第44話 持つべきものは親友

 集合場所に到着した途端、葵が俺の方を振り返った。


「……それでは、改めて今日はありがとうございました」


 そう言って、彼女は女子が集まっている方へと歩いていく。その後ろ姿を見ながら、俺は何も言えずに立ち尽くしていた。


 言いたいことがあったのに、結局何も伝えられなかった。


 そんな混乱した気持ちを抱えたまま、俺も男子のクラスメイトが集まっている方へ足を向けた。


「やぁ、太一。遅かったね――デートの方はどうだったんだい?」


 真っ先に声をかけてくれたのは翔吾だった。


「……そんな顔して、もしかして何か失敗でもした?」


「翔吾か……」


 我ながら覇気のない返事だった。


「……これは、思ったよりも重症だね」


 翔吾がそんな俺を見て、眉をひそめた。


「――よし、ちょっとあっちで話そうか」


 翔吾が集合場所から少し離れた、お土産売り場が立ち並ぶ場所を指差す。


「……はぁ? でも集合時間が――」


「多少遅れたって問題ないさ。どうせ遅れてくる人もいるだろうし」


 そう言って、翔吾は俺の腕を引っ張った。

 翔吾の強引さに引きずられるまま、俺は人の少ない場所へと連れて行かれた。



     * * *



「さぁ、ここなら誰にも聞かれないから――」


 翔吾が俺と向き合って立った。


「何があったのか話してみてよ」


「……どこからだよ」


 俺は重い口を開いた。今日のことを全部話すのは、なんだか恥ずかしい。


「好きなところからで構わないよ――さっきも言ったけど、時間は気にしなくていい」


 翔吾の落ち着いた声に背中を押されて、結局俺はポツポツと話し始めた。


 今日訪れた様々な場所と、そこでの出来事のあらまし、そしてカフェでの葵の提案——


 翔吾は口を挟まずに、静かに聞いてくれた。時々頷いたり、眉をひそめたりしながら、俺の話に集中している。


「――そんなわけで」


 俺は話を締めくくった。


「結局、何も言えずに気まずいまま別れちまったってだけだ」


 翔吾はしばらく黙っていた。俺の話を頭の中で整理しているようだった。


「……なんで鷹宮さんはそんなことを」


 翔吾が小さく呟く。


「――いや、それを考えても仕方がないか」


 そして、俺をまっすぐ見つめて言った。


「話はわかったよ、なんとも君らしいというかなんというか」


「……どういう意味だよ」


「後で説明するよ。それより——」


 翔吾が一歩近づく。


「君は結局、どうしたいんだい?」


「それは……」


 どうしたいのか――それは決まってる。


「鷹宮に、覗く気はないからそんなことしなくていいって言いたいさ」


「それは、なぜだい?」


 翔吾がさらに追求してくる。


「なぜって言われてもな……」


 俺は言葉に詰まった。なんとなくモヤっと、自身の中に渦巻いているものを、少しずつ言語化していく。


「……誤解されたままは、嫌じゃねぇか」


「そうだね、太一」


 翔吾が頷く。


「君は鷹宮さんに、小鳥遊さんの裸目当てだなんて思ってほしくないんだよ」


「……そうだ」


 翔吾の言葉が、まさにその通りだった。俺は小さく頷いた。


 葵には、俺のことを勘違いしてほしくない。小鳥遊の裸、いや――小鳥遊に興味や好意を抱いているだなんて思われたくない。


「じゃあ、なんで鷹宮さんにそう思ってほしくないのかな?」


 翔吾がニヒルに笑いながら問いかけた。


「え?」


 俺は戸惑った。


「たしかに、なんでだ?」


 なぜ、葵に誤解されたくないのか。なぜ、とりわけ彼女にだけは、そう思われたくないのか。なぜ——


「この問いに対する答えは、この修学旅行を思い返せば自ずと出てくると思うし……」


 翔吾が俺の肩を軽く叩いた。


「答えが出たら、君はやることをやれると思っているよ」


 そう言って、翔吾は時計を確認した。


「――集合時間5分オーバーだね。そろそろ戻ろうか」


「……ああ、ありがとな翔吾」


 俺は心から感謝した。翔吾がいなかったら、俺は一人で悩み続けていただろう。


 やっぱり、持つべきものは親友だ。



     * * *



 六甲山キャンプ場へ向かうバスの中で、俺は翔吾の質問について考えていた。


 横に座る翔吾は、気を使ってか静かにしていてくれている。


 なぜ、葵に誤解されたくないのか——


 俺はこの修学旅行を思い返してみた。


 京都の旅館で、タオル一枚の葵と出会った時。あの時はたしかに驚いたし、タジタジだった。でも、それだけじゃなかった。


 奈良のコテージで、パジャマ姿の葵とストレッチをした時。密着した感触に動揺したのは事実だが、それ以上に彼女との会話が楽しかった。


 大阪のホテルで、水着姿の葵と風呂に入った時。理性がどうにかなってしまいそうだったけど、一緒に過ごした時間がとても心地よかった。


 そして今日の神戸デート――全てが特別で、楽しくて、幸せだった。


 彼女の笑顔を見ていたい。彼女の声を聞いていたい。彼女と一緒にいると、心が温かくなる。


 これは――


「そうか……俺は、鷹宮のことが――」


 俺は小さく呟いた。


 そうだ、俺は葵を好きになったんだ。いつの間にか、心の底から好きになっていた。


 バスが六甲山キャンプ場に到着した。俺たちは荷物を持って降車し、指定されたテントエリアへ向かった。


「ありがとな、俺――わかったよ」


 自分のテントの前で、俺は翔吾に声をかけた。


「遅すぎるくらいだけど、よかったよ」


 翔吾が苦笑いする。


「それで、どうするのかは決めたの?」


「ああ、とりあえずそのままぶつけてみようと思う」


「ははは、君らしくていいと思うよ――」


 翔吾が俺の肩を叩いた。


「まぁ、骨は拾ってあげるから安心して」


「失敗を前提にすんじゃねぇよ!!」


 俺は思わずツッコんだ。


 でも、心は決まった。


 俺は葵に、本当の気持ちを伝える。ありのままの、自分の気持ちを。

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