第16話 「ひとりぼっちの戦い」



 ドゴーン!


「ぐはっ!」


 翔太は派手に吹っ飛ばされて、ゴミ箱に突っ込んだ。頭からバナナの皮がぶら下がっている。


「ぷはっ! くっさ!」


 慌てて立ち上がる翔太。目の前では、Dr.ヴォイドが高笑いしていた。


「ふははは! どうだ少年! ギアなしでは、ただの小学生に過ぎんな!」


「うるせー! ハゲ!」


「誰がハゲだ! これは後退しているだけだ!」


 Dr.ヴォイドの頭頂部がキラリと光る。どう見てもハゲだった。


 ――レックスがいなくなって三日目。街の中心部に突如現れた巨大タワー。Dr.ヴォイドは、そこから変な電波を流していた。


『ギアなんて必要ない~♪ みんな諦めちゃえ~♪』


 最悪のテーマソングだった。しかも妙に頭に残る。


「くそっ! あの歌のせいで、みんな戦う気をなくしちまった!」


 翔太は振り返る。街の人々は、ぼーっとテレビを見ているだけ。仲間たちも同じだった。


 でも翔太だけは違った。


「俺、音痴だから歌が頭に入らなかったんだよな!」


 まさかの音痴が幸いした。


 Dr.ヴォイドの横では、ギア・ゼロが不気味に浮いている。真っ黒で、目が三つもある気持ち悪いギアだ。


「さあ、ギア・ゼロよ! あの生意気な小僧を、ぺちゃんこにしてしまえ!」


 ビュン!


 ギア・ゼロが突っ込んでくる。翔太は慌てて横っ飛び。


「うわっ! はえー!」


 かわした先にあった電柱に、ギア・ゼロが激突。


 ガコーン!


「いてっ!」


 なぜかギア・ゼロが頭を押さえている。


「え? 今、いてって言った?」


 翔太が首を傾げる。よく見ると、ギア・ゼロの目が一瞬、違う色になった気がした。


「気のせいか……って、うわ!」


 また攻撃が来る。翔太は必死で逃げ回った。


「ちょ、タンマ! タンマ!」


「タンマなど認めん!」


 Dr.ヴォイドがビシッと指差す。


「やれ! 必殺のダークネス……」


「待てええええ!」


 突然、大声が響いた。


 見ると、タワーの窓から誰かが顔を出している。黒崎レン、通称ゼロだった。


「おい、ハゲ! その技使ったら、街が吹っ飛ぶぞ!」


「だから誰がハゲだ! ……って、君は何を勝手に出てきている!」


「トイレ行ってたら、なんか騒がしいから」


 ゼロはめんどくさそうに言った。


「つーか、小学生一人相手に必殺技とか、ダサくない?」


「ぐっ……!」


 Dr.ヴォイドは言葉に詰まった。確かにダサい。


 その隙に、翔太は叫んだ。


「おーい! ゼロ! こっち来いよ! 一緒に戦おうぜ!」


「は? なんで俺が」


「友達だろ!」


 翔太の言葉に、ゼロは固まった。


「と、友達……? 誰が?」


「決まってんじゃん! 俺とお前が!」


 ゼロの顔が真っ赤になる。


「ば、ばっかじゃねーの! 誰が友達だよ!」


「えー、でも今、俺のこと心配してくれたじゃん」


「してねーよ!」


「してたー!」


「してない!」


「してたってば!」


 小学生みたいな言い争いが始まった。いや、片方は小学生だった。


「ええい、うるさい!」


 Dr.ヴォイドがキレた。


「ギア・ゼロ! 両方まとめて、やっつけてしまえ!」


 ギア・ゼロが二人に向かって突進する。


「うわ!」


「ちょ!」


 翔太とゼロは、同時に横に飛んだ。


 ドゴーン!


 ギア・ゼロは、またしても電柱に激突。今度は電柱が折れた。


「あーあ、税金の無駄遣い」


 ゼロがぼやく。


「それより、あいつ、なんか変じゃね?」


 翔太が気づいた。ギア・ゼロは頭をプルプル振っている。まるで正気を取り戻そうとしているみたいに。


「もしかして……」


 翔太は思い切って、ギア・ゼロに話しかけた。


「なあ! お前、本当は戦いたくないんじゃないか?」


 ピクッ。


 ギア・ゼロの動きが止まった。


「何を言っている! ギア・ゼロは私の忠実な……」


「うるせー、ハゲ!」


 今度はゼロが叫んだ。


「オロチだって、本当は優しいギアなんだ! お前が無理やり……」


 その瞬間、ギア・ゼロの目から、涙がポロリとこぼれた。


「え?」


 みんなが驚く中、ギア・ゼロはゆっくりと地面に降りた。そして小さく、でもはっきりと言った。


「……たすけて」


 Dr.ヴォイドは青ざめた。


「な、なぜだ! 完璧にコントロールしていたはずなのに!」


「簡単だよ」


 翔太がニヤリと笑う。


「ギアだって、心があるんだ。無理やり戦わされたら、嫌に決まってんじゃん!」


 翔太はギア・ゼロに近づいた。怖くないと言えば嘘になる。でも――


「大丈夫。もう戦わなくていいから」


 優しく頭を撫でる。ギア・ゼロは、子どものように泣き始めた。


「ううっ……ひっく……こわかった……」


「よしよし」


 なんか思ってたより可愛いギアだった。


「ば、馬鹿な……」


 Dr.ヴォイドはガクッと膝をついた。


「私の完璧な計画が……小学生の頭ポンポンで……」


 そこへ、ゼロが歩み寄る。


「あのさ、ヴォイド」


「な、なんだ」


「オロチ、返せよ」


 ゼロの目は真剣だった。


「あいつは、俺の相棒なんだ。お前なんかに渡さない」


 その時、ギア・ゼロの体が光り始めた。黒い外装が剥がれ落ち、中から本来の姿が現れる。


 青い蛇のような姿をしたギア。ダーク・オロチだった。


「ゼロ……」


 オロチは申し訳なさそうに言った。


「ごめん……俺、また暴走して……」


「いいよ」


 ゼロはあっさり言った。


「俺も、友達作るの下手だし。お互い様だろ」


 翔太がにやにやする。


「ほらー! やっぱ友達じゃん!」


「う、うるせー!」


 ゼロは真っ赤になってそっぽを向いた。


 Dr.ヴォイドは、呆然と立ち尽くしている。


 その肩を、翔太がポンと叩いた。


「なあ、おっさん」


「……なんだ」


「ギアと仲直りしたいなら、素直に謝ればいいんじゃね?」


 単純な言葉。でも、Dr.ヴォイドには一番難しいことだった。


 夕日が街を照らす中、小さな奇跡が起きた日だった。


 でも、レックスはまだ帰ってこない。


 物語は、まだ続く。

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