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「座ってよ。」
恭弥をソファに座らせた涼音は、ぱたぱたと台所から麦茶の入ったグラスを二つ持ってきて、ローテーブルに置く。
昔、ふたりが子どもだった頃、彼女の部屋はいつも、お世辞にもきれいとは言えなかった。彼女が好きな本やらぬいぐるみやらゲームやらがあちらこちらに積み上げてあって、恭平はその様子が好きだった。彼女が彼女なりの秘密基地をこしらえているみたいで。それが今彼女が住む部屋は、すっきりと片付いていて余計なものはなにも置いていない。彼女の趣味が変わったのだろう、とは、どうしても恭弥には思えない。そこに、男の影を見てしまうのだ。恋人がいつ訪ねてきてもいいように、部屋を片付けているのだろうと。
「……顔色、酷いぞ。どうした。」
「え、化粧してても分かる?」
「うん。」
頬を押さえて驚いたような顔をする彼女には言えないけれど、恭平が彼女の顔色の変化に気が付けるのは、絶対的に、彼女を見てきたからだ。ずっと、見てきたから。だから、他人なら気が付かないであろう、化粧越しの顔色の変化にも気が付く。それを恭平は、侘しい、と思った。
「結婚ね、反対されちゃってるの。向こうのご家族に。」
深いため息とともに、涼音はそう言った。恭平は、うん、と、ただ頷いた。自分がどんな顔をしているのか、よく分からなくなっていた。
「……まだ若すぎるって、そういうふうに言うんだけど、それだけじゃないみたい。」
深く俯く彼女の白い顔を、黒い髪が隠す。俺がどんな顔をしていても、彼女には見えていない、と、恭平は少しだけ安堵する。
「じゃあ、なに?」
「……やっぱり、私の家のこと。」
「……。」
ああ、と、納得しかけて、なんとか声を飲み込む。彼女は、両親を中学生のときに亡くして、近所に住んでいた祖父母に育てられている。彼女の父親は、交通事故で亡くなったのだけれど、そのとき助手席には、彼女の母親の妹が乗っていた。恭平も後から知ったのだけれど、ホテルからの帰り道だったらしい。事故の後から、彼女の母親はだんだん精神的に弱っていき、半年たった後、ドアノブに首をくくって死んだ。涼音と恭平は、中学二年生だった。
「……やっぱり、だめなのかなぁ。」
俯いたまま、細く、涼音が呟いた。両親の死後、彼女がたくさんのことを諦めてきたことを、恭平は知っている。友人付き合いや大学進学、恋人ともなかなかうまくいかないと、彼女は時々、顔では笑いながら嘆いていた。
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