冬の日の帰り道

あいお明

第1話[完]

 ◆


 真っ暗な夜が来る前の、紫色の時間。

 豆電球まめきゅう1つを頼りに、自転車で山道を行く。


 そんな俺の目の前を、白い粒がフッ……フッ……と横切っていく。



(何だこれ? だなぁ、嫌だなぁ……)



と思ってたら、降りだした雪だった……



 高校からの帰り道。これが俺の日常……というには、その日は寒すぎた――――



 ◇


 12月も半ばの、某市のはずれ。


 くねくね曲がる山道の、右手は急斜面、左手はガードレール。

 アスファルトの舗装ほそうはボロボロ。

 道幅も狭い。自動車クルマ2台がギリギリすれ違えるかどうか。


 ……それでもマシなほう、という県道で独り、自転車をぐ。

 このあたりなら、自動車はめったに来ない。



 ◆


 俺んは、人口4万弱の地方都市にある。

 小高い山々に囲まれた市街地。その端のほうに、新しくできた住宅地の中だ。


 全国的に見れば、ここはあったかいほう……とはいえ、冬は普通に寒い。

 雪だって降る。めったに積もらないだけだ。



 そんな地元から、自転車で片道2時間かけて、市外の県立高校へ通っている。

 学校付近の生徒は歩き、あとはバスか自転車か、という学校だ。


 自動車やバイクは使えない。校則でそう決められてるからだ。

 駐車場増やす余裕、ないからかな? 場所とかお金とか。


 あとうちからだと、残念ながら電車とか、直通する路線バスとかもない。

 だから自転車。ありがとう自転車。

 山越えはキツいけど、延々歩くよりはマシだ。



 ◇


 そんな話はどうでもいいや。

 それより、横からの強風が問題だ。


「うおぉ !? 」


 自転車ごとけそうになって、思わず左足をつく。

 ……ちょっと強すぎる。珍しい。

 しばらく歩くか、自転車押しながら……。



 そしてもう一つ。風に乗って、


「……ホギャア、ホギャア……」


どこからか、赤ん坊らしき泣き声がする。

 人気ひとけのない山の中。なのに、そのどこかから聞こえてくる。


 というか、じわじわ声が近づいてる気がする。



 ……まさか、あそこの廃墟はいきょか?



 ◆


 この先、少し進んだ所に、一軒の廃屋はいおくと、山の中へ入る細道がある。

 廃屋は、木造の平屋だったらしい。半分つぶれてて、元の形が分からない。


 4月、入学式に行く途中で気がついた。行って帰ったその夜、すぐ親父おやじいた。


「あぁ、あそこは戦後開拓の跡地だな」

「戦後開拓……?」

「そうだ。あの辺ちょっと平坦へいたんだろ? だから昔、『開発して農地にしよう!』って話があったんだよ」


 そして30年ほど前、その話は実行に移されたらしい。

 だが失敗して、10年も持たずに全員出ていってしまった。

 その廃墟はいきょ――というか、廃村はいそんというか――が、今も残ってるんだそうだ。



 ◇


 廃屋の前まで来た。

 相変わらず半壊のまま、つたに覆われている木造平屋。

 玄関扉はもうない。窓の雨戸を突き破って、松かなんかのみきが「こんにちは!」している。


……などと思っているうちに、いつの間にか赤ん坊の鳴き声はんでいた。

 風はまだ、強く吹いている。

 雪もちらついている。しばらく止みそうにない。


 それでも廃屋の前を通り過ぎようとした、その瞬間。

 視界の右端あたりで、廃屋の窓から明かりが漏れた。


「えっ……?」


 一瞬のことだった。振り返っても何もない。


……と思って、前へ向き直ったら、また一瞬光る。同じ所で、だ。


「何だ……?」


 冷静に考えれば、早く家に帰るべきだった。おかしいのは分かってたんだからな。


 だがあの時、俺はそうは思わなかった。


「見に行かないと……」


 なぜか強く、そう思ってしまった。

 そして、それを止めてくれる人は、近くにいなかった。



 ◇


 廃屋の玄関前に、自転車を停める。


「すいませーん! 誰かいますかー?」


 廃屋の中に呼びかけた。返事はない。

 当然だ。なのになぜか、納得いかなかった。


「誰かいませんかー !? 」


 もう一度呼びかけた。やはり返事はない。

 サッカー部の声出し、意外と役に立たないんだな……


 とりあえず、玄関前で一礼して。


「お邪魔します!」


 ゆっくり中に入る。

 入ってすぐの地面は、でこぼこしてて硬い。

 土間だ。三和土たたき――和製コンクリートみたいなもの――で、地面を固めてある。

 農家やってる、うちの親戚んもこんな感じだ。


 ただし、こっちはあちこちひび割れていて、隙間すきまから草が生えている。

 というか、奥のほう。三和土が割れるどころか、一部がれている。

 そこだけ、草がボーボボ生えている。



 右を見れば、たたみ敷きの座敷だ。地面から30cmセンチくらい――いや、もっとか?――床が上げてある。

 低いな。うちの親戚ん家の半分くらいか?


 奥のほうが崩れてて、座敷の全体はよくわからない。

 ただ、窓際の畳を一枚押しのけて、松が生えている。窓から顔出してる、あれだ。



 土間にも座敷にも、家具とか日用品なんかは見当たらない。落ち葉とか木の枝とか小石とか、そんなのばかりが落ちている。



 座敷を見ながら、殺風景だな……とか思ってたら、


「ぃやへへ」


 また赤ん坊の声。

 今度は近い。土間の奥のほうから聞こえた。


 思わず振り返る。草ボーボーの、あのあたりだ。



 特に何もな…………いや、何か埋まってる?



 近寄って見てみると、小動物の骨だ。

 全長20cmくらいで、なぜか人の形をした……


「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ ッ゛!!? 」



 ◇


 気がつけば、家の前だった。

 いつどうやって帰ったのか、記憶にない。


 いや、大慌てで自転車漕いだんだろうけど。疲れた……



 家の裏から、甲高かんだかい摩擦音がする。母さんが雨戸を閉めて回ってるようだ。


 ……こっちは雪、降ったんだろうか?


 そう思って下を向いたら、ぐしょぐしょに濡れていた。



 地面じゃない。俺の学生服が、だ。

 いまわったかのように、泥っどろに……


「あらお帰り……」

「へ゛き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!!?」

「ちょっ、何よそれ! どうしたの!?」

「母さん塩、塩持ってきて!!」


 ………

 ……

 …



 ◇


 次の日。

 学校休んで、近場の神社でおはらいしてもらった。



 それ以来、この手の怖いものには出会っていない。

 ありがたいことだ。



 ただ、座敷童子ざしきわらしとかその手の話は、怖くて聞けなくなった――――



――――――――――――――――――――

 以上でしめとなります。

 お読みいただき、ありがとうございました! m(_ _)m



 余談ですが、某ギャグ漫画の主人公の姓名フルネームを見るたびに、筆者はゾッとしています。

 面白いお話なんですけどね……



【追記】応援ありがとうございます!

(2025/11/03)


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