第45話『熱男の来襲』
第45話『熱男の来襲』
その日、信吾は思い切って半休を取った。
残された時間を少しでもゴンちゃんと過ごしたい――そんな思いが心の奥底に芽生えていたからだ。
ゴンちゃんに構いながら、掃除、洗濯、食事の下ごしらえ。家事を一通りこなし、ふと時計を見るともう夕方になっていた。
その時だった。
突然、インターフォンの音が鳴り響く。
(あれ? 美沙さんかな? 鍵忘れた?)
モニターをのぞき込んだ信吾は、思わず目を瞬かせた。
そこに映っていたのは、美沙でも宅配便でもなく――
「……熱男?」
――熱田真人。
信吾の会社の同僚で、筋金入りの体育会系。情熱で人を巻き込み、BBQと全力指導をこよなく愛する熱血男。なぜか人望も厚く、ゴンちゃんとも仲良く接する熱い男。
何で熱男がここに? 怪訝な顔をしながら扉を開けると、彼は満面の笑みで立っていた。
「お前が急に半休取ったから心配になって来てやったぜ。……ゴンちゃん、いるんだろ?」
「いやいや、いるけど……全然心配してないじゃん」
信吾は呆れ顔で突っ込む。
「いやいや、ちゃんと心配してたぜ。BBQを一緒にやろうと思ったんだけど、ここじゃ無理だろ? だから気持ちだけ持ってきた!」
「気持ちだけって……ただ来ただけじゃん」
さらに突っ込みを入れようとしたところで、奥からゴンちゃんがトコトコと姿を現した。
「おぉ! ゴンちゃん! 大きくなったなぁ!」
熱男は両手を広げ、子どもに会った親戚のように声を弾ませる。
「……とりあえず入れよ」
観念したように、信吾は家へと招き入れた。
---
リビングに腰を下ろすと、熱男は早速ゴンちゃんを構い始めた。
「よーしよし、立派になったなぁ! ほら、力比べだ!」
ゴンちゃんの前足を取って、腕相撲の真似をする。
「きゅ?」
首をかしげるゴンちゃん。
「お、来た来た! よし全力だ!」
真剣に押し合う熱男。しかし「きゅーっ」と鳴いて前足を突き出すゴンちゃんに押し負け、「ぐぬぬ……!」と顔を真っ赤にしてしまう。
次は羽をパタパタさせて扇子代わりに。
「ほら信吾! 天然の風だぞ!」
「ちょ、やめろ! くしゃみ出そうになってる!」
案の定、ゴンちゃんが鼻先をヒクヒクさせる。
「くしゅんっ……きゅっ!」
小さなくしゃみで火の粉がチラリと漏れた瞬間、信吾が慌てて叫んだ。
「だから火を吹くから気をつけろって言っただろ!」
「ひぃっ!? 危ねぇぇぇ!」
熱男は火の粉を全力で身をかわした。
ゴンちゃんはケロッとした顔で首をかしげ、「きゅ?」と鳴く。
「……お前、遊ぶのも命がけだな……」
信吾の突っ込みが飛ぶ中、熱男は大汗をかきながらも満面の笑みを浮かべていた。
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やがて、熱男は真剣な表情に変わった。
「……実はな、ゴンちゃんのために歌も考えてきたんだ!」
「……歌?」
「そう! 名付けて『ドラゴンBBQソング』! “ゴンちゃんゴンちゃん、肉と魚でファイヤーだ~♪”」
大きなジェスチャー付きで熱唱する熱男。
ゴンちゃんは首をかしげ、やがて小さく「きゅぅ」と合わせて鳴いた。
「ほら! ハモった!」
熱男は大興奮。
「いや、ただの鳴き声だから!」
信吾の突っ込みが部屋に響いた。
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ひとしきり暴れて落ち着いた後、熱男は口を開いた。
「……なぁ信吾。俺、この前バーベキューインストラクターの資格を取っただろ?」
「あぁ。聞いてもいないのに毎日のように自慢してたやつね」
信吾はため息混じりに呟く。
「あぁ、その時に思ったんだ。俺にはBBQしかないって。だから――会社を辞めて、BBQマスターとして生きていこうと思う」
「えっ……!?」
信吾は目を丸くした。驚きと同時に、呆れを通り越して心配が胸に広がっていく。
しかし熱男は構わず続けた。
「俺、ゴンちゃん見て気づいたんだ。ゴンちゃんのってさ、火を吹いたり羽ばたいたり、やれることを全部“そのまま”全力でやってるだろ? 迷いがない。俺もそうありたいって思ったんだ。このまま会社員を続けるより、好きなこと一つに全力を注ぐ方が俺には合ってる」
「いや、まず、ドラゴンと人間の生き方を一緒にするのは違うだろ……それに別に仕事辞める必要はないだろ!? そもそもBBQマスターって何するんだ?」
信吾は慌てて止めに入る。
熱男はふっと真顔になり、少し低い声で言った。
「BBQマスターはBBQマスターだよ。まだやることは決まってないけど。それに仕事辞めて生活するのは難しいって普通はそう思うよな。でもさ……俺ってどう考えたってマルチタスクが出来るタイプじゃないだろ?」
「うん……まぁ、それはそうだけど」
信吾は苦笑いする。
「俺はさ、中途半端になるのは嫌なんだ。別に失敗することは今までもたくさんあったし、普段の生活はやろうと思えばなんとかなる。だから笑われたっていい。これが“熱男”って呼ばれる男の生き方なんだから」
真っ直ぐで輝きを帯びたような横顔。どこか哀愁すらも感じる。けれど、その目は再び熱を帯びていた。
「ゴンちゃん、俺もお前みたいに“自分のまま”で生きるからな!」
呼びかけられたゴンちゃんは、ぱちぱちと瞬きをしてから「きゅう」と短く鳴いた。まるで答えるように。
「ほら見ろ! ゴンちゃんも応援してくれてる!」
熱男は嬉しそうに拳を握る。
「いや……だから今のもただの鳴き声だから」
信吾は軽く突っ込みを入れるが、どこか少し笑みを含んでいた。
---
――熱い。暑苦しい。けれど、真っ直ぐで憎めない。
自分には到底できない決断を、軽々と口にしてしまえる男。
(……なんかすごいよな。嘘みたいなことを馬鹿みたいに真剣で、でも結局人を笑顔にしてしまうところが)
信吾の胸に、ほんの少しだけ羨望が芽生えていた。
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