後悔

「おはよう、イゼルマ。今日は良い知らせがあるわ」


 柔らかな光が窓から差し込む朝。ドレッサーの前でイゼルマが唇に紅を塗っていると、愉悦に満ちた笑みを浮かべたリリアが、コツコツとハイヒールを鳴らしながら近づいてきた。


「なんの用?」


 分かりやすく不機嫌な声で返答するイゼルマ。民や貴族からは無能聖女だと呼ばれ、挙句の果てには婚約者からも無視される。機嫌が良いわけがなかった。


「邪魔者のレージュちゃんが、いなくなるわよ」


 レージュという言葉が耳に入るとイゼルマのしかめっ面が、少女らしい可愛げな笑顔に変わった。


「え、いつ? どうやって消したの?」


 嬉しい。やっと願いが叶った。

 やっと、今まで私から幸せを奪ってきた邪魔者がいなくなるのだ。


 イゼルマが「無能聖女」「偽聖女」と人々から罵られる中で、テレーズ王国でポーションショッブを開いているというレージュの評判はうなぎ登りであった。


 昔から私が頑張ってなにかを手に入れるたびに、意地の悪い義姉が全部奪ってしまうの。両親からの期待から名声まで。


 これだけ私を苦しめてきたくせに、追放されたときは被害者ヅラして泣きやがって。本当にイライラする。


「私の知り合いにレージュちゃんを二度と帰れない場所に連れて行ってもらうことにしたの」


「じゃあ、もうレージュは二度と私の前に現れないのね?」


「もちろん」


 イゼルマはリリアの元へ駆け寄った。


「契約通りこれかは私に聖女としての名声をくれるのよね?」


「もちろん、イゼルマという名前を歴代最高の聖女として歴史に刻みつけてあげる」


「分かったわ。だったら、これから私が聖女として活躍できるように、しっかりサポートしてちょうだいね?」


「残念だけど貴方じゃ無理よ」


「は……?」


 唐突にリリアから放たれた言葉に動揺を隠せないイゼルマ。今までの笑顔が消え失せる。


「まぁ、イゼルマ。貴方って本当に救いようがないわね。今まで散々貴方は『私はいつも不幸でレージュが幸せになる』だなんて言っているけど、本当にレージュが幸せだと思うの?」


「なにを言っているのよ。レージュは私からなにもかも奪う害虫でしょ?」


「違うわね。貴方は自分の努力が報われないのを、他人のせいにしたいだけ。本当に哀れなことねぇ」


 本能的に身の危険を感じたイゼルマが逃げようとしたが、手遅れであった。

 リリアはぐいっとイゼルマのあごを引き寄せ、薄笑いを浮かべる。


「安心してちょうだい。これからは私が上手くやってあげる」


「いや……やめて……」


「約束通り対価はいただくわね」


「いやあぁぁぁ!」



 ――どうして私の人生はなにもかも上手くいかないのであろう?



 意識が飛ぶ寸前、イゼルマは昔の記憶を思い出した。両親から相手にもされず、一人で読書や手芸をしていたイゼルマの元に、しょっちゅうレージュは話しかけてきた。「なにを読んでいるの?」とか「わぁ、イゼルマは手先が器用なのね」だとか。


 いつも屈託なく笑って、お姉ちゃんぽいことばかり言ってくるの。こっちの気も知らないで、馴れ馴れしくね。


 もし、あの時――私のことを気にかけてくれていたレージュを無視しなかったら……ちゃんと姉妹として接していれば、もっと違う未来があったのかな?


 もう分からないや。手遅れだもの。


「あはは、やっぱり人間は遊びがいがあるわねぇ」


 最後に響いたのはリリアの高笑い。


 すべて、おしまい。



***



 アレンは今日も一人で庭先のバラを眺めていた。


 物思いにふけているような表情でアレンが、ずっと花ばかり眺めているので、心配をした侍女が「紅茶でもご用意いたしましょうか?」と話しかけたが、アレンは「要らん」と拒否した。


 かつてレージュのために植えたバラだ。


 彼女を追放してから、もはや存在する意味を失った可憐な花だが、どうしても庭園から排除することができなかった。


 目を閉じればレージュの顔ばかり思い浮かぶ。


 聖女としてどれだけ辛い日々を送っていても常に笑顔を絶やさず、全ての人々に慈悲と救いの手を差し伸べる。


 そうだ、思い出した。


 僕はレージュのどこまでも優しい性格に惹かれて好きになったのだ。


 どうして忘れていたのだろう?


 イゼルマと出会った日からレージュへの感情が、すっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。


 彼女に謝罪せねば。

 許してもらう必要などない。

 せめて、今まで重ねてきた罪を、懺悔して、後悔してきた感情を全て伝えなければならない。


 誘拐だなんて卑怯な手口はもうやめよう。アンデッドに襲われて彼女もきっと恐ろしい思いをしたに違いない。


 アレンが使用人に紙とインクを用意させようとすると、コンコンとドアのノック音が響く。


「殿下、至急ご報告したいことが……」


「どうした?」


「先代の聖女様が……」


 使用人から告られた報告を聞いたアレンは舌打ちをしてから、まるで苦いものでも食べたかのように顔を歪ませた。

 

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