PERFECT WORLD

ヤトミ

第一話 【原点】


此処はとある魔法学校。多くの人間が力を望み、高みを目指そうとする野心溢れる空間。魔法を会得しようと努力する者もいれば、技術を磨く者もいる。

そんな多種多様な志を持つ人間がいる魔法学校は、今日も今日とて騒がしく。主に騒がしい事が好きな人間が。


?「ちょっとは理解したけど他が分かんない...何なんだこの家にあったやつ。」


窓際の席で一人静かに分厚い本を読んでいる。どうやらその本に記されている文字を解くのは難解な様で、開かれたページと眉を顰めて睨めっこするばかり。

しかし何分か思考を巡らせた所で元から知らない物から答えが生まれる筈も無く、結局諦めては本をバタンと閉じてしまう。やる事を失い暇を持て余す事になった彼は取り敢えず廊下を見詰めた。

廊下では数人の生徒が楽しそうに雑談を繰り広げており、その中には別名『学園のマドンナ』と呼ばれる女子生徒もいる。あんなに楽しそうに会話へ混じれたらどんなに幸せだろうか。

羨む彼だがあの場に割って入る程メンタルが強くない彼は視線を廊下から外に向けた。外は綺麗な快晴で澄み渡る青空が広がっている。

そんな美しい景色に見惚れていた時。


?「何してるの?」


不意に正面から声が聞こえた。反射的に声のする方向へ目を向けた彼が視認した声の主は、先程廊下で楽しそうに雑談を繰り広げていた女子生徒。

しかも、あの『学園のマドンナ』である。まさか彼女が自分へ声を掛けてくれると想定していなかった彼は咄嗟に出た言葉で会話をしていsまう。


?「ア、アリスさん。」

アリス「どうもね、シルフ。今邪魔しちゃいけなかった?」

シルフ「あ、い、いえ。全然。」


学園のマドンナの名は『アリス』。そして彼女と会話をする度に次に出す言葉を死ぬ気で考えている男子生徒が『シルフ』。会話をする二人の態度はまるで正反対だが、それでも言葉のキャッチボールは出来ていた。


アリス「窓の外眺めて黄昏るなんて、随分ロマンチストなのね。」

シルフ「あ、ロマンチストとかそんなんじゃ無くて。ただ暇だったので。」

アリス「あ、そうだったの。ごめんなさいね、変な事言っちゃって。」

シルフ「大丈夫です。それより良いんですか?僕と話してて。さっきの人達と会話してた方が有意義なんじゃ...」

アリス「そんな事無いわよ。それにさっき会話してた男子達からはナンパの言葉しか出て来なかった。笑い声も愛想笑いよ。それより...その本は何?」


どうやら彼が楽しそうだと感じていた会話はただの出会い目的の会話だったらしい。自分の勝手な妄想だったと感じる彼だが、同時に別の話題を投げかけられた。

彼が持っている、やけに分厚い本の事である。


アリス「凄い重厚感だけど、それ文庫本?エクスペクトなんちゃらの本でもそんな分厚く無いわよね。」

シルフ「あっ、家にあった本です。古文書みたいなんで解読して少しは理解したんですけど、残りが全然読めなくて。」

アリス「ふーん、ちょっと見せてもらえる?」


そう言って細い手を差し伸べて来る彼女にシルフは本を手渡した。かなりの重さが手に伝わったのか、一瞬身体をよろけさせるアリスだったが、すぐに体勢を元に戻し、ぱらぱらとページを捲って中に記されている内容を読み始めた。

この学園一の頭脳を持つ彼女なら、もしかしたら解読出来るのではないかと言う身勝手な期待を頭に浮かべていた彼だが、その妄想は聞き慣れた音によって掻き消される。


『ゴーン...』


鐘の音が鳴った。すなわち授業への移動。始まる5分前と言う事を表す。


アリス「あ、授業。次実習授業よね。」

シルフ「ですね...」

アリス「急がなきゃ。この本は返すわね。空き時間にまた話しましょ?早く行かなきゃ。」


彼にそう告げるなり、アリスは古文書を彼の机に置いて教室のドアをスタスタと走って出て行ってしまった。

走る度に靡いた金髪にシルフは無意識に再び見惚れてしまったが、すぐに意識を現実へと引き戻した様で、アリスの後に次ぐ様にして授業の場所へ走って行く。彼が一番嫌う授業、実習授業の場所へ。

______何とか授業が始まる前まで間に合ったシルフ。実習授業の行われる場所は校庭。一箇所に数クラス分の人間が集まるため、誰が何処にいるのかは確認出来ない。しかし自身が一番嫌う相手の居場所はすぐに分かった。

その嫌う相手の周りには俗に言う仲良しグループの人間が固まっており、嫌でも視界に入って仕方が無い。

嫌いな人間が視界に酷く目立つ一方で、彼等とは別に目立つ人間がいた。それはあのアリス。彼女の纏う雰囲気は美麗その物であり、此方の視界だけで無く他の生徒の視界でも目立っている事だろう。

そうして皆が授業開始の鐘を待っている最中、校舎の方からこの授業の担当教師が歩いて向かって来た。あの教師は個人的にシルフが個人的に嫌っている教師でり、その理由は明白。

この授業と教師が嫌いなのだ。魔法学の実習授業は他の生徒との軽い戦闘。戦闘と言っても、命を落とす程の物では無い。戯れの様な物なのだが、シルフはこれを嫌っている。その理由はすぐに分かる事になった。


教師「皆揃っているな。これより実習授業を始める。」


淡白な号令と共に授業が開始された。その内容は前回の魔法の練度を確認するテストの続きであり、教師が順に生徒を2人指名しては指名された2人が軽い戦いを行うと言う物。

いつか自分の番が来ると悟っていたシルフだが、どうやら今回が自分の番らしい。以前から予想はしていた物の、いざ自分の番となると緊張で上手くやれるのかが心に引っかかって仕方が無い。


教師「ではテストを始める。シルフ、フェイ。前へ。」


指名されたシルフとフェイは教師の前へ歩み出る。この軽い戦いは皆に見守れると言う、何とも安全で何とも人の目を浴びれるシステムである。


フェイ「はっ、お前かよシルフ。先生ーコイツ相手にならないっすよ。」


フェイ、それはシルフが一番嫌う人間である。先程言った彼の視界に嫌と言う程入り込んで来た人間、仲良しグループの中心的人物である。

彼はどうやら成績優秀な様で、普段授業に出席しないクセに良い結果を残しているらしい。そんな人間は皆嫌うとシルフは考えていたが、逆に彼が中心的な人間と言うだけでフェイを慕う人間がいる。この事実と受けている嫌がらせがシルフはどうしても気に入らないのだ。


フェイ「どうしたシルフ。お前雑魚魔法しか出せねぇもんな?先生、始めましょ?」

教師「シルフ、良いか。」

シルフ「...はい、お願いします。」


その返事をした瞬間、フェイはシルフ目掛けて炎魔法を放つ。その威力は並大抵の魔法では無く、まるで神々の様な魔法である。そんな彼の魔法はシルフの飲み込む様にして彼の姿を消させる。

しかしシルフはその炎を打ち消させ、身体に傷を負いつつも立ち上がった。


フェイ「はっ、傷だらけじゃねぇか。ほら、魔法出してみろよ。お前が普段見せる屑魔法をよ!」

シルフ「分かった、ごめんね。屑魔法しか出来なくて。」

フェイ「喋んじゃね___」


煽り文句をシルフが聞いた刹那、シルフは片手をフェイの方へ翳す。一瞬何の変化も無いと思えた戦況だが、その状況は一変。

フェイの身体を鋼鉄の鎖が縛り付け、四肢を拘束する金属が擦り切れる金切り音を奏でながらフェイを徐々に苦しめて行く。この大逆転劇に皆は歓声を上げると思いきや、声一つ聞こえなかった。

むしろフェイを心配する様な声が聞こえ始め、全員がシルフの敵である事を錯覚させる。その一瞬の動揺に付け込まれたのかシルフの出した鎖が力を弱めた瞬間、

フェイが脱出した。


フェイ「...ふふふ、はははは!!」


突然の笑い声にシルフは肩を震わせて動揺した。彼の笑い声は醜悪で愚かな物でも見たかの様な嘲笑の声で、自身が強者だと言わんばかりに大きく声を上げている。

それと同時にシルフは彼から放たれる気迫が徐々に変化している事に気付く。先程までの雰囲気と違い、今のフェイには別人のような空気がある。明らかに気迫が違うのだ。


シルフ「...何?」

フェイ「いやぁ~!?やっぱり劣等生は面白いなぁと思ってさぁ!!」


その言葉と共に増す気迫。彼の纏うオーラとかの話では無く、空気自体が歪む様な感覚。シルフは思わず口を押さえた。

歪む視界の先でフェイは何事も無い様にシルフへ大声で声を放つ。


フェイ「でもさぁ、名門魔法学校の生徒としてどうなのよ?この程度で全力とか!俺だったら恥ずかしくて出来ないね!!」

シルフ「な、何を言って...」

フェイ「だからさぁ...俺が直々に教育してやるってんだよ!!!」


彼はそう叫ぶと同時に親指と人差し指の先を密着させて乾いた音を放つ。その瞬間、フェイとシルフの2人を取り囲む様に結界が出来たと思えば、結界内が真っ白に包まれる。

そしてその後最後に聞こえたのは耳を劈く轟音。シルフは何が起きたのか理解出来ないまま、身体中の火傷と衝撃波による傷を負って地に伏した。その伏したシルフの髪をフェイは乱暴に掴んで持ち上げる。


フェイ「よぉ、劣等生?どうだ?感じるだろ。この魔力の量!」

シルフ「だ、だから何を...」


ドガッ!!


フェイはシルフを思い切り地面に叩き付けた。地面が抉れ、土埃が舞い上がる。そして何度も、何度もシルフを叩き付けた。顔の骨が折れる様な鈍い音。その音はシルフの全身に響き渡る。


フェイ「あはは!そうだ、その顔だよ!」


シルフは頭から血を流していた。ボロボロになって倒れるも、彼は直ぐに立ち上がろうと四肢を起こした瞬間だった。急に喉に違和感を覚える。まるで何かで押し潰される様な感覚。

どうやら後頭部を革靴で踏みつけられている様だ。それもかなりの力で息を吸う事さえままならない。絶望的な状況に陥ったシルフをフェイが嘲笑う様に上から眺める。


フェイ「お前が俺に勝とうとするからだよ。自惚れんな。」


フェイがそう言った時。結界が解けた。終わったのだ。シルフは力を振り絞って、皆の方を見た。皆はフェイの圧倒的な力に歓声を上げ、シルフを冷たい目で見ている。

パチパチパチと、拍手がフェイに浴びせられる。生徒の半数以上が彼に拍手をした。それは決して自身への祝福の喝采ではない事を彼は知っている。

その拍手はフェイただ一人に向けられた喝采であり、決してシルフに向けられたものでは無い。その事実を再確認させる様に再びフェイが言葉を紡いだ。


フェイ「劣等生は保健室で休んでろよ。運んでやるからよ、おらぁっ!!」


身体に響く重い打撃。拳よりも鋭い痛みな事を瞬時に理解し、彼は自分が今蹴り飛ばされたのだと事実を確認した。校舎の方に見えるのは楽しそうな皆の姿と見て見ぬふりをする教師。

脳内では彼等をボコボコに出来るのに、今それを実行出来ない自分が何とも憎たらしい。非力、凡人、無力。そんな言葉の数々が身体を伝う。自分の努力は全て無駄だったのか。

彼は失意に暮れながら、来る訳の無い助け舟を待った。すると運命はこう言うボロボロの状況だけに味方をする様で、徐々にカツカツと甲高い足音が鼓膜に振動して来た。

やがてその音は自分の頭のすぐ横で立ち止まる。


アリス「...災難だったわね。」


最悪だ。声の主は学園のマドンナのアリス。よりにもよって助け舟に乗っていたのが彼女で、彼女に自身の醜態を見られるなんて。しかも見下ろされる形で。

身体も精神的にもボロボロのシルフは、もうどうにでもなれと彼女を突き放す様に言葉を放った。


シルフ「大丈夫...です。良いですよ、アリスさん...。別に皆の方行っても。てか行って下さいよ...」

アリス「そんな事言わないの。ほら、肩持てる?」

シルフ「え...?」

アリス「運ぶから。ほら、肩。」


傷塗れの彼の身体に沿う様にして肩を預ける姿勢でしゃがむアリス。此処で肩を使わずに倒れ込んだままでいるのも変だと思い、シルフはその肩に腕を回した。

その感覚を感じ取ったアリスはシルフの身体を支えて立ち始める。彼女が立ちあがるのに身体は反応してシルフも立ち上がった。その身体の状態は酷く、補助無しでは行動出来ない様子。


アリス「今話しかけるのもアレだから、後で話しかけても良い?」

シルフ「あ...はい。」


彼女に運ばれて朦朧とする意識。そんな状況でも足を必死に動かした。

だがしかし、彼の身体は既に限界を迎えてしまっていた様で、アリスの肩から外れる様にして彼は再び地に伏す。


アリス「シルフ!?」

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