宝石商のあれこれ

烏の人

街の宝石商

「─────はぁ…。」


 ため息をついたのは1人のメイド。名を、マリと言う。城下街を歩きながら、疲弊した様子でふらふらと無理難題の答えを探している。

 侯爵家に仕える彼女は心底、今の奥方にうんざりしていた。


 ─────ローズ・エルベロッタ。


 記憶に残る忌々しい我が儘の名はそう言った。


「宝石なんてどれも一緒じゃない…。」


 そんなことを呟きながら、探し物を求める。ローズ曰く、子供の頃に見せてもらった宝石をもう一度見たいのだとか。それはダイヤモンドよりも強く輝き、優しい緑は木漏れ日のようであったと。だが、そんな宝石なんてマリは見たことがない。侯爵家御用達の宝石商でさえ、わからないとの話だった。そうなってしまえば、公爵家、ないし王家の宝石商にさえ話が及ぶような高価なものの可能性さえ出てくる。緑色なら尚更だ。


 と、言うのも。現在この国を統治する王は少し変わっていて、宝石に目が無い。特に、一時期は緑色の宝石を好き好んで集めていたと言う話も聞く。女王でもないのに変わり者の王と呼ばれているのだ。


「ダイヤモンドじゃ駄目なのかしら…。」


 そんなことをぼやきながら、ぶらぶらと歩く。いい加減、疲れて来るような頃合いだ。そもそも、こんな街の宝石商に置いてあるような代物ではないだろう。だが、そんな藁にもすがるような希望が叶わなければ、もっと胃を痛めることになる。そもそも、見つからなければ首が飛ぶ危険さえある。


「はあ…なんでこの仕事してるんだろ。私。」


 自分の運命を嘆きながら、宝石店を巡る。が、そもそも、置いてあるものの質が悪い。侯爵婦人がこのような粗悪品の石で満足するはずがない。

 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、首が飛ぶのはいやなので探すしかない。

 朝から探しはじめて日が傾きかけた頃のこと。一件の宝石店へとたどり着いた。


『随分と小綺麗な…。』


 おそらく、新しく建ったのだろう。数ヵ月前この通りを歩いたときにはなかったものだ。


「…落葉…。」


 看板に掲げてある名を口にする。そうしてマリはその扉をくぐった。来店を知らせる鈴がなる。だが、店主は出てこない。不用心だなと思いながらもショーケースに展示されている物に目をやる。


「…。」


 断然、他の店とは一線を画す出来だ。主役をはる石もそうだが、リングにしろネックレスにしろ、金具の出来映えも上等。そうして手を触れようとして気がついた。


『…ガラス張りのショーケース…?』


 疑問を抱いたところでようやく、店主が出てきた。


「はーい、すみません。何かお探しですか?」


 身綺麗な店主だ。年も若い。なんなら、マリと同年代だろう。顔立ちも良い。髪は少々長いが、きちんと整っている。だのになんだろうか。この糸目からあふれでる胡散臭さは。


「お客様?」


「あ、すみません。」


 つい、呆気にとられてしまったマリ。だが、気を取り直しことの顛末を説明する。


「主人の御婦人に使いを頼まれたのですが…なかなかそれらしいものが無くて。」


「ほう…なんて名前の石なんです?」


「名前までは…ただ、御婦人曰く、ダイヤモンドよりも輝き、優しい緑は木漏れ日のようであったと…。」


「ダイヤモンドよりも…そりゃなかなか無いでしょうね。ご婦人も無理を言いなさる方だ。」


「あの…ありますか…?」


「ありますよ。」


「あるんですか!?」


「おそらくですけどね。探している石はスフェーンと言うものではないでしょうか。」


「スフェーン…ですか?」


「少しお待ちください。お持ちします。」


 そう言って、店主は商品棚から1つのネックレスを取り出す。


「これが…。」


「ええ、スフェーンです。」


 白金に輝くチェーンに綺麗にカットされた大粒の石。それは確かに木漏れ日のような光を放っている。ダイヤよりも輝くと言われても、素人目に納得してしまうほどの美しさだ。


「いかがでしょうか?」


 店主のその言葉にはっとする。


「こ、これいくらですか!?」


「こちら、珍しい石ですので少々値が張りまして…ざっと金貨60枚程…。」


「金貨60枚!?」


 金貨60枚。平民ではまず手が出せない。兵士になって3ヶ月お金を溜め込んでようやく変えるほどの金額だ。


「物自体もいいですし、妥当なお値段かと。それに、マニアには結構人気ですのでこれを逃せば次はいつ入ってくることやら…。」


 物言いと糸目が合わさってますます胡散臭くなってくる。しかし、ここで逃せばもう手に入らない可能性もある。そうなれば─────。


『私の首が…!!』


「う…うぅ………買います…。」


 落胆したように、彼女はそう言った。どうせお使いだ。金ならある。そう割りきることにした。


「ありがとうございます!では手続きいたしますので少々お待ちくださいね!」


 そう、マリに笑いかける店主。奥から持ってきたのはペンと紙。そうするとカウンターで何か書き始めた。


『…左利きなんだ。』


「これは…?」


「こっちは保証書です。こっちが領収ですのでここにあなたのサインをお願いします。」


「はい、わかりました。」


 そうして、マリはサインを書き終えると領収と保証書、そしてネックレスを抱えその店を後にした。チラリと保証書に目をやる。


『アラン…癖字すご。』


───────────────


 その日の夕方。マリはローズ婦人の部屋の扉をノックした。


「マリです。御所望の品をお持ちしました。」


「あら、早かったのね。いいわよ。入ってらっしゃい。」


 おおらかな声とは裏腹にマリは知っている。この女はとんでもない我が儘だと言うことを。


「はい。失礼します。」


 扉を開け、そのネックレスの入った箱を手にローズ婦人の前に跪く。


「その箱のなかにあるのね。見せてちょうだい?」


「はい。」


 箱もまた綺麗だ。蝶番を開けば、そこには夕明かりに照らされた木漏れ日が姿を表す。

 決まって、ローズ婦人は機嫌のいいときに無邪気な表情をとる。まるで子供のような。そのときばかりは、マリも10程年の離れた婦人を可愛らしいと思えるのだ。

 思うに今回のは、大成功と言った表情。無邪気な瞳だ。心の中でガッツポーズをとる。


「これよ…これよ!!」


 喜びの声が聞こえたのはしばらく経ってのことだった。首の皮が繋がったことに安堵する。


「マリ!」


「はい、なんでしょう。」


 あくまでも静かに返す。だが、ほっとしたことで少しばかり表情は柔らかくなっていた。


「この宝石はアランと言う方のところで買ったのね?」


「ええ、その通りです。」


「落葉…ここをうちの御用達にするわよ!」


「ええ。え?」


 何を言い出すかと思えばこの婦人は…。


「そうと決まればマリ!よろしくね!」


 マリの受難は、これからである。

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