ゆやの家

住吉スミヨシ

第1話 連想ゲーム

 ざわめきの消えた放課後の教室には、四人の子どもだけが残っていた。


 窓際の席を囲み、小声で笑い合っている。まだ九月の熱気が床板にじっとりと染みつき、湿った空気が窓から差し込む光を鈍く滲ませていた。誰かが持ち帰り忘れた体操服の、汗と柔軟剤が混ざった匂いが、教室の中に淀むようにこもっている。


 その空気を割るように、引き戸が開いた。


 寅彦――小学五年生。この町に越してきたのは夏休みの終わりだった。転校してから一ヶ月。ようやくクラスの雰囲気には馴染んできたが、まだ誰かと積極的に話すには至っていない。今も忘れ物を取りに戻っただけだった。


 四人の視線が一瞬だけ寅彦をかすめ、すぐ机の上に戻る。


「じゃ、始めようぜ。“ゆやの家”」


 クラスの中心格・ミツヤが、机に置いた白い箱を見つめながら言った。その名に、寅彦の足が止まる。ゆやの家――クラスで耳にした幽霊屋敷の名前だ。


「じゃあ、おれが作り手やるわ」


 ミツヤがニヤリと笑い、白い箱を手元に引き寄せる。残る男女三人はわくわくした顔で身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を投げかけ始めた。


「顔はありますか?」「いいえ」

「腕はちぎれていますか?」「はい」

「頭はありますか?」「……うーん、はい」


 くすくすと笑いが漏れる。連想ゲームのようなやりとりだが、内容がどこかおぞましい。


「肌は白いですか?」

「なんか全然怖くねぇ。もっとこう、ゾクッとするやつでさ」

「じゃあ、次はアンタが質問してよ」


 やり取りは続き、十個目の質問のあと、三人は嬉しそうに声をそろえた。


『ゆやの家に行くのは、この化物であってますか?』


 ゆっくりと間を置き、三人の顔を順に見渡しながら、ミツヤは笑いを堪えるように頷いた。


「はい……!」

「やったー!」


 それからミツヤはティッシュをねじって作った歪な人形を、白い箱の中へぐいと押し込んだ。その直後。


「やめて!!」


 勢いよく引き戸が開き、息を切らした少年が飛び込んできた。寅彦と同じクラスの、どこか影の薄い少年。その顔は青ざめ、目は血走り、手は小刻みに震えている。


「うわっ! ゆやが来た!」

「逃げろ逃げろ!」


 椅子を引き倒しながら、四人はランドセルを乱暴に引っつかみ、笑い声とともに教室を飛び出していく。


 ゆやはハッ、ハッと浅い呼吸を繰り返しながら箱に駆け寄ると、中の人形を握り締めた。その顔色の悪さに、寅彦は思わず声をかけた。


「……大丈夫? 保健室、いく?」


 寅彦の存在に今しがた気付いた、というようにゆやはハッと振り向いた。そしてガタガタと机を押し除けながら寅彦の元に駆け寄る。その必死な形相に寅彦はたじろいだ。


「あいつらの、あいつらの言ってたことっ! 覚えてる!?」

「言ってたことって……」


 教室の端に追いやられる勢いで詰め寄ってくるゆやに、寅彦は恐怖を覚えた。


「連想ゲームみたいなやつ?  “目があるか”とか」

「こっち来て!」


 ゆやは強く寅彦の手を引き、さっきまで四人が座っていた席へ連れていく。


「座って、同じようにおれに質問して!」

「ちょ、ちょっと。おれ先月転校してきたばかりでそのゲームのこと、よくわからんっちゃけど……」


 来るんだ、とゆやは絞り出すように喉の奥で声をあげた。


「あいつらが遊びで作った化け物が──うちに来るんだよ!」


 ほぼ悲鳴のように、ゆやは叫び、体を震わせた。来る?さっきので化物が家に?そんなバカな。けれど、目の前の少年は本気で怯えている。


「えと……、どうすればいいの?」

「さっきのをやり直して、質問して、ちゃんと否定して……。それだけで、今日は来ないかもしれない」


 寅彦は混乱しながらも、言われた通りに先ほど聞こえた質問を繰り返す。しかし——。


「ごめん、全部は覚えてない。最初の四つくらいしか……」


 その言葉を聞いて、ゆやは肩を震わせ、ぽろぽろと涙をこぼした。寅彦はおろおろと教室を見渡す。誰か、大人に伝えたほうがいいかもしれない。


「あっ」


 ふと思いついたように声を上げる。


「今日、金曜日やし。もし怖いんやったら、おれんち泊まりにくる?」

「えっ、いいの……?」


 ゆやは、ぽかんとした顔で寅彦を見上げた。


「うん、おれんち、夜は母ちゃん仕事でいないし。引っ越す前も、友達泊めてたから、たぶん大丈夫」


 その言葉に、ゆやは安心したように、涙をふきながら小さくうなずいた。寅彦はなんだか、うれしくて少し照れくさい気持ちになった。


「じゃあ、18時に、にんじん公園集合で!」

「うん! ありがとう」


 別れたあと、寅彦は家まで駆け足で帰った。母親に事情を話して了承を得ると、晩ごはんとおやつを用意して、約束の公園へ向かう。


日が暮れて、時計の針は18時を過ぎた。

ベンチに座って、ゆやを待つ。


しかし、19時を過ぎてもゆやは公園に現れなかった。

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