東屋の花

Algernon

繁花

高知の山あい、小さな谷間に埋もれるようにしてある集落に、僕は生まれ育った。

人口はたった百人ほど。

郵便は2日に1度、バスは1日3本。

けれど、その不便さの分だけ、季節の匂いや風の音がよくわかる場所だった。

僕の家から5分も歩けば、小さな公園があった。

春になるといろんな花が咲き繁る公園で、滑り台と、色褪せたブランコと、ぼろぼろの鉄棒と、そして隅にぽつんと立つ東屋があった。
そこには、いつも3、4人のおじいちゃんたちが集まっていた。

近所の子たちは「なんか臭い」「変な話ばっかするし」といって近づこうともしなかったけれど、僕は違った。幼い頃から、僕にとってその東屋は“遊び場”であり、“秘密基地”であり、そして“学校”だった。

「来たか、小僧!」

東屋に近づくと、決まって一番声の大きいマサオじいちゃんが、嬉しそうに迎えてくれた。
将棋が好きで、たばこ臭い息で笑いながら、いつも「銀のうごかし方、また忘れちゅうろ?」とからかってきた。

静かで優しいトミじいちゃんは、竹細工の名人で、僕に笛や弓矢を作ってくれた。「竹は、刃物より育ちが早い」とよく言っていた。何の意味かわからなかったけど、その言葉は不思議と頭に残った。

頑固なナカじいちゃんは戦争帰りの人で、よく「おまえらは幸せじゃ」とつぶやきながら、遠くの山をじっと見つめていた。

そしてもう一人、ヒロじいちゃんはいつもおやつをくれた。
「今日はスイカあるぞ」「柿とってきたで」
ヒロじいちゃんのポケットは、四次元ポケットみたいだった。

僕はいつも、彼らの話に耳を傾け、駒を動かし、手作りのおもちゃで遊んだ。雨の日は東屋の屋根の下で雨音を聞きながら、濡れた将棋盤を囲んだ。時々、昼寝してるじいちゃんたちの膝枕で眠ってしまったこともあった。

彼らの話はどれもおとぎ話みたいだった。


山で熊に出くわした話。

戦後すぐの闇市の話。

若いころ恋した女性の話。

全部、今の僕には縁遠いものばかりだったけど、その一言一言に時間の重みがあった。


つづく

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