コールド・スリープ

斗南億人

第1話 雪解

「何年が経っただろう。何回めの冬だ、季節は何回巡ったのか。」

 わたしは古びたビルの上から街を見下ろしてそう呟いた。さっきまで凍っていた身が言うのもなんだが、体の震えが止まらない。戦前用意されていた冬用の衣服はどうやら先着順だったようで碌なのが残っていなかった。西暦換算だと今年は2753年らしい。わたしの暮らしていた時代は遠い過去となってしまったようだ。きっと、この時代に歴史の授業があるのなら、わたしたちの時代は“愚か者たちの時代”と教えられるのだろうか。皆が自己を優先し、お為ごかしでしか他人と関われない哀れな生き物に人類が成り下がってしまった時代。そこから人は何を学ぶのだろうか、今まで過去から何も学ばなかった者たちは。

ところで、わたしは雪は嫌いだ。雪というものには主体性がない。色も行末も全てを何かに委ねている、自分の意思がない。まるで、わたしだ。同属嫌悪というやつだ。ここまでつらつらと考えてみたが、わたしが出した結論、それは


「考えても仕方がないか」


踵を返して、わたしはビルの中に戻った。


時を遡る。西暦2470年、人類はついに核戦争を始めた。核の光はこの星を包み込み、人類の99%は死滅した。それでは、なぜわたしは生きているのか。答えは簡単、コールド・スリープをしていたからだ。25世紀中頃に確立された解凍す技術によってコールド・スリープが可能になったのだ。ただ、当時は解凍デバイスは非常に高価かつ、生産できる数には限りがあった。よって政府はIQ上位0.01%の人間を保存するオペレーション・アークに基づき、秘密裏に選ばれた人間を『冷凍』していた。……わたしは『実験体』だったというだけで冷凍されたバカなんだけど。


「この人が『フリージアン』!あの『フリージアン』だよ!ほら頸にスノーフレイクの跡があるでしょう?」


女が男に嬉々としてそう告げた。すると男は顎を撫でて


「ふむ、そうらしい。この娘は然るべきところに連れてってやるべきじゃないか?我々にも礼金は出るんだろう?」


と言った。刹那、ふたりは微笑んだ。全く幸せそうで何よりです。……この2人はわたしを保護したヘアー夫婦、ローングさんとアフローさん。彼らは他人とお為ごかしでしか関わらない、わたしの嫌いなあの時代の人間そっくりな人たち。それで彼らの言う『フリージアン』、これはコールド・スリープから目覚めた人間を指す畏怖の言葉らしい。わたし以外のフリージアンはすごく頭が良くて、今こうして街が核に焼かれた世界が20世紀末並みの生活水準にまで回復したのは彼らの技術のおかげだ。まあ、わたしには関係ないことだが。


「……ごはん。」


わたしがそういうと


「わ、わかりました。」


「今すぐ最高の料理をお出しさせていただきますからね!」


と面白いくらいにドタバタと食事の用意をしだす。全く愚かな奴らだ。フリージアンだと崇めていた奴がただの実験体だと知ったらどんな顔をするだろうか、いやそんなことを理解できるほどの頭脳はないか。バカ同士の夫婦だから仲はいいんだろうがわたしには不快極まりない。夜もうるさくて寝られたものではない。猿が、という思いを握りつぶしながら布団にくるまっている。話しが逸れたが、わたしは笑顔でご飯を待つ。この辺りは食材も悪けりゃ、調理の仕方も悪い正直言って食べたくないんだが、背に腹はかえられぬというやつだ。


出てきたのは『鯖のパイ』、『芋虫の炒め物』。これのどこが美味いんだ?芋虫の炒め物に関しては芋虫まんまでよくこんなものを食べるなと思った、酷い味だ。食えたものではない。ああ、25世紀のごはんが恋しい。お母さんの味噌汁が飲みたい……。あれはいいものだ。今夜あたりに逃げ出すのが吉だろうか、今晩もお二方がお楽しみになるかは知らんが、わたしのことなど歩く金としか思っていないだろう。逃げても構わないだろう。この世にはわたしを必要としてくれる人なんかいないんだから、わたしが信じていたあの人にとってもわたしは資金集めと悦に浸るための道具でしかなかったんだから。わたしがわたしを愛してやらねば、そうじゃないと、そうじゃないと……わたしの人生ってほんとうに雪の結晶だ。そんなのごめんだね。そう思いながらパイを齧った。

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