第二十四話


 団長という人物に会わないまま、春狼は三日ほど奥の部屋で寝ていた。団長が外に出ているため、紹介が後回しとなったのだ。


 毒が効きづらい体質の春狼は、薬も効きにくい。痛み止めは役に立たず、昼夜問わずうなされながらも、春狼は少しずつ回復をしていった。


 頭に巻かれた包帯の下の傷は塞がり、饅頭のように膨れていた頬は二日で腫れが引いた。手の火傷は水ぶくれのあとが残ったものの、あと数日で治るだろう。背中は赤く腫れたままだが、背骨に異常はなく、体を起き上がらせることができるようになっていた。


「春狼、今いいか?」

「ああ」


 部屋に入ってきた仁是とは、三日間の段階でだいぶ打ちとけた。仁是は初日のうちは赤い顔が戻らなかったが、春狼はほとんど男ばかりの生活をしてきたため、玉や陽女よりも気安く接することができる相手だった。


 治療以外の春狼の世話は、ほぼ仁是が請け負っている。それが拾った者の宿命なんだとぼやく仁是は、初めほど億劫な態度ではなかった。


「団長が戻ったんだ。今から会えるか?」

「分かった。行くよ」


 壁の染みを数えるのにも飽きていた春狼は、仁是の台詞に起きあがる。一瞬背中に痛みが走るが、立ちあがってしまえば気にはならない。


「え、起きあがれんのか? 大丈夫か?」

「大丈夫だ」


 久しぶりに立ちあがったこともあって、足の接地面に違和を感じる。ひどくふらつきはせず、仁是の手を借りることなく、扉の方へ進んだ。


 仁是のあとについて、屋敷の奥へと向かう。寂びれた回廊を渡った先には、大き

な建物が建っており、それは本来武道場のようだった。


 最初に屋敷へ来たときに見た空間よりも広い場所だ。そこに三十人近くの男女が集まっていた。春狼がやってきたのを察すると、集団の波が両脇に逸れていく。中央にできた道の奥、唯一存在する大きな椅子に、その男は座っていた。


「おまえが拾われたっていう餓鬼か?」


 春狼の体が二つあっても足りない、大きな体躯。剥きだしの腕は春狼の腰より太く、がっしりとした肉体は鋼鉄の鎧を連想させた。鮮やかな青色の髪は燈国では珍しく、同様に稀である色黒の肌が、強面の印象を一段と人に植えつける。傍らには春狼と同じ背丈の巨大な剣が、これ見よがしに二本立てかけられていた。


 大男は傷だらけの顔で春狼をねめつける。獲物を見つけた獣のように、厳つい眼光が絡みつく。


「帝都の外れに転がされてたってぇ? 金持ちの道楽に付き合わされて、趣味じゃねぇと捨てられたか? 顔はいいから、よそでも高く売れるなぁ、こりゃあ」


 大男は右に妙齢の美女を侍らせ、左には知性を感じさせる細身の男を立たせている。


 部屋中にいる団員たちが春狼の動向を観察し、無駄な動きの一切を許さない。


 親しく接していた仁是や玉たちでさえ、助けに入る様子はなく、静観を決めこんでいる。短い間で彼らの性格を知った春狼は、大男の下品な態度を仁是たちの総意ではないと分かっていた。だからこそ、異質な大男の存在がなおさら際立つ。


「黙ってねえでなんか言ってみろ、餓鬼ぃ!」


 壊れかけの屋敷がギシギシと音を立てて軋む。迫力のある大声に、団員たちは怯んだ様子を見せない。


 怒鳴り声に反して、春狼はつとめて冷静だった。周囲の視線も、菫花部で散々陰口を叩かれたときの嫌な目と比べれば、耐えられないものではない。


 春狼は真っ直ぐに伸びた背筋を見せつけるように、大男の目の前に堂々とたたずんでみせた。


「じゃあ、言わせてもらうけど、――あんた誰だ?」


 平静さを保った上で、春狼ははっきりとそう言った。


「ああん? 口の利き方には気をつけろよ。俺は――」

「団長は、あんたじゃないだろ?」


 息を呑んだのは果たして誰だったか。


 先程の静観が嘘のように周囲がざわりと騒ぎ立つ。誰かが沸き立つ感情を煽るようにぴぃーと指笛を吹いた。


 そのざわめきも、大男が手を挙げたことで一瞬にして静かになる。大男は厳つい顔を撫であげて、春狼を見つめたあと、ふっと不敵に笑った。


「玉、あなたが教えたの?」


 大男は話し方をがらりと変え、姿に似合わない女言葉を口にする。玉はその変化に驚きはせず、当然として受け止めて首を横に振った。


「いいえ、私は何も」

「じゃあ、陽女?」

「僕が話すわけないじゃん!」

「そうよねぇ。あなたたちが団長の不利になることするわけないし」


 あっさりと自身の正体が団長でないことを認めると、大男は椅子から立ちあがり、その大きな手で春狼の肩を軽く叩いた。


「さっきは失礼したわね。――改めて、あたしは青よ。青ねえさんとでも呼んでちょうだい」


 青は顔の勇ましさに反した、柔らかな笑みを浮かべている。いつの間にかそばに寄ってきた仁是がこそりと耳打ちしてきた。


「青姐さんはうちの副団長だよ。めちゃくちゃ強いから、怒らせないようにな」

「あんたが怒らせるようなことするからでしょうが!」


 仁是の頭に鋭い速さで拳骨が打ち込まれる。


「つぅ~!」


 あまりの激痛に頭を押さえてうずくまる仁是を放り、青は優雅さをかもした愛想のいい顔を作った。


「話がこじれたわね。それにしてもよく分かったわねぇ。あたしは見た目がこうだから、よく団長に間違われるんだけど」

「目利きは得意なんだ」


 青は頬に手を当てる女性らしい仕草をする。視覚の暴力を感じながらも、春狼は気を取り直すために唾を飲みこんでから答えた。


「あんたも十分強いと思う。俺なんて、あんたが腕を振りかぶっただけで死ぬだろうな。――けど、あんたの右隣にいた女の人の方が、俺はもっと怖い」


 春狼の視線は、青が右隣に侍らせていた女に向く。


 このような廃屋にいなければ、美しい外見から淑女に見えただろう。左右不揃いに整えられた黒髪、切れ長の睫毛の下には毅然とした金の瞳がある。春狼より少し高い背で、細長い剣を腰に差し、背筋はしなやかに伸びている。


 女は愉快だというように口元を上げた。青の前に出てくると、腕を組んで仁是を見る。


「ふふ。面白い拾い物をしたじゃないか、仁是」

「団長~!」


 仁是が呼ぶ「団長」は、まさに春狼が指摘した通りの女性だった。


「初めまして、春狼。私が義賊団『燈心草』の頭、沙藺さいだ」


 青のような外見に威圧感があるわけではない。近寄りがたい雰囲気を持つものの、青を「団長」と称した方が頷ける。何しろ、第一印象の迫力が違う。


 しかし、沙藺の力のこもった爛々と輝く金の瞳は、強者以外の何物でもなく、容易に隠せるものではない。春狼を見定めるように細められた瞳から、春狼は彼女が頭領の立場の者と悟ったのだ。


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