第37話 真実に気づくとき

 階段を上って12階に着いた後、部屋までの道のりで誰とも遭遇することはなかった。

 

 運が良いのか、たまたまなのか。


 そして、自身の部屋の前に辿り着くと、カードキーをかざして扉を開ける。

 

 翔吾はいるかな?

 もう朝食に行っているかもしれない。


「翔吾ー、いるかー?」


 俺は部屋の奥に向かいながら声をかけた。


 そして、ベッドの方を見た瞬間――俺の脳みそは一瞬でフリーズした。

 視界に飛び込んできたのは――ベッドの上で絡み合う2つの影。


 2人は信じられないほど近い距離で、互いに押し倒すような体勢になっていた。

 着ているのか怪しくなるほど服は乱れ、素肌があらわになっている。

 そして、俺が現実逃避をする暇もなく――

 

「んっ……」


 ――唇を重ねていた。


 濃厚、という言葉が勝手に脳内に点滅する。俺は条件反射で回れ右をすると、慌てて部屋から飛び出した。


 廊下に出て、大きく息を吐く。心臓がバクバクしている。


 なんだったんだ今のは……部屋を間違えたかな?

 ……いや、待てよ。


 俺は部屋番号を確認した。1207。間違いなく俺の部屋だ。


「オートロックなんだから、間違って入るなんてありえねぇだろ……」


 俺は状況を整理した。つまり、あの半裸族2人は翔吾と……おそらく美島ってことになる。


 もう一度、カードキーをかざして、ロックが解除されたことを確認してから部屋に入った。


「……入るぞ」


 今度はちゃんと服を着た翔吾と美島がベッドに座っていた。2人とも少し慌てたような顔をしている。


「や、やぁ、太一。昨晩は大変だったね」


 翔吾が苦笑いしながら手を振った。


「ほ、ほんとよ! 先生にバレなくてよかったじゃない」


 美島も慌てたように相槌を打つ。


「……なんで美島がここにいんだよ?」


 そんな素朴な疑問を口にした瞬間――俺の脳に電流が走った。

 

 葵から昨日聞いた話。

 美島の裏切り。

 そして、今ここに――翔吾と共にいるということ。


 普段全く使われずに灰色に燻っていた脳細胞が一気に色づく。

 

 葵から話を聞いた時に、少しだけ違和感を覚えたんだ。あの翔吾を溺愛している美島が、翔吾の立てた作戦を台無しにするような裏切りをするだろうか。

 

 ありえない――だとすれば、今回の裏切りは美島の単独ではなく翔吾も含めた共謀だ。


 2人が葵に協力するメリット——それは、俺が葵のところに行くことで、2人きりになれるということ。


 つまり——


「お、お前ら……俺を売ったな!?」


 俺は2人を指差して叫んだ。


「売ったなんて、人聞きの悪い――」


 翔吾が心外だと言わんばかりの仰々しい表情を浮かべながら言葉を続ける。


「ちょっと鷹宮さんと交渉をしただけだよ」


「それを売ったって言うんだよ!!」


「まあまあ、落ち着きなさいよ――佐山」


 美島が手をひらひらと振る。


「結果オーライじゃない? あんたも鷹宮さんと良い感じになったんでしょ?」


「それとこれとは話が別だ!」


「そもそも、僕たちが協力しなかったら、君はまともに覗きをすることすらできなかったんだよ?」

 

「うぐぐ……」


 翔吾の真っ当な指摘がグサリと刺さる。

 騙されていたという事実はあるのに、全く言い返すことができなかった。


「まあまあ、細かいことは置いといて、朝ごはん食べに行こうよ」


 美島がこの話はこれでおしまいと言わんばかりに、立ち上がる。

 ……いや、お前が終わらせるなよ。一応裏切り者なんだからさ


「お腹空いたし、高級ホテルの朝食なんて滅多に食べられないしね」

 

 釈然としない腹持ちのまま、2人に続いて朝食会場へと向かうのだった。



     * * *



 朝食は豪華なビュッフェスタイルだった。


 和食、洋食、中華と何でもそろっていて、どれも美味しそうだ。俺たちは適当に料理を取って、テーブルに座った。


「――それでさぁ」


 美島がフォークを持ちながら俺を見つめる。


「結局、鷹宮さんとはどうなったわけ?」


「なんだよ、いきなり」


「――藍ちゃん、太一は朝まで戻ってこなかったんだよ? 何もなかったわけないじゃないか」


 翔吾がニヤニヤしながら言う。


「だよねぇ? これで何にもしてないなんて、よっぽどのヘタレしかありえないし」


 美島も同調する。


 コイツら……好き放題言いやがって。


「うるせぇな……あの鷹宮だぞ? おいそれと手なんか出さねぇっつうの」


「出せないの間違いでしょ?」


 翔吾がにっこりと微笑む。


「うるせぇ!!」


 俺はパンを噛みちぎった。


「でも、ホントになんにも進展しなかったの?」


 美島がしつこく食い下がる。


「……一応、神戸の自由行動は一緒にすることになった」


 なんとなく恥ずかしさもあって、小声で答えた。


「それってデートってことじゃん!」


 美島が手を叩いて喜ぶ。


「太一にしては、よく頑張ったよ! それだったら早速デートコースを考えないとね」


 翔吾も褒めているのか、貶しているのかよくわからない言葉を投げかけてから、スマホを取り出す。


「神戸は最終日だから、終日自由行動だったよね。どこに行く予定?」


「……まだ何も考えてない」


「よし、じゃあ一緒に考えよう」


 そう言って翔吾は、スマホで神戸の観光地を検索し始める。


「神戸といえば、北野異人館は定番だね」


「元町中華街も有名よね」


「神戸港も綺麗だって聞いたことがある」


「メリケンパークとか、ハーバーランドとか」


 翔吾と美島が次々とスマホの画面を見せてくる。


「太一は神戸、詳しいんだっけ?」


「……まぁ、昔住んでたのも兵庫県だから、それなりにって感じだな」


「だったら佐山のおすすめとか、案内すればいいじゃない」


 美島が提案する。


「……いや、正直女子と2人で行動するような場所とかは、そんなに詳しくねぇんだ」

 

「そうだよね――太一が所謂デートスポットみたいな場所に詳しいとは思えないしね」

 

 ……おい、身も蓋もない言葉だな。いや、まぁ、そのとおりなんだけどさ。


 それから2人がああでもない、こうでもないと議論を始める。


 俺はその様子を見ながら、考えていた。


 たしかに、これまでは翔吾に頼りっぱなしだった。作戦も、情報収集も、全部翔吾任せ。


 でも、今度は違う。

 葵との……その、デートは、俺が自分で考えたい。


「2人ともありがとな――今回のやつは、自分で考えてみるよ」


 翔吾と美島が少し驚いたような顔をした。


「太一……」


「なんか、急に大人になったじゃない」


 美島が感心したように言う。


「たしかに、その方がいいと思う」


 翔吾が優しく微笑んだ。


「自分で考えたデートコースの方が、きっと鷹宮さんにも気持ちが伝わるよ」


 そうだ。今度は俺が考える番だ。

 

 

     * * *


 

 朝食を食べ終えると、俺たちは部屋に戻って荷物をまとめた。

 チェックアウトを済ませて、集合場所のロビーに向かう。


 順番にバスに乗り込んでいく中で、俺は葵と目が合った。


 彼女が軽く頭を下げる。『今日はよろしくお願いします』とでも言いたげな仕草だった。


 俺は手を挙げて応えた。


 バスが発車して、大阪の街並みが後ろに流れていく。


 修学旅行の舞台は、大阪から最終地点である神戸へ移ろいでいくのだった。

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