第十二話 魔術と化学か融合!お掃除班はラボでした

 私はひとまず、お掃除班から体験してみることにしました。スメラとアステールのお掃除のやり方の違いを知りたかったからです。


 初日から驚きました。まったく違います。まずお掃除メイドチームの詰所は学校の理科教室の匂いがしました。

 棚に並べられた小瓶、どっしりと大きい木の作業台はフラスコやアルコールランプ、試験管が並べられています。


「初めまして、ミーナさん。私の名前はサリーチル、洗剤を作っています」


 メイド服の上から白衣を着た女性が自己紹介して、私に手袋を渡しました。


「電解水を作りましょう。まずはフラスコに水500mlを入れてください」


 私は指示された通りにしました。お掃除しにきたんですけど、いきなり化学助手とはこれいかに。私は測った水をガラスの大きな筒状の容器に入れました。


「ここに塩を2g、ステンレスのスプーンを二本入れて離して置きます。そして、電気!」


 サリーチルさんが目をカッと見開き、容器に手をかざすとスプーンにビリビリと電気が走りました。ブクブクと水の中に気泡が浮き上がります。


「はい、これで完成です。電解水と酢でトイレがすぐキレイになります。さぁ、その効果を一緒に見てみましょう」


 鼻筋の通った理知的な顔のサリーチルさん。私はお掃除仕事ではなく理科の実験をしているようですね。


 白衣を脱いだサリーチルさんが、一階エントランス近くの、もっとも人が多く利用するトイレに入っていきます。すでにメイドが掃除を初めていました。


「サリーチル、新人さんを連れてきたんだね。大方終わって、あとはしつこい汚れ、よろしくね」


 おばさんがテキパキと掃除道具を片付けて出ていきました。私はペコリと頭を下げます。


「水垢汚れは酢が強いのです。ほら」


 サリーチルさんが細いガラスの瓶を便器に垂らして、磨くとあっというまに汚れは落ちました。アステールでは石けんぐらいしか洗剤がなかったというのに! 私はひたすらゴシゴシ掃除するし方法がありませんでした。


「これからは科学と魔術が融合した時代です」


 きれいになったトイレを見てサリーチルさんが満足気に言いました。


 お掃除班の中には魔術師がいて、ほうきに魔法をかけて操ってお掃除したり、カーペットを魔術で浮かせお日様に下で回転させて埃をはらって日光消毒させたりと、工夫しています。

 

 次はベテランの掃除メイド、ジョアナさんと二階の大会議室の掃除に向かいました。大会議室のドアの前にはダニエルさんがいて、腕を組んで壁にもたれかかっていました。

 

 会議室のドアは空いていて、廊下で緑色のジャケットの官僚や騎士が立っていて、聴衆しています。官僚と騎士、どちらも若い女性がいます。


「あぁ、ミーナか。まだ会議は終わっていない、もうしばらく待ってくれ」 


 どうも、と私は答えて会議室を覗きす。ずいぶんと解放された会議ですね。

 広い部屋には大臣らしい身なりの良い人が集まっていて、中央の壇上にはアイラ女王が立っています。

 

「つまり、人民による人民のための国が必要なのです。身分制度を完全に無くして平等な社会、格差のない社会にすべきです」


「そうだそうだ!」


 女王の言葉に、ライモ様が賛同します。他にもそうだ!の声が上がりましたが、他半数の大臣は不満な顔を見合わせました。


「しかし、女王。我々貴族の政治的功績も認められるべきです。現に私たち貴族の献金でこの城は増築できていますね?」


 華やかな刺繍のウェストコート着た人が立ち上がって言いました。


「確かに、そうだね。あなたたちの財産でこの城は大きくなる。しかしその財源をたどっていけばあなたが人民から搾取したきた貴族の財産だろう。あなたが汗水働いた金でもないのに、偉そうだなぁ。金出してるから偉いと勝手に決めるな、きらきら貴族さん」


 ライモさんが歌うように言います。ありゃこれはなかなか毒舌。官僚と騎士の青年たちは少し笑いました。

 派手なウェストコートの、大臣らしき人はどかっとソファーに座り込みました。

 

「あのように言うから、ライモは敵も多い」


 ぼそっとダニエルさんが言います。


「ですから、私たち女王と宮廷道化師の間に子供が生まれても世襲制とはしません。次のリーダーは国民投票で決めます」


 アイラ女王が言い切りました。少し呆れたような顔で、大臣たちを見ます。

 何がリーダーだよ変な言葉を使って、とぼそっと呟く声がしました。


 王ではなく、リーダー。

 確かに飛躍してますが、国の責任者は国民が決めるということです。それは私たち生きる国で、私たちが選ぶのは当然のことですよね。責任者がめちゃくちゃだと国は滅んでしまいます。


 アイラ女王が壇上からおりて、次はジーモン宰相が壇上に上がりました。


「以上で会議を終了します。王家の純血が穢れると嘆き、まだ生まれてもいない子供のことを考えるより、あなた方がまともな政治を考えてくださるよう願います」


 重々しく言って、ジーモン宰相は下がりました。官僚と騎士たちは廊下を離れてにぎやかに談笑しています。


「アイラ女王、今日もカッコよかったわね」

「黒のフレアドレスのアイラ様もいいわね。今日のヘアメイクは誰が担当したのかしら。アイラインの描き方うまいね」

「三つ編みハーフアップもいいよね」


 ジャケットにタイトスカートの女性官僚がキャッキャとはしゃいでいます。


「今日のライモ様も良かったな…………キレッキレだった」

「俺はやっぱり、毒ライモ様派だわ」

「いや、ギャップだよギャップ。俺たちには優しいライモ様が悪魔みたいに悪代官を責めるのがいいんだよ」


 騎士の若い男性たちが声を低くして話しています。

 会議室から出てきた貴族たちは不満顔で、あとから出てきた簡素なスーツの人たちは笑顔です。

 アステールは間接民主制で、世襲制の貴族院と、選挙で選ばれた国民の衆議院から成り立ちます。貴族院は少数で衆議院が圧倒数を占めています。


「いつも掃除ありがとう。ミーナ、少しはこの国に慣れたかしら?」


 アイラ女王が声をかけてくださいました。


「はい、とても楽しいです」


 私は明るく答えます。


「ダニエルー、またあの大臣、僕のことやらしい目で見てたよ。だからお昼のデザートにプリン食べてもいいよね?」


「ダメです。そう言ってまたティータイムにケーキ食うんだろ。自分で一ミリも腹の肉を増やしたくないとか言った癖に。大臣に注意しなさい、プリンでは本当と解決にはならない」


 甘えるライモ様にダニエル様は相変わらずお厳しい。


「では、アイラ女王。ライモ様を任せました。休憩、行かせてもらいます」


 ダニエル様は早足で行ってしまいました。


「そうよ、ライモ。太ったらその衣装作り直さなきゃいけないのよ。私もおやつ食べすぎて少し太ったのよね。それに甘いもの食べても嫌いな奴は滅びない、戦うのよ」


 アイラ女王がライモ様の手をぎゅっと握って言います。


「そっか、そうだよねぇ。でもアイラが太っても僕は好きだよ。絶対に痩せてなきゃいけないことはないんだよね。…………でも、僕の場合は体重が増えるとパフォーマンスに影響が出るから我慢しないと」

「ありがとう。私だってどんなライモも好きよ。魔力放出で脂肪を体内から排出できないの?」

「そんな都合のいいことできないよ」

「じゃあカロリーを魔力で分解するとか」

「魔力は血液には流れているけど、内蔵には関与できないから無理」     

「うーん、そしたら口からパイプを入れて魔力を流しこみ内蔵脂肪を分解して取り出すとか」

「それができたら内臓の腫瘍もとれていいかも」


 ライモ様とアイラ女王の会話はとまりません。


「あのお二人はいつもこうなのよ、一緒にいて離し出したら止まらないの。私たちには理解できない、何か難しそうな議論を仲良くしてらっしゃるの」


 ジョアナさんが床をほうで掃きながら、くすくすと笑いました。


「昼食の時間ですよ。食堂に行ってからぺちゃくりなさい」


 宰相が声をかけるまで、ライモ様はアイラ女王は魔術と医療技術を熱心に語りあっていました。

 この世界では魔術はモンスターを倒すためではなく、人の生活を豊かにするためにあるようです。そして女王は何よりも人民を思い、世襲性から解放された新しい世界を作ろうとしています。

  

 

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