第20話 花恋の蛮勇?
花恋が新音に挨拶を返した事で、ファーストペンギンとしての役割は大いに果たしたのだが、残念ながらそれに続く者はいなかった。
皆が顔を見合わせた事による影響で発生したほんのわずかな間を察し、冴佳が口を開く。
「新音様のお席はあちらのようです。」
冴佳が窓際の席に手を指し示すと、その導線に居た生徒達はまるでモーセが海を割ったような勢いで道を開ける。
「ありがとう、冴佳さん。」
新音は、冴佳に感謝の言葉を告げ、自分の席に移動した。
自席に着席したのは良いものの、新音の周囲には一定の空間が形成されており、どの生徒もその様子を伺っていた。
空間が埋まらぬまま時間は流れていき、ホームルームの時間が近づいていた。
「それでは新音様、私はこの辺りで控え室に移動いたします。何かございましたらご連絡下さい。」
「あっ…う、うん。分かったよ。」
そう言って冴佳は教室から退室し、再び気まずい空気が流れるかと思われたが、ホームルームの時間が近いこともあり、それに気づいた生徒達は慌ただしく自席に着席するのであった。
当然、空席だった新音の隣の席にも生徒が近づいており、顔を上げて確認すると、なんと先ほど挨拶を交わした花恋だった。
「あの……、わたくしが隣の席になりましたわ…。…どうかよろしくお願いいたしますわ。」
花恋は、恐る恐る新音に声を掛けるが、冴佳が居なくなって心細くなっていた新音からすると救いの救世主に見えた。
「隣の席は芦屋さんだったんだ!さっきは挨拶を返してくれてありがとう!芦屋さんが居てくれたから独り言にならずに済んだよ。」
新音は、自虐しながらも微笑みを浮かべて花恋を見つめる。
「はっ…!!いえ、大したことはございませんわ!…もしもご無礼がございましたなら、どうかお許しくださいませ。」
花恋はなんとか返答するものの、まるで怯えた様子で子猫のように丸くなっていた。
その様子を見た新音は決心を固め、花恋を含めた全生徒に向けて、大きな声で語りかける。
「男性学を学んでいる皆は、僕と会話することに躊躇すると思う!でも僕は皆と学院生活が送りたくて編入したんだ。だから僕は皆さんと会話することを望んでいます!!」
新音は兼ねてから考えていた事だった為に力強く語ったが、喋り終えたら急に恥ずかしさが勝って顔に赤みを帯びる。
そんな新音の発言に周りはざわめき、本当に良いのかな?や男性学を知っていらっしゃるの!?などと様々な対応を見せていた。
(なんてお方なのかしら!!まさか、まさかですわ!まるでわたくしが普段読む小説の主人公のような……。このお方なら…きっと……大丈夫ですわ。)
花恋は、旧時代※1の小説をこよなく愛しており、その中でも男性が主人公でヒロインと仲良く生活を送る学園ものを好んで読んでいたのだった。
※1 黒澤事件が起きる前の時代を指す。男女比は今と変わらないものの、男女の仲は拗れておらず、当時は男性も社会に馴染んでいた。
新音の発言に対して周囲はまだ困惑していたが、前向きに捉えることができた花恋は、新音に話しかける。
「神和住様のお心、しかと受け取りましたわ!ぜひ、わたくしとお話をして頂けたらと……。」
調子よく新音に話しかけたのは良かったものの、やはり不安が勝り、だんだん尻すぼみに声が小さくなっていく。
「ありがとう!!凄く嬉しいよ!せっかく隣の席だし、いっぱいお話しよう!」
新音はすぐに良い反応を貰えると思っていなかったが、花恋の申し出に心が躍るほど喜んだ。
「え、ええ!!当然ですわ!まだ学院生活には慣れてはおられないご様子ですし、何かございましたらぜひお声かけ下さいな!」
「ほんと!?助かるよ!入学式も途中で退室することになってしまったし、この学院にまだまだ慣れていなかったんだ!」
花恋は新音からの良い反応が返ってきたことで舞い上がり、思わず提案をしてしまう。
「でしたら、真緒さんが適任でしてよ!彼女は去年、学級委員をしておりましたし、幼稚舎からこの学院に通っておりますので一番詳しいのですわ!!」
真緒は、急に名前を出されたことで大きな声を上げてしまう席を立ってしまう。
「えぇぇ!?私ですかっ!?」
「真緒さん!こちらにいらして下さいな!」
まさかの無茶振りに困惑する真緒であったが、もう既に退路を存在せず、ただ前に進むしか残されていなかったのだった。
「あ、あの、ご紹介に預かりました、一ノ瀬真緒(いちのせまお)と言います。幼稚舎から通っておりますので、この学院についての質問であれば恐らく回答出来ると思います……。って、花恋さんだって幼稚舎から通っているじゃないですか!!」
「おほほ。そうですが、わたくしよりこの学院の事について明るいのは確かでしょう?」
「まったく、都合の良い時だけ私を頼るんだから。」
新音をそっちのけで会話始めた二人に思わず笑う。
「ははっ。二人は仲が良いんだね!一ノ瀬さん、僕も頼りにして良いかな?」
会話の流れにのっかり、堂々と世話になる発言をする新音だったが、真緒は断ることはできず、頷くことしかなかったのだった。
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