第九話 友誼を重ねる上に奇縁来たる
青龍の住む
上は貴族から、下は放浪の旅人まで、青龍は本当に多くの人物と話をした。
「いままであなたがどこの国にいたかは知らないけど、そこではあなたみたいに角を生やしている方が珍しかったんじゃないの?。
と
「それなのに角のない人達が、この国に入ったとたんにケダモノよばわりされるいわれなんてないでしょう?
周りの国は龍じゃないからここより劣ってるとか、ここにいると母様の方が間違ってると思えてくるわ。
だいたい、あなたは、角が生えているだけでケダモノあつかいされた?
母様も学者達も、国の数ほどいろんな生き物がいるって、もっとそれを受け入れなくちゃ」
沙龍帝姫の言葉は、危なかしくなるほど若々しい。正論や理想だけでこのまま生きていけたらどんなにか清々しいだろうが、青龍の仕事を見ている限りはそうもいかないだろうなとも思える。
ただ好奇心ばかりで行っているのではない、青龍が雲蒸殿で行っているのは、言い切ることはできないが「外交」に類するものだと、珠々にもなんとなくわかってきていた。
青龍には、官吏として雲蒸殿に配備されている他にも、珠々のような個人的に雇っている使用人も多い。
彼女は雲蒸殿のなかを動き回るそういう官吏やら使用人やらのいく人かとも顔見知りになった。
ある時の珠々の休暇に、輝鱗城の周辺の繁華街を案内してもらう約束を取り付けた
その顔を初めてみたとき、少しだけだが昔彼氏と呼んでいた男に似ている気がした。顔の話ではなく、醸す雰囲気の話である。なんで別れてしまったんだったか。すぐには思い出せないのは、この国に来たせいで記憶が朧げなのか、あるいは当時の珠々か彼氏か、あるいはどちらもが、本気でなかったのだろう。
雲蒸殿の食客の中では、興龍は詩人ではなく武人であって、時折、凌雲殿の鎧の兵士が彼の元を訪れて、武器の扱いや体術の稽古をしているのも見た。数人が立て続けに相手にしても、相手が疲れるばかりで興龍はけろっとしているところを見ると、強いのだろう。
兵士の相手をできる男が、なぜここで食客に? 珠々はそんなことを考えだが、侍女と武人の食客では、共通の話題が見つかるはずもなく。
そこを、ある日顔を合わせる機会があった。
「珠々、今度のおやすみの日は何するか決めたかい?」
と小貴龍が問うので、
「どこかいいところあるかしら」
珠々は逆に尋ねていた。
「また市場でも見に行くかい? 行くたびに新しいものがあるからね
「そうねぇ」
うーん、と珠々は顎に手を当てて考えた、そこに
「なんの話をしている、小貴龍。珠々を誘ってどこに行く算段だ」
と、興龍が近づいてきた。雲蒸殿の中庭では、例の兵士たちと興龍がさっきまで武技の練習をしていた。それが一段落ついたものらしい。
「市場に見物だよ」
と小貴龍がいい、珠々も
「何か面白いものが見つかったらと思って」
と言う。実際、市場で見たことも聞いたこともない事物や、本の中でしか見ないような異形の生き物に会うのはわくわくする。
「それはいつ行くんだ」
「明後日ぐらいかな」
「俺も同道して構わないだろうか」
と言う興龍の言い出しに、珠々と小貴龍は顔を見合わせた。
「私はいいわよ」
「興龍は市場に何の用があるんだい?」
「今し方、練習用の木剣を折ってしまってな、代わりが入り用になってしまった」
興龍は持っていた木剣が、綺麗にぽっきり行ったのを見せてくれる。
それならばと、日時を決め、三人は輝鱗城のお膝元である都の市場に向かうこととなった。
そして、市場を楽しんだ夕方の道。
「沙龍帝姫様から話に聞いたのだけど、輝鱗城に仕えていたって本当? 興龍さん」
話しかけるにも話題が見つからなくて、珠々はそんなことを聞いていた。手には市場の片隅で売られていたおもちゃを軽く振って、出てくる音を楽しんでいる。
「その話か、帝姫のお小さい頃の話なのに、よく覚えていらっしゃる」
興龍は一瞬言い出しにくそうな顔をしたが、あっさり答えた。
「宰相を出せる三つの家がと言うものがあったのだが……」
興龍の一族、貴龍兄弟の一族、元妃の実家である
ところが、ここ何十年ばかりは、彪龍一族の力が大きくなってきている。過去にも、家の盛衰にあわせて宮廷の発言力に格差が出来たことは何度かあったが、激しく他家に水をあけたことはなかった。
龍帝を支える官吏の筆頭である宰相は、興龍一族であり、彼らは台頭してきた彪龍一族をかなり露骨に牽制した。賢明なる政治のためには致し方のないことだったという。しかし彪龍一族はそれを逆手にとった。たまたま公になった不祥事の責任を全て興龍の一族に押し付けた。
興龍の一族は輝鱗城から遂われた。総領息子で武官を経由して宰相への登竜門に立ったばかりだった興龍本人も同様である。青龍は若い彼の将来までも閉ざしてしまうには忍びないと、全く政治に影響を与えない食客の一人に取り上げてくれたという。
「現在の宰相には、正宮様の弟が就いておられる。正宮様ご自身の発言もお強い。今の宮廷の流れはもうしばらく彪龍一族のものだな。芙龍帝姫様の降嫁先に決まったのも然るべきだ。
だが、千歳が御代を継いだ暁には大貴龍殿が宰相になる。千歳の御妻も同じ貴龍の一族だ。世代が若くなれば俺にも運が向いてくるだろう、千歳はそう仰せられてな」
来るであろう報われるときに向かって、今は雌伏の時期なのだ、と、彼の目は輝いていた。
「興龍一族のこと忘れずにいる陰ながらの味方も多い。今の天秤の傾きも、ほんの一時と思えば」
二人の会話を、屋台で買った骨つきの何かの肉をかじりながら、
「ボク知ってるよ、お年若の彪龍一族の総領に帝姫の降嫁があるんだから、対抗して興龍も急げって言われてるの。
正妻にできるかはわからないけど、珠々とかどうだい? おっちょこちょいだけど、面白いひとだよ?」
小貴龍がいった。
「それは今する話じゃない、大体珠々に失礼だろう」
興龍は弱ったような声を出す。珠々もなぜだか笑いを誘われた。
「私も突然言われてもねぇ……」
道端の三人を、夕日が照らして、帰る時間の近いことを教えていた。
そこに。
「興龍か?」
と声がしたので、三人は振り向く。
「麒翔さん!」
小貴龍が声をあげて呼びかけた人物の元にかけていく。人物より先に、傾く夕日が目に入って、珠々はすぐにはその人物の顔がわからなかった。
「どうしたのさ、ずっと来ないから、心配してたんだよ」
「うん、あちこちを回っていたんだ」
ふと目を上げれば、興龍は人物の顔を、眉根を寄せてみている。逆光だけが理由ではないようだ。
「興龍」
再び人物が声をかけた。
「久しぶりに会ったのに、そんな顔をすることはないだろう」
「いや、太陽が目に入っただけだ。……久しいな、
「覚えていてくれたとは痛み入るよ」
麒翔と呼ばれた人物は、小貴龍とともに珠々達に近付いてくる。
「いままで、どこにいっていた?」
「陸の果てから空の果てまで」
その風采は、青龍のもとに集ってくるほかの食客と大差なかった。豪華ではないが清潔そうな服を着て、道すがらでも浮かんだ言葉を逃すまいと、携帯用の筆記用具を腰にぶらさげている。変わっているとすれば、無造作に、伸びた髪を一つの編み下げにまとめて胸の当たりに垂らし、眼鏡もかけているが、度が入っている様子はない。
「どうして、戻ってきた」
「どうして?
つれないな、興龍は」
皮肉らしい興龍の言葉に、麒翔は笑う。
「帰ってきてはいけないのかい?」
二人の会話を、
「だれなの、あの人?」
聞く珠々に、小貴龍が答えようとするが、それより速く、
「美しいお方、僭越ながら私本人がお答え致しましょう。
私の名は麒翔。雲蒸殿にすだく食客の一に名を連ねております。思う所あって、諸国を漫遊して、見聞を広めて参りました。
そしてわたしの素性を知りたいという美しい君はいずこの華か」
珠々はその言葉につい笑いを誘われてしまった。華、なんて呼ばれたことなど、ここに来てから、もちろん来るまでもとんとなかった。
「調子のいいひとね」
「おそれいります」
麒翔は会釈をした。
「私は珠々。青龍様のご成婚のあと雲蒸殿に来たの」
「おお、千歳が」
麒翔はひとしきり唸る。
「それはぜひ、参上してお祝に一首献上せねば」
これから雲蒸殿に戻るという珠々達に、どうも麒翔はついて行きたい様だったが、興龍の晴れぬ顔を窺ったか、
「興龍、近いうちに参上する。千歳によろしく」
「来るなと言っても来るのだろう?」
麒翔は興龍の皮肉めいた言葉に首をすくめ、去りしな、
「では美しいお嬢さん、後ほど雲蒸殿で」
と言う。
珠々は、麒翔に遭遇している間の興龍の態度があまりにもいいものではなかったので、もう少し詳しい彼の人となりについては聞くのをためらった。が、興龍はそれに先回るように
「珠々、あの男には気をつけろ」
と言った。
「どうして?」
正直の所、麒翔について、珠々には、興龍が苦虫を噛みつぶし、似合わない皮肉を言うほど、警戒すべき人物には思えなかった。確かに、立ち居は少し軽薄そうに思えはしたが、そういえばインテリらしさも少しは感じられたか、とそう見ていた。
だが、興龍は、性格がどうだという以上に、何か許せないものがあるらしい。
「千歳や大貴龍殿が共にいる場所以外で彼に会おうとするな。呼び出されても断われ。いいな」
興龍は捨てるようにいい、珠々を雲蒸殿に送り届けるまで、口を開こうとしなかった。
大貴龍に話を聞いても、以前はよく雲蒸殿に出入りしていた詩人で、この頃はとんと御無沙汰であったという以外に情報は得られなかった。そして、興龍の様にあからさまではなかったが、やっぱりいい顔をしなかった。なるほど、誰かいるところで会えばいいとは、そういうことかと、珠々はなんとなく、麒翔の中の危うさを想像した。
そして麒翔は、さほど日をおかずに、雲蒸殿に現われた。青龍は、彼の朗詠をだまって聞いていた。いつもは、その後に何かと批評を下すのに、それすらしなかった。彼の好みをまだ完全に把握はしていないが、特に青龍が嫌うような点もなかったように感じられたが、あの様子からすると過去に青龍の顔がつぶれるほどの派手な何かをしでかしたのだろうと珠々はいつものように、そういう事にしておいた。
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