起こり神
横街 渚
序章①
「霊とは何か」──テレビ番組『神秘ファイル24時』より(2007年・夏)
――ノイズ混じりの映像の中、スタジオの中央に設置されたソファに、白いスーツを着た男がゆったりと腰掛けていた。テレビ東都系列で放送されていた深夜番組『神秘ファイル24時』のワンシーンである。
「いやね、私から言わせてもらえば、普段みなさんが“霊”だの“怪異”だのって恐れているもの――あんなものは、悪霊でもなんでもありませんよ」
話すのは、当時子どもたちの間で“先生”と呼ばれ親しまれていた人物、三ツ谷茂明。年齢不詳、自称・霊能力者。胡散臭さの塊のような風貌と口調ながら、その独自の霊的見解は小中学生の間で絶大な人気を誇り、2000年代半ばに“第三次オカルトブーム”とまで呼ばれる現象を巻き起こした男だ。
司会者がやや笑いを含ませながら相槌を打つ。
「三ツ谷先生、それって……どういうことですか?」
「いいですか? あれらには魂なんて宿っていない。ただの記憶。つまり、残像です。生前の記憶や感情が、音や光、匂いなんかと結びついて、場所や物に焼きついているんですよ。だから本来、あれらは人には無害なんです」
彼はスタジオのカメラに視線を向けて、やや芝居がかった口調で続ける。
「でもね、世の中にはちゃんと“悪霊”と呼ばれるものも、存在します。ただし、それらは語り手を残さない。だから、噂になるようなものは、悪霊とは言えないんですよ」
「悪霊は魂を持つ。そして、それらのほとんどはつくられたものです。人為的に、あるいは、もっと別の何かによって、ね」
司会者が興味深そうに身を乗り出した。
「つくられた……って、誰が、何のために?」
「さあ、それはもう――いろいろですよ」
三ツ谷は怪しい笑みを浮かべ、続けた。
「そもそもね、生きている間は普通の人だった者が、死んだとたんに呪い殺すような力を持つ“悪霊”になると思いますか? ありえませんよ。何の力もなかった人間が、死んだだけで化け物になるわけがない。だから、そういうのは“つくられた”んです。逆に言えば、自然発生する悪霊は非常に稀で、だからこそ危険なんですよ」
場が静まる。
スタジオの空気が少しだけ引き締まったところで、彼は声のトーンを和らげるように言った。
「まあ今日は、その“悪霊”が何によって作られるかって話をしましょう」
おもむろにスタジオの照明が暗くなり、不穏な音楽が流れ始める。なんとも“臭い”演出だ。
「大きく分けてね、パターンは2つです。人か、それ以外か」
「それ以外、ですか……?」
「そう。前者は人間の呪詛や強い念です。でもこれは、呪術が広くはやった時代に多かった。今ではほとんど見かけません。だから私が注目しているのは後者。つまり――人間ではない“何か”です」
彼は、はっきりとした声で言った。
「私は、その“何か”を《起こり神》と呼んでいます」
画面がフェードアウトし、次のVTRへと切り替わる。
残されたのは、「起こり神」の文字が浮かぶタイトルロゴと、三ツ谷の不敵な笑みだけだった――。
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