虎之介は勢いよく部屋に入ってくる。
「おぉ、虎之介、また来たか。今、ゴンちゃんは小屋にいるからここにはいないぞ。もうそろそろ迎えに行くところだから、ちょっと待ってるか」
虎之介は、まるで「じゃあ待ってる」と言わんばかりに机の下へ腰を下ろした。
信吾は少し笑い、静かに言葉をかける。
「虎之介、あの時は本当にありがとう。お前のおかげでゴンちゃんが真竜だって分かって、こうして別れの時間を作れたんだ。……お前もゴンちゃんがしっかり旅立てるように、出来るだけ一緒に居てやってくれよ」
虎之介は反応を見せるでもなく、じっと同じ体勢を保っていた。
「分かってるよ。ぼくと話したって仕方ないもんな。今、ゴンちゃん迎えに行くから、ちょっと待っててね」
そう言って腰を上げかけた時、インターフォンが鳴った。
「誰だろう…?」
モニターを覗くと、そこには久方さんが映っていた。
「久方さん? 何だろう」
信吾はドアを開け、久方さんを部屋に招き入れる。
その瞬間、久方さんと虎之介の目が合った。
信吾は心の中でつぶやく。
(あっ、そういえば…あの日以来、久方さんと虎之介が顔を合わせるのって初めてじゃないか? ……気まずくならないといいけど)
しかし、久方さんは穏やかに微笑んだ。
「虎之介、こんばんわ。あの日以来だね。元気にしてた?」
虎之介は反応を示さなかったが、逃げることもなく静かにその場にいる。
信吾が少し気を使って声をかける。
「久方さん、もし気まずいなら、場所変えますか?」
久方さんは柔らかく首を横に振る。
「私は全然構いませんよ。今日は久しぶりにスイートポテトを焼いたので、そのお裾分けを持ってきただけです。すぐに帰るつもりでしたし」
紙袋を差し出す久方さん。
信吾はそれを受け取りながら苦笑した。
「多分大丈夫だと思います。嫌だったら、虎之介はここに留まらないと思いますし」
「……そうですね。それなら安心しました」
久方さんは少し肩を緩め、改めて微笑む。
信吾が軽く笑みを浮かべながら提案した。
「せっかくですし、ちょっとお話しませんか?」
久方さんは小さく頷いて答える。
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて」
信吾は紙袋をテーブルに置き、久方さんをソファに促した。
短い沈黙の後、久方さんがぽつりと漏らす。
「……なんかこの三人って縁がありますよね。」
信吾は一瞬だけ目を伏せ、それから軽く笑った。
「そうなんですよね。特に意図して集まってる訳じゃないんですけどね」
その時だった。
虎之介がスッと立ち上がり、久方さんの足元に歩み寄って座った。
「えっ……」
信吾は思わず声を漏らす。
久方さんは小さく目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、虎之介」
信吾は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
(もうこの二人には因縁なんて、もしかしたらとっくに超えてたのかもしれないな)
甘い香りに包まれながら、部屋の空気は少しずつ温かなものへと変わっていった。
ふと思い出したように信吾が口を開く。
「そういえば前に、ぼくに関係してる大学のゼミの課題があるって言ってましたよね? あれって、結局なんだったんですか?」
久方さんは小さく笑い、目を伏せた。
「あぁ、あれですか。大学のゼミの課題っていうのは嘘です。でも、個人的に研究してるのは嘘じゃないんですよね」
「個人的な研究?」
信吾が首を傾げる。
久方さんは姿勢を正し、少し真面目な声で続けた。
「実は私、大学で心理カウンセリングを勉強してて。その中で“動物によるカウンセリング”に興味を持ったんです。いわゆるアニマルセラピーって言うんですけど」
「アニマルセラピー?」
信吾が聞き返す。
久方さんはゆっくりと頷いた。
「はい。動物に触れ合うことで、心の健康維持やリハビリに役立てようっていう考えです。でも――守護者って真竜を見守る立場なので、癒やされたり励まされたりすることって、あまり無いんですよ。あくまで仕事、というか」
信吾は小さく頷き、言葉を挟む。
「なるほど……確かに、守護者ってそういう存在ですよね」
久方さんは視線を少し柔らかくしながら、続ける。
「でも、信吾さん達をいろいろ監視していたら……ゴンちゃんと出会って、精神的にも人間的にもどんどん成長されてるように見えて。あぁ、こういうのも“癒やし”なんだなって、私の方が気づかされたんです」
信吾は思わず笑みをこぼした。
「そっか。嘘をつかれたのはちょっと驚いたけど……でも、なんか分かります。ぼくもゴンちゃんに救われてるから」
久方さんは穏やかな声で答える。
「……きっとゴンちゃんも、同じように信吾さんに救われてるんですよ」
部屋に、静かで温かな時間が流れた。
信吾が時計を見て小さく声を上げる。
「あっ、もうこんな時間。ゴンちゃんのこと忘れてた。ゴンちゃんカンカンだぞ。久方さん、虎之介、ちょっと待ってて下さい。すぐ迎えにいって来るんで」
久方さんは微笑みながら頷き、ソファに背を預ける。
「ええ、分かりました。気をつけて行ってきてください」
視線を横にやると、虎之介はすでに丸くなり、ソファの影で静かに眠り始めていた。
──ゴンちゃんと出会って、信吾は強くなり、久方さんは優しさを学び、虎之介は仲間のように寄り添った。
だからこそ、この別れはただの悲しみではなく、成長と感謝を込めた“送り出し”になる。
それぞれの胸に刻まれた温もりは、ゴンちゃんが旅立ったあとも消えることはないだろう。
むしろこれから先を歩む力として、確かに残り続けるのだから。
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