第5話 「隣人ガチャ爆死」

「ねえ、なんか臭くない?」


 誰かというか二夕見だった。


「たしかに。なんかうんこの臭いするかも」


 蓮浦も顔をしかめる。


「一…。お前また」


 蓮がこちらを見てくる。


「知らない俺は知らない」


「何よまさかあんた…」


「違う俺じゃない」


「もらしたんじゃないでしょうね。高校生にもなって」


 二夕見が信じられないといった顔でみてくる。



「もらすかアホが!俺は今まで幾千もの戦いをくぐりぬけてきたが、ただの一度ももらしたことがないのが自慢だ。俺のパンツ《サンクチュアリ》はシミ一つつけさせねえ!


そう。あれはまだ寒さが残る三月。高校入試のリスニングテスト中、すさまじい腹痛に襲われた。ちゃんと本番に備えて朝トイレであれだけ出したというのに、腹痛に呼応して便意が押し寄せてくる。少し気を抜けば漏れてしまう。


というか腹が痛すぎて、試験管に『顔真っ青だが体調悪いのかね?』と聞かれた。しかしトイレに行けば大失点間違いなしだ。一度長い説明文を流してまとめて設問に答える問題だったのだ。


正直リスニングどころではなかった。しかしここはどうしても落とせない。俺は気合いで我慢することを選んだ!俺史において五本の指に入る戦いのあの時だって俺は六十分間耐え抜いたのだ!」



「長い。どうでもいい自慢乙。汚いから死んで」

 

 俺の武勇伝を二夕見がバッサリ切り捨てる。


「てかだったら何でこんなに臭いのよ」


「そ、それは…」


「一。観念しろ。諦めて足の裏を見せてみろ」


 蓮が渋い顔で俺の目を見つめてくる。俺は分かっているいう顔だ。


「いやそれが地球が俺のこと大好きすぎて足放してくれないんだ。くそう万有引力め!」


「腹立たしいやつね」


 二夕見が憎らし気に眉をひそめる。。


「ほら一」


「くっ。なぜいつも俺ばかり」

 

 俺は観念して靴の裏を蓮に見せる。


「やはりか。べっとりついている。でっかいやつが」


「きゃあああ最悪!あんたほんと汚いんだけど!無理!存在が汚い!」


 二夕見が叫びながら距離をあける。


「ま、まあ。しお。わざと踏んだわけじゃないんやし、それは言い過ぎやない?」


 蓮浦がカバーしようとしてくれる。


「何も言い過ぎじゃないわよ。こいつそっちゅうトイレ行くうえにんこまで踏むなんて最早んこの化身よ」


 んこってなんだんこって。


「それは否めないな。小学生の時からなぜかうんこを踏むのは決まっていつも一だった。ついたあだ名はうんこまんだ」


「あんたどうしようもないくそ野郎ね。ちょっと、離れて歩いてよね」


「うるせえっ。俺だって好きで踏んでんじゃねえよ」


 二夕見がしっしっと手をやってきた。


 

 と、その時、猛スピードで自転車が俺たちに向かって走って来た。その自転車の走る先には二夕見がいた。二夕見は突然のことで体が動かないようだった。このままじゃぶつかる。


 そう思った時、俺の体は自然に動いていて、二夕見をかばんごしに蓮浦に向かって押し出した。自分も避けようとするが間に合わず、車体にはじかれた俺はショーケースに突っ込んだ。ガラスが割れ、全身に鋭い痛みが走る。



「おい一!大丈夫か!」


 蓮が慌てて駆け寄ってきた。後から蓮浦と二夕見も心配そうな顔でかけてくる。


「意識あるか⁉」


「痛え!あのボケ逃げやがったな」


「だ、大丈夫なの⁉」


 二夕見がひどく取り乱した様子で心配そうにこちらを覗き込んできた。


「小さいガラスの破片が浅く刺さっただけっぽい。あのボケに轢かれたところの方が痛い」


「今から救急車呼ぶから動かないで。ガラスの破片があちこちに散らばっとるから」

 蓮浦が119番に電話をかける。通行人がこちらを見て立ち止まったりしている。


「ど、どうしよう大怪我とかしてたら…」


 二夕見が割れたガラスが飛び散っているにも関わらず、俺のところに寄って来ようとする。


「ちょちょちょちょちょ!二夕見さん。一の近くに行かんで!そこでっかい破片とか落ちてるから危ないて!」


「で、でも私のこと庇ってこうなっちゃったのに、ただ見てるのは…」


 二夕見がか細い声を出す。


「何らしくもなくしょげた顔してしおらしい声出してんだよ。別にお前がここ来てもできることないっつうの。おとなしくしてろ」


「はあ⁉こんな時にそんなこと言わないでよ!人が心配してるのに」


「だからお前のせいじゃないから気にしなくていいんだよ。あの逃げたハゲが悪いんだし」


「で、でも血すごい出てっ」


 そう言ってまた駆け寄ろうとしてくる。


「待て待て待て!こっち来んなっつうの!すぐ救急車来るし、傷浅くても血は出るから」


「救急車すぐ来れそうって。しお二人の言う通りや。気持ちは分かるけど危ないから近づかないで」


 その後救急車がすぐに来て、俺は近くの救急病院に運ばれていった。救急車に乗る時も最後まで二夕見は心配そうに見ていた。


 病院に着くと、細かいガラスの破片を抜き、レントゲンで検査したあと頭の検査もし、異常なかったため手術などもせず、自転車にぶつかった腰とショーウィンドウに衝突した背中に湿布を張ってもらいすぐに帰った。


 その後警察にも軽く自転車に乗ってたやつについて事情聴取された。家に帰ると遅い時間になっていたが、蓮に電話し、大した怪我はなかったことを伝えた。そして二夕見が異常に心配していたため蓮浦ごしに伝えてもらうよう頼んでおいた。その日は全身疲れていたみたいですぐ眠れた。

 



 翌日。学校が休みで昼近くまで寝ていると、玄関のチャイムが鳴った。


「ピンポーン」


「なんだよ。休みの日くらい寝かせろよ。どうせ訪問販売だろ。無視して寝よ」


「ピンポーン」


「…」


「ピンポーン」「ピンポーン」「ピンポーン」


「うるっせえなあ!分かったよ今行きますよ」


 ベッドから起き上がると腹巻きを外し、玄関へと向かう。


「はいどちら様⁉」


 勢いよくドアを開けると、そこには身長150センチくらいの童顔の小さな女の子が立っていた。


「初めまし天体観測!みんなのアイドルゆっぴーだよ!一発ギャグやります!


 殴られたカエル。かーえーるーのーうーたーがー♪きーこーえーてーくーるーよー♪ぐあっ♪ぐあっ♪ぐあっ♪ぐあっ♪ゲロゲロゲロゲロうろろろろろ


 よろしくどうぞ!」


「ガチャッ」


 俺は何も言わずそのまま扉を閉めた。訪問販売よりとんでもねえやつが来やがった。だれだこいつは。


「ちょっと!無言でドア閉めるのはひどくないですか⁉お互いうちとけるために空気をやわらげて肩の力をぬくためのちょっとしたジョークですよ!隣に引っ越してきた天ヶ崎あまがさきゆいなです!」


 無視してやろうかと思ったが近所迷惑なのでとりあえず出ることにした。


「何か用か?誰だお前」


「天ヶ崎ゆいなです。もうそんなに怒ることないじゃないですか~。昨日隣に引っ越してきたんですよ。四月から楽大高校に通ってます。私のことは気軽にゆっぴーって呼んでください」

 

 などと言ってにこにこしている。


 ていうことは後輩か。


「二年の一ノ瀬英一だ。お前隣に引っ越してきたのか」


「そうです。寂しくなったら壁越しに会話しましょうね。合図は何にします?コンコンッココンコン♪雪だるまつくーろー♪にします?」


「壁越しに会話なんかするか。叫ばなきゃ聞こえねえだろうが。ていうかそのチョイスをしたっていうことは無視していいってことだよな?」


 楽しそうに訳の分からん事を言うやつだ。


「もうつれないなー。なんか空気が重たいですね。まだ緊張してるんですね?分かりました。あと一発かましときますか。いきますよ。カラスの中に混ざるおっさん」



「「「カア。カア」」」


「ボトボトボト」


「おいあれ見ろよ!電線にとまってるカラスの群れが大量にうんこ落としてんぞ!」


「「「カア。カア」」」


「ボトボトボト」


「おいこいつら汚えな!」


「かあーぺっ!」


「べちゃっ」


「ん?」


「「「カア。カア」」」


「ボトボトボト」


「なんだ聞き間違いか」


「かあーぺっ!」


「べちゃ」



「おい聞き間違いじゃねえぞ!一匹おっさんみたいなカラス混ざってるぞ⁉」



「かあーぺっ!」


「一匹だけ糞じゃなくて痰落としてるやついるって!カラスの中におっさん一匹混ざってる!」



「どうでした⁉これはちょっと渾身のできですよ!」


 など言ってドヤ顔で見てくる。


「ガチャ」


 俺は再び無言でドアを閉めて今度は鍵もしめておいた。とんでもねえやつが引っ越してきやがった。


「ちょっとー⁉今度は鍵まで閉めましたね⁉場を少しでも温めようという粋な心が伝わらないんですか!」


 ドアの前でぎゃーぎゃー喚いてやかましいのでドアを開けた。


「あったまるどころか逆に真冬張りに空気が凍ってんだよ。季節が戻ってんだよ。いいか二度とやるなよ?」


「おっかしいなあこういうのが大好きな人って聞いたんだけどな」


 不思議そうに首を傾げる。


「誰にだよ。正直そういうのは嫌いではないが初対面でやられると話が違ってくるんだよ」


「他に質問とかあります?え?スリーサイズ?それはひ・み・つです♡もう男の子はすぐこういうこと聞くんだから。デリカシーないなー」


 「めっですよ!」など言っている。むかついた。


「聞いてないしお前にデリカシーないとか言われたくないし。ていうかお前人の話聞かねえな」


「パンツを頭に被りたい⁉もうっ!会ったばかりの人にそんなことできるわけないでしょ!」


 「いやん先輩のエッチ!」などと言って身をよじっている。 


「天ヶ崎。お前はあれか?薬とかやってんのか?」


「くすり。そんなのやってるわけないじゃないですか。くすり」


「うんこれは間違いなくやってるわ」



「てかなんで四月の終わりに引っ越しなんてしてるんだ?普通春休みに済ませるものだろ」


 俺は気になっていたことを尋ねる。


「前のアパート一か月ちょっとで追い出されたんですよ。学校の先生に相談したらここなら君と同じくらいアホなやつでも住めてるから大丈夫だって言われました」


「お前今すぐ引っ越してくんない?心配なって来たわ。てか誰だその先生は。俺がお前と同等のアホだと?」


「河瀬先生です」


 あのアラサーめ。とんでもないやつをよこしてくれたな。


「やっぱあの人かよ。お前に汚えギャグすすめたのもあの人か」


「ていうか先輩なんで顔に小さな傷がたくさんあるんですか?」


 急に俺の顔を覗き込んでくる。


「…まあちょっとやんちゃしてな」


「先輩もしかして怖い人ですか?私が魅力的だからってエッチなことしようとしたら、私の必殺技がさく裂しますよ」


 などと言ってシュッシュッと言いながらパンチを打つふりをする。


「安心しろ俺はクソガキには興味がない」


「何ですって⁉私はクソガキじゃありません!クラスでもモテモテなんですよ!昨日も知らないおじさんに『お嬢ちゃんおじさんといいことしないかいげへへ?』って話しかけられたからげろ吐いて威嚇しました」


 トロルコングかお前は。


「汚えよ。お前絶対モテモテなの嘘だろ。話しかけられた後すぐ離れられていくタイプだろ」


「河瀬先生にお前はよくゲロ吐くから、似たようなもんけつから吐く先輩紹介してやるから仲良くしろって言われました」


「最低な言い回しだよあのアラサーは。てかお前よくゲロ吐くんか。それでアパート追い出されたとかじゃないだろうな」


「アパートを追い出されたのは私の必殺技を恐れた悪の組織から私を逃がすためだと聞いています」


 急に辺りを警戒しながらヒソヒソ声で言ってくる。


「…実はこのアパートにも悪の組織のものが住んでいるんだ。すぐにでも他のアパートに移った方がいい」


「ぷーくすくす。悪の組織なんているわけないじゃないですか先輩バカなんですかー?本当は部屋がゲロ臭すぎて追い出されただけですー」


 こいつほんとなんなんだ。滅茶苦茶むかつくんだが。


「結局ゲロで追い出されてんじゃねえかよ!お前ほんと勘弁しろよ。心なしかちょっと臭い気がしてきたぞ。汚いから離れてくんない?」


「あ!酷いです先輩!私まだゲロ吐いてないのに。今度からゲロ吐きたくなったら先輩の部屋の前に吐いときますね。それか室外機にゲロかけてやります」


「おいお前そのいやがらせ死ぬほど効くからまじでやめろ。俺が悪かった」


 悪質すぎるだろこいつ。


「もう冗談に決まってるじゃないですか~。そもそも私が吐くのはゲロじゃなくて聖水みたいなもんですから。汚くないです」


「そんなやつが部屋追い出されるかよ。聖水だか泥水だか知らねえけどとにかく俺の近くで吐くんじゃねえぞ」


「そうだ先輩。ご挨拶の品持ってきてますよ。これどうぞ。つまらないものですが」

 そう言って何かを取り出した。


「へえ。これはどうもご丁寧に」


 そう言って受け取ったのはタッパーにつまった何かだった。


「何だこれ。手料理か?開けてみていいか?」


「どうぞどうぞ」


 蓋を開けてみると泥団子がつまっていた。


「いるかあ!ほんとにつまんねえものだよ!こういう時は普通トイレットペーパーだろ⁉」


「いや別にトイレットペーパーは先輩くらいしか重宝しませんよ。普通は洗剤とかじゃないですか?」


「分かってんならこんなゴミみたいなの持ってくんじゃねえボケが!」


 何を淡々と常識を語ってんだこいつは。


「だって二日も寝かせたんですよ!渾身の出来なんです!こっちの方がずっと嬉しいでしょ⁉」


「カレーとかシチューと一緒にすんじゃねえ!こんなもん何日寝かせても一緒だわ!」


 俺はこいつに泥団子をぶん投げたい衝動を抑えて突き返す。 



「そうだ。なんか荷物あるんなら荷ほどき手伝ってやってもいいぞ」


 引っ越しは大変だからな。


「あ、じゃあ冷蔵庫買ったんで一回から運んどいてください。あと洗濯機も。私アイス買ってくるんで」


「遠慮なくこき使うんじゃねえ。そんな重てえもん一人で運べるか。お前も手伝うんだよ!」


「え~。私そんな重たいもの持てないですよ!か弱い女の子だから!」


 などと言って地べたでジタバタし始める。


「じゃあ友達呼んでそいつと運んどくから俺の分とそいつの分のアイスも買ってこい」


「ひゃっほう!七十円で労働させたい放題だぜ!私はハーゲンダッツでも食べながら部屋おしゃれに飾ろう!っしゃ」


「待てこら!今聞き捨てならんことが聞こえたなおい⁉」


 てかなんで俺たちは安いアイスでてめえはハーゲンダッツなんだよ。


「なんですか先輩。あんまり私を叱りすぎるとストレスでゲロ吐きますよ?」


 開き直りすぎだろ。


「もういいゲロ女。さっさとスーパーでもコンビニでも行ってこい。そしてゲロはそこで済ませてこい」


「それじゃあ行ってきますであります!」


 そういうと天ヶ崎はスキップしながらスーパーに向かって行った。何とも厄介な隣人が引っ越してきたものだ。



 天ヶ崎が出て行ってからすぐに蓮が来た。


「よう。お前昨日の今日で大丈夫なん?」


 心配そうに尋ねてくる。


「大した事なかったんだって。ちょっと腰と背中痛いくらいよ」


「まあそれならいいんやけど。荷物って一回に置いてあったやつ?また冷蔵庫と洗濯機買ったんか?」


「俺のじゃない。隣に引っ越してきた楽大校の後輩がよ、荷物重くて運べないから運んでくれって」


 しかもパシリくらいにしか思ってない。


「ああなるほど。業者に頼めばいいもんを」


「前のアパート追い出されたそうだ。河瀬先生の紹介で来たらしい」


「そりゃまたとんでもなさそうなのが引っ越してきたな」


 蓮が苦い顔で頭をかく。


「少し話したがあれはとんでもねえ。お前も懐かれる前にさっさと帰った方がいいぞ」


「そうさせてもらうわ。ところでその後輩はどこにおるん?」


「アイス買いに行った。俺よく考えりゃ腹下すからアイス食べれねえな。俺の分もお前にやるよ」


「俺の分もあるんか?そりゃいい。便秘に効きそうだ」


「よしじゃあさっさと運ぶか」

 

 俺と蓮が苦労して冷蔵庫と洗濯機を運び終え、エアコンの掃除をしていると天ヶ崎が袋を片手にぶら下げて帰って来た。


「ヤッホー先輩!天ヶ崎無事帰還であります!」


「おう帰って来たか。運び終えて暇だったからエアコンの掃除してるところだ」


「えー!ありがとうございますー。そうだアイス買ってきましたよ。どうぞ休憩してください」


 袋からアイスを出し始める。


「あー、俺やっぱアイス要らねえからこいつにあげてくれ」


「えーなんで要らないんですか?」


 不思議そうに上目遣いで見てくる。


「お腹弱いんだよ」


「きたな」


「世界で一番お前にだけは言われたくねえよ!」


「先輩私のこと汚いやつ扱いしてますけど先輩だって汚いじゃないですか。隣の下痢野郎って呼んでいいですか?」


「いいわけあるか!なんだその青春豚野郎みたいな響きは!」


 だが俺も汚いからこいつのこと言えないっていうのは案外正論かもしれんな。だが正論は聞くものではなく言うものだって誰かが言ってたから俺も聞きながすことにした。


「あ、こいつ俺の友達の和泉蓮太郎な。荷物運ぶの手伝ってくれた」


「そうなんですね。初めまして天ヶ崎ゆいなと言います。どうもありがとうございます」


「おう。気にすんな」


 礼儀正しいふりをしているが内心ではパシリが増えたくらいにしか思っていなさそうだな。


「あ、アイス食べれないんだったら今度代わりにトイレットペーパー差し入れしますね」


「うんありがとう。それは重宝する」


「どんな差し入れやねん」


 蓮がびしっとツッコむ。


「せや。悪いんやけど俺そろそろ帰ってもええか?今日夕飯当番やねん」


「ああ悪いな。手伝ってくれてありがとな。じゃあな」


「ありがとうございました」


 天ヶ崎も律義にお礼を言う。


「おう。じゃあな」


 俺が玄関まで見送りに行くと、蓮は俺にしか聞こえないように言ってきた。


「たしかにあの娘はやばそうやな。しかもお前に懐いてるみたいやし。まあ気長に頑張れよ」


「まったくだ。厄介な隣人が引っ越してきたもんだ」


「じゃあな」


「ああ」


 軽く挨拶すると蓮は帰っていった。


「先輩今何話してたんですか?」


 突然すぐ後ろから声がして驚く。


「うおっ。びびらせんなお前」


「それで何話してたんですか?悪口言われているような気がしました」


 意外と勘が鋭いなこいつ。


「いやなに、可愛い後輩が引っ越してきてくれて嬉しいって話だよ」


「え~もうなんだ先輩やっぱり私にメロメロなんじゃないですか~。しょうがないなー」


 想像以上にむかつくな。


「でもダメですよ?私のお婿さんは私のゲロを受け止めてくれるくらいの気概がある人って決めてるんです。吐く前から私を汚物扱いしてくる先輩とは付き合えませんごめんなさい」


 などとほざいて頭を下げてくる。


「なんで俺今振られた?それにそんなゲロ受け止めてくれるような変態いるわけないだろ」


「私のゲロはけっこういけるんですよ?今度ごちそうしますね」


「せんでいい。その表現は食べ物にするやつだからな」



「それよりもう俺部屋戻るぞ。なんか手伝ってほしいことあったら呼べ。部屋にいるから」


 俺はこいつの相手をして疲れたのもあって部屋に戻ることにした。


「ええー。先輩は私の専属奴隷になったんじゃないんですか?」


 恋人とさよならするのが嫌で甘える彼女みたいに寂しそうな顔で、恐ろしいことを言ってくる。


「これだけやってもらって奴隷としか思ってなかったとはさすがの俺も驚いたぞ。どうせ俺のこともパシリとしか思ってないんだろうなと思ってたらまさかの奴隷だったか。普段温厚な俺もキレそうだよ。この温厚の申し子のような俺を怒らせるとはやるじゃねえか」


「ぷーくすくす。うんこの申し子って先輩自分で言ってて恥ずかしくないんですかあ?」


「誰がうんこの申し子だバカが!温厚って言ったんだよ!よしお前ちょっとこっち来い。いいものやる」


 そう言って俺は手招きする。もう許さんこいつは。


「いいもの!何ですか?お金?商品券?お米券?肩たたき券は要りませんよ。私は肩こらないので」


 ほんとに良いものを貰えると思ったバカがウッキウキで近づいてくる。そして俺の手の届く範囲まで近づいてきた天ヶ崎の頭を鷲掴みするとアイアンクロウをきめる。


「いだだだだだだだだだっ。なんでっ!いだい先輩いだいっ!放しでっ!」


 などと言ってジタバタする。俺は手を放してやる。


「バカたれが。ほんとに良いものやるわけねえだろうが。『感謝』って言葉の意味が分かるようになるまで正拳突きしてろお前は」


「嘘つきい!先輩の嘘つき!良いものって言ったくせに私に暴力ふるいましたね!先輩みたいな人が虐待するんですよ!こんなに可愛らしい私をいじめるなんて!」


 少しも反省せずに、どこから取り出したのかピーッと笛を吹いてレッドカードを掲げてくる。「暴力ダメ絶対!」などとほざいている。


「変更だ。『感謝』って言葉の意味が分かるまで俺が正拳突きくらわせてやる」


「やるんですかあ!いいですよ!私のゲロゲロ波を食らわせてやりますよ!」


 などと言って威嚇してくる。


「なんだその汚え必殺技は!もういいわ!お前はもう手伝ってやらんからはやく引っ越せボケナス!」


 そう言い捨てると部屋に戻ろうとする。


「ああ待って先輩待って!冗談じゃないですかあ!可愛い後輩の可愛い冗談じゃないですか!ほら!パンツ見せるから機嫌直して!ほらあ!」


 などと言ってスカートをひらひらさせてくる。


「お前のパンツなんかどうせ胃液の匂いするんだから興味ねえわ!」


「なんてこと言うんですか!先輩のパンツだってうんこついてるでしょ!」


 怒って言い返してくる。


「ついてねえわ!俺はお腹は弱いがうんこを漏らしたことがないのだけが自慢だ!俺のパンツはシミ一つついてねえんだよ」


「きたな」


 そう言って部屋のドアを閉めて帰って行った。こいつほんとひっぱたいていいか?

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