第二章 歩み寄る影 4
緑町探偵事務所に入ると、大きな部屋には従業員2人がパソコンに向かって何かを打ち込んでいる。
その部屋の奥にあるドアの向こうに案内された。
部屋に入ると、大きなホワイトボードが部屋の中央に置かれていて、その相向かいにはガラス製のテーブルが置いてあり、黒革の座り心地が良さそうなソファが置いてあった。
そこに座る様に促され腰を掛けると、水野が隣に座る。
「相川君、初めまして。私は、水野芽依子の父であり、ここ緑町探偵事務所の社長、東です」と、挨拶をされると、また俺の脳裏には???が並ぶ。
水野の父で東?親子なら、水野じゃなければおかしい…
「ふふふ。本当に相川は解りやすいな。パパと名前が違うから戸惑ってるでしょ?」
また、俺の考えが水野に見透かれた様だ。
そんな俺を見て、水野の父親は笑いを堪えながら話を進める。
「私達の名前は別の機会として、今日は時間が無いから簡潔に説明だけさせて貰うよ」と言って、ホワイトボードに数枚の写真を並べる。
見覚えのある顔ばかりだ…
しかも、俺の写真まで用意されていて、一枚ずつ貼られて行く。
俺、水野、佐々木さん、社長、雅子さん、ナベさん、姉、山口さんの計、8枚の写真がホワイトボードに並んでいる。
「これで少しは理解が出来てきたかな?」
俺は、何が何だか解らなくなって来た。
何故、向日葵の職員の写真が並べられる?
その理由は?
「相川、ずっと黙っていたけど」と、水野が何かを言おうとした瞬間、水野の父親が声を出して水野が言おうとした言葉を遮る。
「私が説明しよう。その方が、相川君も混乱しないから」そう言って、俺の目を見て言った。
「私は探偵で、"ある人物"から向日葵の内部を探って欲しいと依頼を受けてね。それが、たまたま学生時代の後輩の経営する会社だったから、娘を無償で良いからと言って、潜入捜査させているんだよ。ただ、1つ問題があって、この依頼主が解らなくてね。前払いと言うので、現金500万はポストに入れられていてね、相手とはメールのみでやり取りしていて。調べればある程度は解るんだけど、別に前払いを貰ってるから面倒くさいし、いちいち調べないけど。あ、監視カメラにも映ってたけど、現金の入った封筒は、見知らぬ子供が入れてたんだよ。依頼主が頼んだのだろう」
真剣な表情で説明を続ける。
この時点で、俺の思考は追い付いて行けていない。
だからって、何で今ここで俺は説明を受けているんだ?潜入捜査なら、逆に言わない方が自然で良いんじゃないか?
「それで、具体的にはまだ話せないんだけど、君に1つお願いがあるんだけど良いかな?あ、勿論、ちゃんと協力してくれたら報酬は支払うよ」
「ねっ!相川、お願い協力して」水野が珍しく真剣な表情をして、俺に頭を下げる。
俺は、即答した。
「解りました。それで、何をすれば良いんですか?そもそも、何の捜査で、誰が対象なのかさえ解りませんが…」
的確な返答をしたなと思った。
水野の父親が、煙草に火を付けてホワイトボード横にある椅子に座る。
俺に、煙草を吸っても良いよと、水野が言う。
ポケットから煙草を取り出すと、1枚の写真を俺に手渡して来た。
「この人、解るよね?職員の渡辺って男だけど、君からの印象は?」
俺は、ナベさんの顔を浮かべながら少し考えて答える。
「俺から見たナベさんは…オタク気質な性格で、人見知り…後は、謎が多い人かな」と、言うと続けて佐々木さんの写真を手渡され、同じ様に印象を聞かれた。
「佐々木さんは、綺麗で優しいんだけど、時折険しい表情を浮かべて、正直言うと何を考えているのか解りやすい様で解りにくいと言うか…」
そう言うと、水野が口を挟んだ。
「パパ、今日2人は恋人同士になったんだよ?私がくっつけたんだ」
自信満々な笑みで水野が言う。
そう言えば、数分前まで3人で夕飯を食べてて、付き合う様になったんだよな…実感が湧かないが、水野の言葉で改めて現実に向き合う。
確かに、付き合う事にはなったけど、ついさっきの事だし、だからと言って何かが変わった訳でもないし…
続けて、社長、雅子さん、山口さんの写真を手渡され、同じ様に印象を答える。
「最後に、うちの娘は君にはどう見える?」
1番難しい質問であり、その返答を本人と、その父親に言うのか…
少し躊躇ったけど、ここは正直に言おうと決めた。
「正直、佐々木さんよりも、ナベさんよりも誰よりも付き合いが短いけど、水野の事は1番解りません。職場での陽キャな性格と、俺と2人の時に見せる顔。一体、どっちが本当の水野なんだか解らないです」
そう言うと、2人とも笑い始めた。
「じゃあ、外見は?」と、俺を揶揄う様に水野の父親が言う。
外見?うーん…と、腕を組みながら天井を見上げながら考える。
「外見は、まぁ良いんじゃないですか?」
正直な感想を言うと、またしても2人は笑い出す。
「ごめん、話が脱線しちゃたけども、君の思う娘の印象なんだけど、本当の娘は私は知っているけど、君は知らない。つまり、我々は、表面上の付き合いだけで、本来の性格や考えを知らないって言う事になるよね?」
俺が頷くと、水野がスマホを見せて来た。
「これが、コンビニで潜入捜査した時、こっちがアパレルの時で…」
画像を見せられるが、どれも同一人物には見えなかった。
その場その場で、水野はしっかりとしたキャラを作っている。
服装、メイクが全部異なっていた。
特に、コンビニの画像は、眼鏡を掛けて陰キャの様に見えたのだ。
「で、これが可愛い本当の私だよ」と、自信満々に見せて来た画像は、まさかのメイド喫茶で働いている水野だった。
「相川君、これで解ったと思うけど、娘はその場に合った服装やメイク、キャラで対応しているんだよ。今回は、デイサービスって言う場所だから、陽キャの設定なんだよね。ちょっと、捜査の内容も重たい内容だから…」そう言うと、真剣な表情に戻り、1枚の写真を手渡された。
その写真は、彩が写っていた。
驚いた俺は、テーブルを叩き「何で彩が?」と問い詰める様に強い口調で言うと、
「こんな事を君に言うのも気が引けるけど、聞く覚悟はあるかい?」と、水野の父親は俺の目をじっと見詰めて言う。
言葉を出さずに、睨む様に目を見ると、「隣の部屋に行ってなさい」と水野を部屋から出る様に促し、話を始めた。
浮き彫りにされて行く真実と、俺の知らない1年前に起きた事件の全貌が明らかになって行く…
俺は、その場で放心状態になり、動けなくなってしまった。
「無理もない、これが私達が捜査している内容とリンクしている真実なんだよ…だから、君は彩さんの為にも、そして過去を断ち切る為にも動かなければいけないんだよ。この、向日葵は本の一角に過ぎない。ただ、ここから探って行くしかない。これが匿名希望の依頼主からの依頼だし、君の人生を左右するであろう事なんだから」
怒りと悲しみが、俺の感情の中に入り混じる。
気が付くと、俺は知らない内に自宅へ帰っていた。
正直、どうやって帰って来たのか、何時に帰って来たのか、何も解らなかった…
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