05:れもんの正体

「あー、ホントに、あたしまでドキドキしたよ! とにかく無事に終わってよかったねー。お疲れさまー」

 教室に戻ると、芽衣ちゃんが私の席にやってきた。


「うん、なんとか思い出せてよかったよ。芽衣ちゃん、ありがとう。励ましてくれて。すごく嬉しかった」

「いや、あたしは励ますことしかできなかったし。それよりさ、なんで雪村くんがフォローしてくれたの? 『あんなに練習した』とか言ってたよね? どういうこと? 雪村くんってうちらの学校の子じゃないよね? いつの間に知り合ったの?」

 芽衣ちゃんは私の机に手をついて、身を乗り出した。


「それは……」

 私は返答に困って、ちらっと雪村くんのほうを見た。

 雪村くんは雪村くんで、「花崎さんとどういう関係なの?」って男子たちに聞かれてる。


 なんで、私の挨拶文を知ってたの?

 もしかして、雪村くんは、れもんなの?


 でも、まだ本当かどうかわかってないのに、「雪村くんはれもんなのかも」なんて言えない。

 それに、もしそうだとしても、本人の許可なく正体をバラすなんて最低だ。

 仮想現実バーチャルの世界に、現実リアルは持ち込みたくないって人は多いよね。


「ええと……内緒!」

「何それ。教えてよー」

「花崎さーん。さっきはお疲れさま! 見ててハラハラしたけど、よく頑張ったねー」

 クラスメイトの北園きたぞのさんたちが声をかけてきた。

 北園さんはショートカットの、元気そうな女の子。

 北園さんの隣にいる姫宮ひめみやさんは綺麗な黒髪を腰まで伸ばした、いかにもお嬢様って感じの美少女だ。白いヘアバンドがよく似合ってる。


「うん、ありがとう、北園さん」

 芽衣ちゃんは残念そうな顔をしてるけど、私は北園さんたちが来てくれて助かった。

 これで、芽衣ちゃんの追及から逃げることができたもん。


「新入生代表に選ばれるってことは、オレたちの中で一番頭がいいってことだよな。勉強わかんなかったら教えてー」

 雪村くんの友達の、久城天馬くじょうてんまくんが会話の輪の中に入ってきて、おどけたようにそう言った。


「あはは。私もわかるかどうかわからないけど、いいよー」

 お喋りしている間に、チャイムが鳴った。

 そこで解散となり、芽衣ちゃんたちは自分の席に戻っていった。

 教室に入ってきた玉木先生の話を聞いて、プリントを受け取って、今日の日程は終了した。


「雪村くん」

 放課後になってすぐに、私は雪村くんの席に向かった。


「あの、ちょっと話したいことがあるんだけど」

「……うん。来ると思った。廊下で話そう」

 雪村くんは覚悟を決めたような顔をして、立ち上がった。

 私も廊下に行き、雪村くんと向かい合って立つ。


「雪村くんって、もしかして……れもん、なの?」

 周りにいる生徒たちに聞こえないように、私は小声で聞いた。


「……そう」

 雪村くんは、頷いた。

 本当に、雪村くんが、れもんだったんだ!

 もしこの事実を知ったら、芽衣ちゃん、びっくりするだろうな。

 芽衣ちゃんも、れもんと友達だもんね。


「雪村くんは、なんで私がサクラだってわかったの?」

「なんでって。挨拶の練習してたとき、何度も『五桜学園』って言ってただろ」

「あっ!!」

 挨拶の練習をするとき、私は自分の本名は言わなかったけど、学校の名前は言った。

『五桜学園』という名前の学校は、全国に一つだけ。

 つまり、新入生代表挨拶をする私がサクラってことになる。


「そっか……名前を言わなくても、学校名を言っちゃったら隠した意味がないよね。馬鹿だね、私」

 雪村くんが良い人だったから、今回は何の問題もなかったけど。

 これからもっと、ネットの中の発言には気をつけないと駄目だ。


「でも、それで花崎さんがサクラだってわかって、助けることができたんだし。結果オーライってことでいいんじゃない?」

 雪村くんは反省中の私を慰めてくれた。


「そうだね」

 心が軽くなったような気がして、私は微笑んだ。


「さっきはありがとう。私のために叫んでくれて。もし雪村くんが叫んで教えてくれなかったら、私、壇上で泣いてたと思う」

「どういたしまして。言っただろ。応援するって」

 雪村くんはまた笑った。


「…………」

 優しい微笑みを見て、私はキュッと唇を噛んだ。

 入学式が終わった後、雪村くんは色んな人から私のことを聞かれて、嫌な思いをしたはずなのに。

 それでも、雪村くんはこうして私に笑いかけてくれた。


「うん」

 なんかちょっと、泣きそうかも。


「それはそれとして。おれがれもんってわかって、嫌だった?」

 雪村くんは不安そうな顔をしている。


「え? ううん! 全然!!」

 私は首を手を同時に振った。


「びっくりしたけど、嫌なんかじゃないよ! Vチューバーだって、よく男の人が女の人のふりをしてたりするじゃない! あ、でも、声はどうやって変えてたの?」

「ボイスチェンジャーっていう、声を変えるアプリがあるんだよ」

「へえ、そんなアプリがあるんだ。知らなかった」

 感心していると、雪村くんは何故か驚いたような顔で私を見た。


「……それだけ?」

「え、何が?」

 私は首を傾げた。


「いや……おれがれもんだってバレたら、嫌われると思ってたから。でも、花崎さんは普通に受け入れてくれてるみたいだから、意外で……」

「あのさ、雪村くん」

 私はまっすぐに雪村くんの目を見つめて言った。


「大勢の人の前で叫ぶのって、すごく勇気がいることだよね」

「? うん」

 雪村くんは不思議そうな顔をしながらも、頷いた。


「『自分がれもんだってバレたら嫌われるかもしれない』って思ってたのに、それでも、雪村くんは私を助けてくれた。私のために勇気を出してくれたんだよ。そんな雪村くんを嫌いになることなんて、絶対絶対、ないっ!!」

 私はキッパリ言い切った。


「…………」

 雪村くんはポカンとした後で、笑った。


「ありがとう。あのさ……」

「何?」

 口ごもった雪村くんを見つめて、私は続きの言葉を待った。

 すると、少ししてから雪村くんは言った。


「……良かったら、これからも、れもんとして仲良くしてもらってもいいかな」

「もちろん! 私こそ、これからもよろしくね! そうだ、せっかく会えたんだし、ライン交換してもらってもいい?」

「いいよ」

 やった!!

 これからは『バーチャル・ドール』にログインしなくても、ラインで連絡できるんだ!

 そう思うと嬉しくて、私は自然と笑っていた。

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