一章 103号室
第3話 小学生がギャンブル!?
事故の日から、2週間と少しが経った。
PICUから一般病棟への移動は大掛かりだ。
まだ脊椎に負担をかけられない私はストレッチャーに乗せられて、看護師さんたちに運ばれる。
体の節々が痛むのを堪えながら、これから向かう先について考えた。
小児科の一般病棟は4人部屋で、私以外に3人の女の子がいるという。
ここしばらく大人としか話していなかった私は、同室の子とちゃんと話せるだろうか、という言いようのない不安があった。
「大丈夫だよ。次の部屋の子達、ちょっとやんちゃだけど、みんな良い子だから」
私の不安を読み取ったのか、付き添ってくれていた看護師の
「やんちゃ…?」
病院でやんちゃって、どういうことだろう。
でも、このとびきり優しい人が笑っているんだから、きっと大丈夫。そう思うことにした。
「103号室、
看護師さんの声と共にドアが開き、いくつかの視線が私に突き刺さるのを感じた。
部屋の手前、ドアのすぐそばにあるベッドにそっと移される。体のあちこちに機械が繋がれ、カーテンは開けられたまま、佐倉さんが「がんばってね」と小さく手を振って出ていってしまった。
長い、長い沈黙。
すると、部屋のどこかから、もぞもぞと衣擦れの音がする。
しかし、首しか動かせない私には、誰がどこにいるのかもわからない。心臓だけが、バクバクと大きく音を立てていた。
「わっ!?」
真っ白な天井をただ見つめる私の視界に、ひょこっと顔が覗き込んだ。
ガラガラ、と点滴スタンドを引きずる音。
そこにいたのは、サイドで結んだ長い三つ編みと、大きな眼鏡が印象的な女の子だった。
彼女は私を値踏みするように見た後、わざとらしく大きなため息をついた。
「はぁ…まさか本当に美少女が来るとはね」
美少女…!? だ、誰のこと…?
私の頭が疑問符でいっぱいになるのと、視界の端から二つの影が飛び込んできて、大きな声を上げるのは、ほぼ同時だった。
「っし!賭けはあたしの勝ちな!」
「くそぉーきらりに負けたぁ!」
松葉杖をついた赤みがかったショートボブの女の子が嬉しそうに笑い、背の小さい医療用キャップをつけた女の子が悔しそうにしている。
3人にベッドの上から見下ろされると、圧がすごい。な、なにこれ?っていうか、いま「賭け」って言わなかった…?
「ああ…ごめんなさい。勝手に盛り上がってしまって。この103号室では、伝統的に賭けが行われてるの」
「か、賭け…?」
なにそれ怖い。
「いやー前にあんたのベッドにいた子がさ『次に来る子が自分より可愛いかどうか』で賭けろってうるさくて」
「あなた、小学生モデルやってる子の後釜なのよ?そんな大穴、普通は狙わないじゃない」
「は、はぁ…」
肩をすくめる三つ編みの女の子に、目の前のベッドの赤みがかったショートボブの女の子がへへっと笑った。賭けに勝ったのが、よっぽど嬉しかったみたいだ。
でも、これ賭けなんだよね。それなら──。
「…賭けに勝ったらなにが貰えるんですか?」
「「おやつのプリン!!」」
帽子を被った小さな子が、ショートボブの子と声を揃えて元気よく答えた。
想像通りのあまりに子供らしい回答に、少しだけ肩の力が抜ける。
「じゃ、改めて自己紹介ね。私がこの部屋のリーダーの
「小さくないもん!」
「うるさいは余計だろ!」
ああ、情報量が多いなぁ。
私より年上もいるし、敬語の方がいいよね?
「…えっと、私は
「うわ、めっちゃ丁寧。年なんかほぼ変わんないんだから、タメ口でいーって!」
「そうよ。私以外は敬う必要ないからね」
真央さんがしれっと言うと、また二人が騒ぎ出す。みんな、仲良いなぁ。
ぼけっとしていると、その喧騒を遮るように、真央さんがにやりと笑った。
「新入り…いや、柚華。さっそく、あんたにも
「洗礼ってやつだな!」
「わくわく!」
拒否権はない感じだ。まぁ、そうだよね。
しかし、同年代のこと話すこのワクワク感。久しぶりの遊びに高揚していないかと聞かれると嘘になる。
私がこくりと頷くと、真央さんが説明を始めた。
「賭けは簡単よ」
真央は、ベッドサイドに備え付けられた、ナースステーションと繋がるインターホンのような機械を指差した。
「次に、このインターホンが鳴るのは誰からか。それを当てるだけ」
この小児病棟では、定期的な検温やリハビリの連絡などで、看護師さんや先生の方からインターホンで声がかかることがある。
それを利用するらしい。
「えー、そんなの運じゃんか!」
きらりさんが口を尖らせる。確かに運要素は強い。
「そうでもないわよ。…じゃあ、賭ける人は?」
「はいはーい! あたし、アッキー先生!」
きらりさんが真っ先に手を挙げた。
「そろそろ午後のリハビリの時間だし、アッキー先生が『迎えに行くよー!』って連絡してくるに決まってる!」
なるほど、リハビリの時間を根拠にした、分かりやすい予想だ。
「うーん…じゃあ、わたしは森先生にする!」
「
こちらは、状況を根拠にした、優しい予想だ。
「…そうね。じゃあ私は、
真央さんが、自信ありげに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「鈴風先生はきらりの主治医。夕方の回診の前に、必ず一度は様子を確認する連絡を入れてくる。時間的にも、そろそろのはずよ」
主治医の行動パターンを読む的確な分析。さすがリーダーだ。
三人の視線が、私に集まる。
「で、あんたはどうするの?
私は少しだけ考えて、静かに口を開いた。
「…私は、佐倉さんだと思う」
「「「はぁ!?」」」
三人の声が、きれいにハモった。
「佐倉さん?」「なんで!?」「さっきまでここにいたじゃん!」と、みんなが口々に驚きを声に出す。
私が選んだのは、
私がこの部屋に来た時に移動を手伝ってくれた、私たちの部屋担当の看護師さんだ。
三人の言う通り、一番ありえない選択肢なのかもしれないが、私には自信があった。
「まず、アッキー先生は来ないと思う。ナースステーションの前に貼ってある今日の予定表に、午後のリハビリは3時からって書いてあったから。まだ1時間以上ある」
私が部屋に運ばれてくるときに、ちらりと見えたホワイトボードの情報を口にする。
「…マジか」きらりさんが絶句する。
「森先生も、たぶん違う。森先生は、そういうのプレッシャーになっちゃうってわかってるから、こっそり部屋を覗きに来て、確認してから戻っていくと思う」
「あ…」睦美ちゃんが目を見開く。
「そして、鈴風先生も違う。さっき、ナースステーションの前を通り過ぎる時に、他の先生と『これから緊急の手術が入った』って話してるのが聞こえた。だから、回診の時間も遅れるはず」
私の言葉に、病室は水を打ったように静かになった。
一番驚いているのは、真央さんだった。彼女は、自分の推理が覆されたことが信じられない、という顔をしている。
この感じ懐かしい…学校ではよく親友とこうして頭を使ったゲームで遊んでいた。
「……じゃあ、なんで佐倉さんなのよ。用事があるなら、インターホンじゃなくて普通に部屋に来るわ」
真央さんが、絞り出すように聞いた。
「うん、普通ならそう。でもね」
そして、私はもう一つの決定的な事実を告げた。
「佐倉さん。すごく急いで部屋を出て行ったから、自分のスマホあの棚の上に置き忘れてる」
私の指差した先。
部屋の隅にある小さな棚の上に、ピンク色のストラップがついた院内スマホが、ぽつんと置かれていた。
その場にいる全員の視線が、棚の上のスマホに突き刺さる。
「院内スマホがなかったら、他のスタッフに連絡を取ることもできないし、電子カルテも見れない。それに、ナースコールの連絡も届かない。そんな重要なものを忘れたって気づいたら、きっとさっきまでいた場所を確認するよね」
私の言葉が終わるのと、インターホンから電子音が鳴るのは、ほぼ同時だった。
『―――こちらナースステーションの佐倉です。ごめんね、誰か私の院内スマホそっちにないかな?―――』
インターホンから聞こえてきたのは、予想通りの佐倉さんの声と、予想通りの内容だった。
賭けの勝者は、私。
三人は、しばらく呆然と私を見ていたけど、やがて一番最初に真央さんが、諦めたように、でもどこか楽しそうに笑った。
「……はぁ。あんた、ただの美少女じゃなくて、天才美少女だったわけだ」
「「おみそれしました…」」
きらりさんと睦美ちゃんが、なぜか私に向かって頭を下げた。
天は二物を与えずって嘘なのね。と呟く真央さんに思わず笑みが溢れる。
こうして私は、この病室での「
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