陰陽師、魔獣使いに転ず

御歳 逢生

はしがき 白狐を従えし者、月下に消ゆ

第一節 星読みの陰陽師


古き大和の世、時は平安の中期。

月白き夜、都にひとりの男ありき。

名を安倍晴明という。


白衣に五芒星の紋をあしらい、ひと目見れば常人ならざる気配を纏うその男は、星を読み、風の声を聞き、式をもって魔を祓う。

人の心の闇を視、地を這う怨嗟の穢れを祓い清める術者にして、帝に仕えし陰陽師の棟梁なり。


その身に宿す力は、人知の域を越えたり。

白き狐を従え、数多の式神を操り、夜の闇を支配する魑魅魍魎と対す。

民は彼を畏れつつも敬い、貴族は彼の助言を求め、帝は彼を重んじた。


ある日、晴明は御所の北にて星を占う。

紫微垣の運行が乱れ、北斗がわずかに傾きぬ。

これは吉兆にあらず。


「近き日に、都に災厄が訪れよう。星がそう語っておる。」


彼の呟きに、側に控える白狐が小さく尾を揺らした。

人語を話すことはないが、晴明にはその仕草ひとつで意を察することができた。


やがて都に鬼が現れ、貴族の屋敷を次々に襲い始める。

黒き瘴気を纏い、血肉を貪るその鬼は、刀も通さず、ただ人の怨念を糧とする異形。


「やはり来たか。星の告げに偽りなし。」


晴明は式盤を取り出し、朱筆で術式を描き、呼び出すは四神のうち、東方の青龍と西方の白虎。


「来たれ、蒼き風の化身よ──青龍! 舞え、白き牙の守護者──白虎!」


術の光が夜空を裂き、霧のごとく現れし二柱の式神が、都の空に結界を張る。

鬼は結界に阻まれ、足を止めた。


「この式は破れぬ。なぜなら──星が、この日を選んでいたのだから。」


晴明の声に呼応するように、白狐が前へと跳び出す。

その毛並みは月光を浴びて輝き、まるで神霊のようであった。


夜が明ける頃、鬼は封じられ、都に静けさが戻った。

だがそれは、嵐の前の静寂にすぎなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る