第81話 現在進行形なの

 それぞれのお土産を探し終わったギルとアリシアは、キスティーの姿が見当たらないことに首を傾げていた。活気あふれる大通りを外れ、少し落ち着いた裏通りを歩きながら、二人は会話を交わす。


 ギルは、先ほど手に入れた鉄鉱石を小脇に抱えながら、楽しそうに弾んだ声でアリシアに尋ねた。


「良いお土産あったのか?」


 アリシアは微笑みながら、髪に触れて答えた。


「うん!いいのあったよ!すごく綺麗な細工のしてあるアクセサリーなの!今流行なんだって!お母様喜ぶだろうな!」


 彼女の瞳は、手に入れたばかりの銀細工を思い描いているのか、きらきらと輝いていた。


「ギルはお父様のいいのあったの?」


 ギルは、自分のことのように嬉しそうに、胸を張って答えた。


「おう!あったあった!父ちゃんの仕事に役立ちそうな道具見つけたんだ。ぜってー仕事に使えるはず!あと、すげぇー鉄鉱石もらったんだ!これがすげぇーんだ。だからこれですげぇーもん作るんだ!」


 興奮気味に話すギルの顔は、未来の偉大な鍛冶師を夢見る少年の情熱に満ちていた。


 しかし、キスティーの姿が見えないことに、アリシアは少し心配そうな顔になった。


「それにしてもキスティーどこいったのかしら?食器屋さん、この辺りにいっぱいあるのに見当たらないね。」


 そう言いながら、彼女は買い物客が足を踏み入れないような、少し店から外れた路地の方へも行ってみることにした。石畳の道は、徐々に人通りが少なくなり、静寂が二人の周りを包み込む。古い建物の壁には苔が張り付き、ひんやりとした空気が漂っている。


 しばらく行ってもキスティーの姿は見当たらない。アリシアは、歩き慣れない道のせいか、少し疲れた様子でため息をついた。実際は違うことに気を使ったり、魔力大量消費で疲れているのだが。


「えー、どこよキスティー…もう、ティータイムしたい気分だわ。早く見つけなきゃ。」


 ギルもまた、空腹を感じ始めているようだった。


「そうだな。少し腹減ったしな。どこ行きやがったんだ?一人でなんか食ってんじゃないだろうな?」


 彼は、無邪気で食いしん坊なキスティーを疑うように、冗談めかして言った。


 その時、アリシアの視線が、足元の石畳に落ちている何かに引きつけられた。


「あら?これ何かしら?…お菓子?」


 鮮やかな包装紙に包まれた、小さな飴玉が一つ転がっている。


 ギルもそれに気づき、首を傾げた。


「ん?お菓子だな。誰か落としたのか?」


 アリシアはお菓子を見ながら、さらに奥へと視線を巡らせた。


「うーん?あれ?向こうにも落ちてるわよ?」


 点々と、不規則な間隔で、色んな種類のお菓子が道に落ちているのが見えた。


「あら、誰か落としちゃったのね。せっかくだから、拾って届けてあげましょうか。」


 アリシアは、親切心から提案した。


 ギルも同意する。


「そうだな。こんなに落としてたら、家に帰ったとき少なくて悲しいもんな。」


 二人は、そう言って、落ちているお菓子を拾い集め始めた。一つ一つ、丁寧に拾い上げながら、彼らの手の中には、小さなお菓子の山ができていく。


「こんなにお菓子買うなんて、落とした人すごく食いしん坊なのね。」


 アリシアは、楽しそうに呟いた。


 ギルも笑いながら続けた。


「お菓子買いすぎだろ?ちゃんと自分の袋に入る分だけ買えよな。」


 二人とも、自分たちが探している人が、いつものようにお菓子を詰め込みすぎた結果だとは夢にも思っていなかった。無意識のうちに、キスティーの残した足跡を辿たどっていることにも、彼らは気づいていなかったのだ。


 お菓子を拾い続けるうちに、二人はだんだんと細い路地へと入っていった。道の両側には、さらに古びた建物が密集し、日差しも届きにくく、空気がジメジメとしている。壁にはびっしりと苔が生え、微かに土と湿気の匂いがする。 ギルは、ふと路地の奥に立てられた古びた立て看板に目をやった。


「なあ、アリシア。この辺りって、王様が貧しい人たちのために無償で建てた家がある、なんとか特区とからしいぜ。字、難しくて読めねーけど。貧しい人たちにお菓子を届けに来た人が落としたのかもしれないな。」


 ギルは、素朴な推測を口にした。


 しかし、アリシアの耳には、そのギルの声はほとんど届いていなかった。彼女の視線は、足元に落ちるお菓子から、路地の奥へと、どこか怯えたように向けられていた。


「ち、ちょっと…こんなところにお菓子の人来たの?…まだ落ちてるし。」


 その声は、かすかに震えていた。彼女の表情は、明らかに普段とは違う。キョロキョロと落ち着きなく周囲を見回し、その挙動は見るからにおかしい。


 ギルは、そんなアリシアの様子に不審を抱き、心配そうな声で尋ねた。


「おい、アリシア、お前、何キョロキョロしてんだ?何か探してるのか?さっきもこっち来る時、なんかそんなだったよな?」


 アリシアは、ギルの問いかけにも、視線を周囲から離すことなく、か細い声で答えた。


「え?…ええ…そうね…戦いは終わっていないのよ…。現在進行形なの…先制されたらこちらの負けなのよ…奴らは隠れている…狡猾こうかつよね…。こちらの隙をうかがってるのよ、きっと。…まだ本隊が…まだたくさんの軍勢がいるのよ…絶対いるのよ…確実にいるのよ…。私がやらなくちゃ…あいつらは…この街を…守れるのは私だけ…。やってやるわ…どんなことしても…どんな手使っても…根絶やしにしてあげるわ…負けるわけにはいかないもの…。ええ…そうよ…絶対…絶対…絶対…」


 アリシアの声色は、徐々に狂気を帯びていき、その言葉の端々からは、尋常ならざる執念と恐怖がにじみ出ていた。瞳の奥には、見えない敵と戦うかのような、激しい光が宿っている。


 ギルは、そのただならぬ雰囲気に、これはヤバい、と直感した。


「アリシア、わかった。そこまででいい…そこまででいい…わかったから…」


 彼は必死にアリシアの話をさえぎり、これ以上、彼女のスイッチが入らないようにと願った。ギルの脳裏には、先ほど見た炎の魔法と、黒焦げになった地面の光景がまざまざと蘇る。


(なんかまたヤベーことしそうだな…)


 不安が頭から離れなかった。


 その頃、街の警備にあたっていた騎士団は、コックローチ団の二人を捕らえていた。しかし、彼らは二人とも気絶したままであり、取り調べどころか、まともに話すことすらできない状態だった。仕方なく、捕まえた二人は騎士団員たちが牢屋へ移送することになった。


「お前たち、しっかり移送するように。この者たちは、王都を騒がせている重罪人だ。絶対逃してはならんからな!全員で囲っていけ!」


 騎士団長は、疲れ切った顔で、しかし厳しい口調で指示を飛ばした。


「は!了解いたしました!」


 騎士団員たちは、一斉に敬礼し、二人の人さらいを厳重に囲んで移送を開始した。 その時、一人の団員が、団長に尋ねた。


「で、団長はどうされるのですか?」


 騎士団長は、深いため息をつくと、遠くの空を見上げた。その目には、ぬぐいきれない疲労の色が浮かんでいる。


「うむ、どうしても気になることがあってな…。済まないが、お前たちは先に戻り、尋問を開始してくれ。あと一人の居場所を絶対に吐かせるんだ。私は確認が終わったら、すぐに戻る。」


 そう告げ、ここで団員たちと団長は別れた。


 騎士団長は、騎士団員たちが見えなくなるまで見送ると、肩を落とし、まるで重い荷物を背負ったかのように呟いた。


「行きたくない…しかし、このまま見過ごすわけには……見てしまったのだからな。」


 彼の脳裏には、先ほど目撃した、天をくほどの巨大な火柱と、その下で騒いでいる少年少女の姿が焼き付いていた。


「何があるか分からない…。そう、間違いない。あれは、子供たちだ…」


 顔面蒼白になりながらも、騎士団長は前を向いた。彼の心は、恐怖と疲労できしんでいながらも、この国を守るという職務を全うするため、死地におもむく兵士のような眼差しで、子供たちの跡を追う決意をした。


(頼むから…もう何も起きないでくれ…)


 騎士団長は、重い足取りで、子供たちが去った方向へと歩き始めた。

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