第40話『夜のピクニック(後編)』
第40話『夜のピクニック(後編)』
支度を整えてから発信機と盗聴器が無くなった例のカートにゴンちゃんを乗せてしばらく歩き、街のはずれの小さな丘へとやって来た。今は一面に夜露が光り、風が草をやさしく揺らしている。
夜の丘に出ると、空一面に星が散らばっていた。街の灯りが届かない分、星々は手を伸ばせば掴めそうなくらいに近く、風は涼しく頬をなでる。
美沙は「わぁ……!」と声をあげて、ゴンちゃんと一緒に駆け出した。
小さな布を広げ、簡単なおにぎりやパンを並べると、たちまちそこが“夜のピクニック”会場になった。
「ねぇ信吾、こっち座って。ほら、ゴンちゃんも」
「おいおい……まるで遠足だな」
信吾は苦笑しつつ腰を下ろす。ゴンちゃんは嬉しそうに尾を振り、美沙の膝に鼻先をこすりつけていた。
しばらく談笑していると、不意に草むらがガサガサと揺れた。
小さなウサギが飛び出し、すぐ近くを跳ねて逃げていく。
「わっ、かわいい!」
美沙が立ち上がると、ゴンちゃんも負けじと「キュル!」と鳴き声をあげ、二人して後を追っていった。
残されたのは、信吾と久方さんだけだった。
夜風が一層静かに感じられ、信吾はなんとなく気まずさを覚えた。
「……あの」
久方さんが先に口を開いた。
「正直、ここに来るの迷っていました。私がここにいることが、信吾さん達に余計なことになるんじゃないかと」
信吾は驚き、久方さんの横顔を見た。
普段は冷静な久方さんが、こんな風に自分の弱さを吐露するとは思わなかった。
「でも……今日の信吾さん達を見て、少し救われた気がします」
「救われたって?」
「ええ。たとえ残りの時間が限られていても、それを“楽しもう”とできるのは強さです。それに……夕方に話した時、私は自分が未熟だって痛感しました」
「えっ?」
信吾が目を見開く。
「私、正直に言うと真竜って好きじゃなかったんです。家の伝統だから仕方なく関わっているだけで。おじいちゃんに叱られることも多かったし、真竜のことは誰にも言えないから、深い友達もできなくて……ずっと距離を置いてました」
(……そんなふうに思ってたのか)
信吾は胸の奥に切なさを覚えた。
「でも、信吾さんが“ゴンちゃんは家族だ”って言った時に……あぁ、自分は甘えてたんだなって思ったんです」
信吾は胸の奥が熱くなるのを感じ、ゆっくり言葉を選んだ。
「そんなことないと思いますよ。久方さんは久方さんで、真竜と真剣に向き合ってる。だからこそ、ゴンちゃんも無事に空へ帰れるんだと思います。それに……赤荻さんだって、久方さんがいてくれることにすごく感謝してるはずですよ」
久方は驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「……そう言ってもらえると、少しは報われますね」
信吾はふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、赤荻さんがゴンちゃんのことを“坊”って呼んだとき、なんであんなに嫌そうだったんですか?」
「あぁ……。前にも言いましたけど、“坊”は真竜の幼名なんです。ただ、一応ルールだと旅立ちの義を迎えたら“真竜”として大人になるので、本来は正しい呼び方なんです」
久方さんは一拍置いてから、少し苦笑を浮かべた。
「でも私、ずっと半人前って意味で他の守護者から“坊”って呼ばれてきたんです。それが……嫌だったんです」
「……そうだったんですか」
信吾は静かにうなずいた。
「ごめんなさい。嫌なことを聞いちゃって」
「いいんです。間違いではありませんし。……それに、監視役なのに全然ゴンちゃんを見てませんでした。だから“坊”って言われるのかもしれませんね」
その時、遠くから美沙の笑い声と、ゴンちゃんの弾むような鳴き声が響いてきた。
「信吾ー、久方さんー! 二人で何話してたの? ゴンちゃん、すっごく楽しそうだったよ!」
信吾と久方さんは顔を見合わせ、自然と微笑み合った。
やがて美沙とゴンちゃんが戻ってくると、四人は並んで夜空を見上げた。
果てしない星の海。静かで、けれど胸を締め付けるほどに輝いている。
(残り二週間……必ず大切にしよう。ゴンちゃんと、美沙さんと……そして久方さんとも)
信吾は心の中で固く誓った。
こうして、忘れられない夜が更けていった。
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