第十七話 【私の実力】
?「はいはい、そこまでね~。めっちゃ強いじゃんシルフ君。流石アリスちゃんの彼氏って感じ。」
女性的で高揚した様な声。何故自分の名前を認知しているのか。更にアリスの名前まで。彼の記憶にこの声帯を持つ女性は一切存在しない。しかし、第三者がもし自分の事を伝えていたなら。そして『第三者』が仮に金髪の彼女なら。その脳内で結んだ憶測を確実な物にする様にアリスの方へ視線を向けると、彼女には声の主の正体に見覚えがある様で。
アリス「ラ、ラム先生っ...!?」
ラム「あはっ、何かヤバそうな事態なってたから来てみたけど思いの外問題無いみたいだね。ヒュグルが私の生徒だって事を除けば。」
艶の光る黒いミディアムヘアに映える水色の瞳がヒュグルの姿を確実に捉え、ラムはヒュグルの前で立ち尽くすシルフの隣へと歩み始めた。自身に近寄る黒い影に瞳が揺らめく吹雪の主。そして畏怖する様な視線を肴にするかの様に、彼へ近付くラムは小さな酒瓶を取り出しては彼の前でそれを掲げて見せる。
ラム「ヒュグル。君そんな魔法使えたんだ。隠さなくて良いのにな~?私ね、強い魔法見るとゾックゾクするの。」
口角と目を吊り上げて笑う彼女の表情はヒュグルにはどう映っているのか。恐らく彼女が今酒を飲む姿さえも彼の目には危険の印として写っている事だろう。そんなヒュグルを余所目にラムは瓶の蓋を開けると、そのまま酒を口にして彼へ流し込む。強いアルコールの匂いが周囲に広がり始める中、頬を紅潮させたラムが彼に言葉を放つ。
ラム「ねぇ、戦ろうよ。ほら。回復してあげるから。」
淡々とした口調でヒュグルへ治癒魔法を施そうとするラム。身体の傷が再生する様に回復して行く光景にヒュグルは呆気に取られていた。治癒魔法としてはあまりに早い回復速度、彼女の『早く戦いたい』と言う気持ちが滲み出て仕方が無い事を察してしまう程に。そしてヒュグルは治癒魔法で回復させられた身体を起き上がらせ、生徒を庇う様にヘラヘラと立つラムに対して声を荒げた。
ヒュグル「うっ...うるせぇよ!!だったら教師も纏めて氷漬けにしてやる!!」
ラム「あははっ!!良いねぇ!反抗的な態度!あぁあぁゾクゾクする!私の友達とその友達も傷付けたって事はさぁ、もうボッコボコにされても文句言えないって事だよね!?」
感情が昂り合う叫びを幕開けとして、再び周囲には猛吹雪が吹き荒れ始める。対策無しでは一瞬で凍り付く超低温。それを表す様にアリスはシルフを庇う様にコートの中へ入れる。誰がどう見てもヒュグルの優性。傍から見ればそう見えるだろう。だが、銀世界の中に一つ。止まる事を知らない黒い影がヒュグルへ迫る。
ラム「良いねぇ~、でも知識不足。知ってる?アルコールは極度の低温じゃなきゃ凍らない。私の魔法を考えれば一発で君が不利にある事くらい分かるよね?」
彼女の魔法扱う魔法の一つ。それは『手から高濃度のアルコールを生み出す魔法』。先程飲んだアルコールが功を奏し、彼女の身体は火照るだけで一切外傷が無い。それを脳で処理したヒュグルは即座に周囲の雪を氷結させ、防御の構えを取る。ラムに魔法が効かないのなら単純な物理攻撃だけで彼女を仕留めれば良い。そんな思惑から彼を襲う為に鎖を放つヒュグルだが、無駄な考えは轟音と共に掻き消された。
吹雪を貫く雷。それは確実にヒュグルの身体を捉え、直撃と共に轟音を立てては彼は遥か後方へ吹き飛ぶ。その光景を目の当たりにしたアリスとシルフは唖然とした様子で空を仰ぎ、ラムは小さく微笑んだ。
ラム「私の魔法のもう一つ、忘れた?炎魔法の派生。雷魔法。相性は雪と熱。更に炎とアルコール。んん~!どうなるかなぁ~!楽しみだねぇ!」
言葉と共にラムの手から放出される高濃度のアルコール。そしてラムが腕を振り払った瞬間に、アルコール目掛けて雷が降り注がれた。それだけでも十分な脅威なのだが、更に雷から発生した炎がアルコールへ引火し、その瞬間に大規模な爆発が引き起こる。それは彼女の独壇場が幕を開ける合図。彼女主催のエクストラステージの。
アリス:シルフ「何...これ...」
ヒュグル「うぜぇうぜぇうぜぇ!!何なんだよお前っ!!」
ラム「あはははぁっ!!良いね良いねぇ!私最近暴れ足りなかったの!教師だから全力出す場が無いでしょ!?だから『敵』が出来た事で暴れられる!あはっ!アルコール最高ぉおっ!!」
爆煙から抜け出さんと宙に舞う雪の中から姿を現すヒュグル。彼の身体には少々火傷の跡が見えるが、その程度であの女教師は満足しない。彼女のアルコールと雷と炎の連携によって吹雪は全く意味を成さず、校庭に積もった雪までも全て溶かしてしまう。ヒュグルが必死に放つ氷の礫さえも稲妻によって一瞬で気体と化し、彼の周囲に舞う。高濃度のアルコールと炎の合わせ技により周囲は燃焼、爆破、そして蒸発。
ラムの独壇場にシルフもアリスも言葉を失う中、ヒュグルの退路は完全に閉ざされた。もう後退りする事は出来ず、彼の背後には石壁が。そして目の前に立つは狂気に満ちた笑みを浮かべる女教師。
ヒュグル「く、来るなっ!!」
ラム「ん~、無理かなぁ。折角追い詰めたんだもん。生徒指導として、再犯不可能にしなきゃ。」
一歩、また一歩と迫り来る女教師。手から生み出す高濃度のアルコールを飲み干しながら近付くラムの姿に恐怖し、また一歩と後退りしてしまう。狂ってる。こいつも、この女教師の仲間であるシルフ達も全て狂っているんだと痛感させられる程に。そして遂に退路が閉ざされるヒュグル。彼の背後には無慈悲にも石壁が。そして ラムの瞳は、獲物を捕らえた狩人の様に鋭くギラついた。
ラム「は~いじゃあ死なない程度に電気ショックねぇ。さーん、にー、いーち__」
ヒュグル「や、やめっ___」
彼女の腕から放出される稲妻が周囲を包む様に迸る。それは一瞬の出来事だった。彼の額に当てられた手から、身体全体に激しい激痛を伴わせる事となる。鎖の比では無い強大な電撃に身体が焼かれる感覚を覚えながら、彼は悲鳴と咆哮を合わせた叫びを上げる事しか出来ずにいた。一音しか発声出来ない彼の口は次第に力を失い、最後は意識も無く。瞳と口を半開きにして地に伏せた。その場に立っているのは戦闘科の担当教師を務めるラム・アルコホールただ一人。一方で2人の生徒は彼女の実力と、教師と言う職業を疑ってしまいそうな狂気にあっけらかんと開いた口が閉まらない様子で。
ラム「あぁ~、じゃあ祝杯と行こうじゃ無いの!」
アリス「ラ、ラム先生!」
ラム「あっ、アリスちゃん達無事!?大丈夫?怪我は!?」
先程まで呑気にも小さな酒瓶片手に祝杯を上げようとしていた彼女だが、友人の声が鼓膜に届いた瞬間。その表情を教師のそれに変えてアリスとシルフに歩み寄って来た。心から自分達の事を心配してくれているであろう彼女の姿に、感謝の気持ちも当然芽生えるが同時に彼女の切り替えの早さにも驚かされる。ラムに怪我の状況を問われたシルフは氷の礫に打たれた横腹へ目を向けるが、既に痛みは無い。恐らくそこまで目立った傷では無いのだろう。一方でアリスは生身の人間と言う事もあり、ラムは彼女の元へ歩み寄ると傷の具合を診始めた。色白なふくらはぎから垂れる鮮血、シルフを吹雪から守った際に自身が覆い被さった事で数発氷の礫が額に直撃し、額からも血が滴る。加えて凍傷により、耳や頬。細い指にまで痛々しい痕が。思わず顔を顰めたくなる傷を見たラムはすぐさま自身の回復魔法を手から発動し、アリスの傷を治して行く。
ラム「アリスちゃんの可愛い顔に傷痕残っちゃう所だったね...。アイツ目覚ましたら教師達で再教育しなきゃな。」
アリス「あ、ありがとうございます...でもラム先生無傷ですよね?」
彼女の言う通り、ラムはあの猛吹雪の中生身で、更に一方的に蹂躙して見せた。傷一つ、汚れ一つ無い身体。しかし彼女はアリスの傷を治療する手を止める事無く、そのまま言葉を返す。
ラム「ん~、アルコールで何とかなったからさ。それより気になる事あるからさ。」
アリス:シルフ (ラム先生、アルコールってそんな便利な物じゃないです。)
心の中で同様のツッコミを返すシルフとアリス。だが、ラムはそんな2人の表情を見て言葉を放った。特に、シルフの方を見て。
ラム「...シルフ君さ、あの姿何?」
シルフ「え...?」
ラム「あの後半の姿よ。私が来た時の姿。今の君の容姿と全然違うじゃん。髪逆立って、鎖みたいなオーラ出して。そんで腕に同じく鎖の紋章浮かんでたよね。あれ何?」
シルフの姿を上から下まで品定めするかの様に隅々まで目を配らせるラムに、シルフは何も返す事は出来ない。言いたくないのでは無く、言えない。自分でも理解が出来ていないのだ。更にはその時の記憶は曖昧で眼前の敵を排除する事しか頭に無かった為、何故そんな姿になっていたのか。そしてこの力の正体も分からないのだ。
シルフ「自分でも...分からなくて。ただアリスさんを取り返したくて、それで彼に対する苛立ちが溢れ出して。気付いたら...」
ラム「ふぅん...なるほどねぇ。私もその辺は詳しくないからさぁ、先生達と話そうか。」
シルフ「あっ、はい。」
ラム「アリスちゃんもおいでね。」
アリス「えっ、あっ、はい。行きます。」
まず彼女から立ち上がった後に、2人を立たせる様にして手を差し伸べるラム。その手を取って2人は立ち上がり、そのまま魔法学校の校舎の方へと歩み始めた。ラムの一歩後ろを歩いて校舎へ歩む2人。その2人は互いに同じ事を思ったのか、同時に顔を見合わせた。
シルフ:アリス (ヒュグルは...?)
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