異世界タワーディフェンス ~追放された俺の【配置魔法】が神スキルだったので、モンスター娘を指揮してハーレム要塞を築く~

しだれ桜

序章:不遇のスキルと追放

「次に、トーマ・フォン・アークライト・ヴァレンシュタイン!」


 神官の厳かな声が、神殿の大理石に反響する。

 名を呼ばれた俺は背筋を伸ばし、誇りを胸に、ゆっくりと祭壇へと歩みを進めた。ヴァレンシュタイン公爵家の一員として、この晴れの舞台に立つ。その栄光が、俺の心を高揚させていた。


 俺は、王国最強と謳われるヴァレンシュタイン公爵家の三男だ。

 我が一族は代々、強力無比な攻撃スキルを授かり、その力で王国を守護してきた。

 長兄の【爆炎槍】。次兄の【氷絶剣】。強力なスキルを持つ二人は俺にとって尊敬すべき目標であり、いつか必ず超えるべき壁でもある。

 そして17歳になった今日。この「成人の儀」で神託が下り、俺もまたヴァレンシュタインの名にふさわしい力を授かる。一族の栄光を、この俺がさらに輝かしいものにするのだ。


 俺は逸る心を抑え、祭壇の中央に描かれた魔法陣の上に立った。

 さあ、神よ。この俺に、ヴァレンシュタインの血にふさわしい……いや、兄たちの力すら凌駕する、至高の権能を与えてみせろ。

 どんな偉大な力であろうと、この俺が完璧に使いこなして一族の栄光を大陸中に轟かせてやる。

 足元の魔法陣がまばゆい光を放つ。脳内に直接、神の声とやらが響き渡る。



『汝に授けるは――【配置魔法】なり』



 ……はいち、まほう?

 俺の思考が一瞬、停止する。

 うそ、だろ。

 爆炎でも、氷絶でもない。光でも、闇でさえない。あまりにも、戦いとはかけ離れた地味すぎる響き。

 俺が愕然としている間に、魔法陣の輝きは収束し、儀式は終わった。


「トーマ様、おめでとうございます。して、授かったスキルは?」

 神官が期待に満ちた目で問いかけてくる。

 俺は、まだ信じられない気持ちのまま、かろうじて言葉を紡いだ。


「……配置魔法、だ」

「はいち? ほう、それはどのような……」

 神官がその効果を尋ねようとした、その時だった。

 儀式を見守っていた宮廷魔術師の男が、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。幼少期からなぜか俺を一方的にライバル視しており、何かと突っかかってくる面倒なやつだ。


「これは傑作ですねぇ。配置魔法――。それは、古の文献にのみ記されている、由緒正しき、最高峰の……ですよぉ」


 その言葉に、会場にどよめきが走る。宮廷魔術師の男は心の底から楽しそうに続けた。

 「効果は、ただ一つ! 魔力によって『停止』した魔物を、ほんの少し『移動』させる! それだけでぇす!」


 会場のざわつきが激しくなる。しばらくして、それらはいつしか嘲笑の渦に変わっていた。集まった人々が俺をみて嗤っている。

 だが……。それも仕方のないことだ。

 配置魔法はその名のとおり、魔物をただ配置するというスキルで、しかも相手は停止した状態でなければならない。

 動いている魔物には何の効果もなく、そもそも戦場で魔物が都合よく停止している状況などほぼありえないので、使い道などまるでない。まさにこれ以上ないほどのゴミスキルだった。


 「恥さらしめ……」

 「ははっ。ヴァレンシュタイン家の血も、地に落ちたものだ」

 嘲笑が、槍のように俺のプライドを貫く。

 顔が熱くなり、指先が冷えていく。

 父であるヴァレンシュタイン公爵の顔が、怒りで赤黒く染まっていくのが遠目にも分かった。

 ああ、これは、ダメだ。

 俺は一族の期待に応えるどころか、その歴史に取り返しのつかない汚点を残してしまったのだ。

 俺は顔から血の気が引いていくのを感じ、その場で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。




 その日の夜。

 父の執務室に足を踏み入れた瞬間、俺は空気が氷のように張り詰めているのを感じた。重厚なマホガニーの机、壁を埋め尽くす革張りの書物、そして暖炉で静かにはぜる炎の音。今となっては、そのどれもが幻のように思えてくる。

 窓際に立つ父は、ただの影にしか見えなかった。


 その影から放たれた言葉が、重苦しい静寂を切り裂く。


「トーマ。貴様を、ヴァレンシュタイン家から追放する」


 覚悟は、していた。

 頭のどこかでは、こうなるだろうと分かっていた。

 だが、実の父親の口から直接突き付けられた断罪の言葉は、俺の中でかろうじて形を保っていた何かを、木っ端微塵に打ち砕いた。


 父は感情の欠片も見せないまま、宣告を続けた。

「貴様をアビスガード島へ送る。二度と、我が家の敷居を跨ぐことは許さん」


「……っ!?」


 アビスガード島。

 その名が鼓膜を揺らした瞬間、激しい悪寒が背筋を駆け上がった。

 なぜ、よりにもよってあの島なんだ。


『人ならざる者の流刑地』と呼ばれる、絶海の監獄島。

 通常、アビスガード島に送られるのは魔人――正確には瘴血族しょうけつぞくと呼ばれる魔物と人間の混血種――のみだ。人間が送られた記録など、聞いたことがない。


 追放の地に、わざわざそんな場所を選ぶとは。

 ……そうか。父にとって俺はもう、人間ですらないのか。


「お待ちください、父上!」

「それは、あまりにも……!」


 沈黙を破ったのは、同席していた二人の兄だった。椅子を蹴立てるように立ち上がった彼らが、慌てて父を止めようとする。

 だが――。


「黙れ!」


 父の一喝が、部屋そのものを震わせた。

 兄たちに一瞥もくれず、その氷のような瞳は、ただ俺だけを射抜いている。


「この出来損ないはヴァレンシュタインの血に泥を塗ったのだ。魔物の餌にでもなるのが、奴にできる唯一の償いだ」


 俺は、唇を噛み締めたまま一切の反論をしなかった。

 できなかった。

 兄たちの視線が痛かったからだ。怒りでも、侮蔑でもない。ただ、どうしようもなく憐れなものを見る、同情の眼差し。

 その憐れみが、父の怒声よりも、よほど深く俺のプライドを抉った。

 やめてくれ。そんな目で、俺を見るな。

 お前たちのその視線が、俺を「救いようのない哀れな弟」だと断定しているじゃないか。


 これまで誇りとしていたヴァレンシュタインの血が、俺を拒絶している。

 家族が、俺の存在を否定している。

 その事実が冷たい楔となって胸に打ち込まれ、俺の心は、もう何も感じなくなっていた。

 ただ空っぽの虚無が、そこにあるだけだった。





 自室に戻り、俺はただ無心に旅支度を始めていた。

 最低限の荷物を鞄に詰めていく。アビスガード島は『魔界に最も近い島』とも呼ばれ、凶悪な原生モンスターが棲みついているという。まともな戦闘スキルを持たない俺では長くはもたないだろう。


 コン、コン。

 控えめなノックの音が、部屋の静寂を破った。


「……トーマ様」


 許可を待たずに入ってきたのは、俺の専属メイドであるニーナ・キルシュだった。

 艶のある黒髪を一筋の乱れもなく背中まで伸ばした、いつもと変わらぬ完璧な佇まい。幼い頃から、彼女はずっとこうして俺の傍にいた。どんな時も俺が求めるより先に動き、すべてを完璧にこなす、頼りになるメイドだ。


 さらりとした前髪の下からのぞく菫色の瞳が、まっすぐに俺を見つめている。その瞳だけが、普段の彼女にはない強い光を宿しているように見えた。


「……どうした。何か用か?」

 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。


「いえ……。その、お手伝いを、と」

 ニーナは俺が乱雑に詰め込んでいた荷物を黙って見つめると、小さな声で、しかしはっきりと言った。

「トーマ様の【配置魔法】は、きっと素晴らしい力です。ただ誰も、その本当の価値に気づいていないだけです」


「……慰めはよせ」

 今さら、そんな言葉に何の意味がある。


「慰めでは、ありません」

 ニーナは、きっぱりと首を振った。その瞳の光がさらに強まる。

「私はトーマ様の知性を、その優しさを、誰よりも存じております。その貴方様が授かった力です。無価値なはずがありません」


 その言葉には、一片の疑いも、同情の色もなかった。

 まるで、それが世界の真実であるとでも言うような絶対的な確信。

 俺が言葉を失っている間に、彼女は黙々と俺の荷造りを手伝い始めた。


 その手際の良さは相変わらずだった。俺が投げ込んだだけの服を一度すべて取り出し、美しく畳み直して詰めていく。その合間に「きっとお役に立ちますから」と、彼女がどこからか用意してきたのだろう、栄養価の高い保存食や、頑丈なロープ、発火用の火打ち石などを隙間なく配置していく。


 どこまでも気の利くやつだ。

 俺は、その無駄のない動きを、ただぼんやりと眺めていた。

 家名も、家族も、未来も、すべてを失った。

 だが結局のところ、俺にとってはヴァレンシュタインという名よりももっと大切なものがあったのかもしれないな。今ごろ気づいても手遅れだったが。





 翌日。俺は、一隻の古びた船に乗せられた。

 誰一人として見送りに来る者はいない。


 船に乗る直前、見慣れた嫌な顔と目があった。神殿で俺の外れスキルを嬉しそうに解説していた宮廷魔術師の男だ。

 奴は心の底から楽しそうな、歪んだ笑みを浮かべて俺の前に立ちふさがった。


「これはこれは、トーマ様。旅立ちの前に、公爵家からのささやかな『贈り物』を授けに参りましたよぉ」

 奴はそう言うと、有無を言わさず俺の左腕を掴んだ。


「――『追放者の呪印』。アビスガード島から一歩でも外に出ようとすれば、貴方を灰になるまで焼き尽くす、素晴らしい魔術です。逃げようと思っても無駄。せいぜい、魔物の餌になるまで大人しくしているのですねぇ!」


 嘲笑と同時に奴の手が魔力で輝き、俺の手の甲に焼印を押したかのような激痛が走る。見ると、そこには砕けた鎖のような不気味な紋様が薄く浮かび上がっていた。

 二度と、故郷には戻れない。その絶対的な事実が、痛みと共に俺の左手に刻み込まれた。



 船が岸を離れ、遠ざかっていく王都を眺めながら、俺はただ虚空を見つめていた。

 粗末な食事だけを与えられながら船に揺られること、数日。

 ようやく、船は紫色の瘴気が立ち込めるアビスガード島へと到着した。


「おら、さっさと降りろ! この出来損ないが!」

 

 兵士に乱暴に蹴り飛ばされ、俺はたった一人、アビスガード島に取り残される。

 船が遠ざかっていく。

 死が、すぐそこまで迫っているのを感じる。


 (……くそ。こんなところで、死んでたまるか)


 心の奥底で、ヴァレンシュタインとしての誇りの残滓が――いや、出来損ないと蔑まれた俺自身の意地が叫んでいた。

 魔物の餌食となり、惨めに死ぬ。それが、ヴァレンシュタイン家が俺に与えた結末だというのなら。俺はその運命に、徹底的に抗ってやる。

 俺を捨てた父の筋書き通りに終わってやるものか。俺は震える手で地面を掴み、かろうじて身を起こした。


 ふらつく足取りで、できるだけ安全そうな場所を求めて歩いていると。

 島の周囲から、濃密な紫色の瘴気が激しい勢いで噴き出してきた。

 瘴気は瞬く間に俺のいる森全体も覆い尽くしていく。


 ガサガサガサッ!

 その瘴気に呼応するかのように、霧の向こうから無数の卑しい影が現れた。

 ゴブリンだ。一体や二体ではない。ざっと見て三十は超える大群が、涎を垂らしながらこちらへと向かってくる。

 生粋の魔物である奴らは、島の瘴気など意にも介さずに蠢いていた。


 「……っ!」


 俺は咄嗟に踵を返し、無我夢中で走り出した。

 さすがに数が多すぎる。おまけに、俺のスキルは何の役にも立たない【配置魔法】だ。

 今は逃げるしかない。

 木々の間を抜けて、茨に肌を裂かれながら、ただひたすらに。奥へ、奥へと。



 どれくらい走っただろうか。

 不意に、視界が開けた。森を抜けた先、そこは苔むした石畳が広がる円形の広場だった。

 中央には古代のものらしき祭壇が鎮座している。あの巨大な石の塊の陰に身を潜めれば、少しは時間稼ぎができるかもしれない。

 そう判断し、最後の力を振り絞って駆け込もうとした次の瞬間。

 濃密な瘴気が、ついに俺の身体を蝕んだ。


 「ぐっ……! 身体が……動か、ない……!」


 足がもつれ、俺はその場に膝をつく。

 金縛り。手足の感覚が麻痺し、思考までもが、ぬかるみに沈んでいくように鈍くなっていく。

 背後からは、ゴブリンたちの下卑た笑い声と足音が着実に迫ってくる。


 抵抗もできず、ただ死を待つしかないのか――。

 俺がすべてを諦めかけた、その時だった。


 霞む視界の片隅で、俺以外にも「停止」している存在を捉えた。

 古びた祭壇の向こう側。三人の少女たちが身を寄せ合うように蹲っている。


 一人は、両手に岩の篭手ガントレットを浮かべていた。

 一人は、頭に黒い二本の角を生やしていた。

 一人は、大きな獣の耳と、ふさふさの巨大な尻尾を持っていた。



――魔人の少女。

 この島が『人ならざる者の流刑地』と呼ばれる所以だ。彼女たちもまた、俺と同じくこの島へ送られた罪人なのだろう。

 濃密な瘴気は、生物の動きを鈍らせる。まともな戦闘スキルを持たない俺が金縛りになるのは当然だとしても、強靭な肉体を持つはずの魔人までもが動けなくなるとは。よほど、この森の中心の瘴気は濃いらしい。


 ゴブリンたちの下卑た笑い声が、さらに近づいてくる。

 俺もあの少女たちも、ここで魔物の餌食になる。

 父が、そして俺を嘲笑った者たちが望んだ通りの、惨めで無価値な最期を迎えるのだ。


 くそっ。配置魔法なんて外れスキルをもらったばかりに……。


 いや、待てよ。

 俺は瘴気によって完全に動きを止められた、三人の魔人の少女たちを見つめる。


 彼女たちは、紛れもなく「停止」している。

 そして、その身に魔物の血を引く「魔人」だ。


 もし、この外れスキルが、この状況で彼女たちに通用するとしたら?

 迷っている暇はない。このまま何もせずに食われるのを待つくらいなら、最後に意地を見せてやる。


(動け……ッ!)


 俺は、意識のすべてを左手の甲に刻まれた呪印に集中させる。スキルを発動させるイメージを、ただひたすらに。

 左手が、灼けるように熱くなる。


『――適合者の魂を確認。島の防衛システムに、管理者権限を移行する』



 突如、脳内に気だるげな声が響き渡った。

 なんだ? いったい何が起きて――。

 俺が混乱するよりも早く、世界が変容を始めた。



 地面には半透明の青と赤のマス目のような光が浮かび上がり、視界の右上には【コスト:10】という数字が浮かび上がった。視界の左下には、先程の三人の魔人の少女たちの顔が描かれたカードのようなものが並んでいる。


 カードには顔の他に、それぞれ


【クラス:ウォリアー コスト:8】

【クラス:ガーディアン コスト:13】

【クラス:メイジ コスト:21】


 と表記されていた。


 なんのことかわからない。わからない、はずだが……。


 不思議なことに、この光景には見覚えがあった。俺にとって初めて見るはずなのに、心の奥底で、懐かしいと叫ぶ何かがいる。


 次の瞬間、頭の中にとある記憶が流れ込んできた。それは、俺であって、俺ではない誰かの記憶だった。



――薄暗いオフィス。鳴り響くキーボードの打鍵音。クライアントへの謝罪。終わらない残業。エナジードリンクの味。


 そして、パソコンにかじりつくようにしてプレイする


 三日三晩、不眠不休で挑んだ最終ステージ。試行錯誤の果てに、ようやく倒したラスボス。ディスプレイの中央に表示される、

『CLEAR!』

 の文字。


 歓喜と同時に、心臓を握り潰されたような激痛。薄れていく意識――。




 そうだ。俺は、死んだのだ。

 仕事の疲れも忘れて、タワーディフェンスゲームにのめり込みすぎ、クリアと同時に過労死した、しがないシステムエンジニア。


 その男の名は――佐伯さえき斗真とうま




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