第37話〜冬木 凛子は勉強に身が入らない〜

/冬木 凛子視点


 外はしとしとと雨が降っている。夕方から雨は止まずにずっと降ってる。お天気予報は今日一日晴れだと聞いていたのに…。そのおかげで私は今日、天王寺君と相合傘をして帰ることになったわけで。


「はぁ…」


 今日は自主勉強をしているけれど、まったく頭に復習している内容が入ってこない。思い返すのは彼と一緒に1つの傘で帰路についた今日の帰りのこと。そして…


「また、ね、大くん」


 言って私は胸の鼓動が早くなったのを覚えている。私を凛子と呼んでほしいと言った時も。あの帰り道も。今日はずっと胸がドキドキとしている。澪や詩奈よりも小さい胸に手を当てる。あの人は…胸の大きさとか、気にするのかしら…?ううん、そんなことはきっと関係ないって言ってくれると思う。


 この前の怖い人が寄ってきた時も、ずっと詩奈と澪の胸を見ていた。私はおまけ扱いのようだった。普通の男の人はそうよね。胸が大きい女の子の方が好まれるのは仕方がないと思う。今宮君だってそうだし。こんな言ってしまえば脂肪の塊の何がいいのかしら?私は小さいからわからない。でも、彼は…ううん。こんな話で彼を語りたくはない。


 彼はどうしてあんなにも優しいんだろう?私なんて冷たい女なんて言われているのに。そうは言っても告白をしてくる男の子が多いのは私は首を傾げる。全部お断りだけど。だって男の子は怖いから。でも…彼。天王寺君だけは私は近づいていく。近寄っても大丈夫と信頼ができる。そうでなければ…相合傘なんてするはずがない。


「相合傘だなんて…私、どうかしてるわ…」


 こんな気持ちになるのは彼だけ。彼といる時だけは、私は「冷たい女」でいられなくなる。男の子と話をして、男の子の家に行き、男の子に凛子と呼べと言うように言って、男の子と相合傘をして…。あの学園一の不良と呼ばれた彼がそばに、いる。9月頭の私からは考えられないことだった。


 あと、私は詩奈がうらやましい。何の打算もなく彼に近寄っていくあの子が。そして、無防備に甘えられるあの素直な性格が。最初はそうでもなかったけど、今は詩奈が抱きついたりしているのを見ると、私もしてほしい、と思うようになった。そして黒い怒りにも似た感情を覚えるようになった。


「凛ちゃん、それは嫉妬だよ?」


 澪にちょっと相談したらそう言われた。私が?詩奈に嫉妬?どうして?と思うけど…。


「凛ちゃん、最近天王寺君を目で追いかけてるよね。しーちゃんが抱きついていたりすると、ちょっと怖い顔してる時も…あるよ」


「怖い顔?そんな顔しているかしら?」

「してるよぉ…なんて言うか、すごい無表情なんだけど…」


 その顔を鏡で見てみたいと気もする。そんなこと…ないわよね?


「ふふ、凛ちゃん、天王寺君のことをどう思ってるのかな?」


 どう思うも何も…このままでいけば詩奈とお付き合いでもするんじゃないかしら?と言おうと思って私はためらった。詩奈とお付き合いする…と思うとチクッと胸が痛くなった。胸の奥から何か…どうしようもない焦燥感が生まれた。


「どう…といわれても…」

「凛ちゃん、天王寺君をみる目が他の男の子と違うもん。もしかして、恋でもしちゃった?」


 恋?そう聞き返そうとしたら顔がものすごく熱くなった気がする。


「わぁ!?凛ちゃん!?」

「なに?」


「顔、真っ赤だよ…?」

「ち、違うわ。ここが暑いからよ」


「もう、凛ちゃんたら♪」


 何か暖かい目で見られたような…違うわ…私は…男の人なんて…。そうは言っても、私は教室に戻ってきてから彼を目で追っていたような気がする。


 彼とは本の趣味が合うだけの趣味仲間。そう思っているのは私だけのようで、詩奈まで「凛ちゃん大樹クンのこと好きなの?」と聞かれた。好きとか言う気持ちなんて…あの家庭教師に襲われた時に捨てたはず。なのに…。


 どうして彼は私の心の扉をノックするんだろう。


 そうして私はその心の扉を開こうとしている。彼だけ。彼ならば。私を…幸せにしてくれそうな。そんな気がする。思えば…あの始業式の日、彼が推理小説を読んでいると言うことがわかったあの日から。私の…恋の物語は始まったのかもしれないわね。


 そう…認めざるをえない。私はきっと、彼に恋しているのでしょう。


 澪と詩奈以外で。私のことをかわいいと言って私の心をかき乱されるのは彼だけ。彼と本の感想を述べ合っている時がささやかな幸せの時間。だって、その時だけは、彼と私の時間。そう、彼と私だけの時間。笑いながら感想を述べる彼が…。真剣な顔で私の感想を聞いてくれる彼が。


好き。


 なんだ、そう思ったらストンと心のつっかえが取れた。そうか、私は彼が…天王寺君が…好きなんだな。あの怖い光景がガラスのように砕けて。海の波に飲み込まれていくように遠くへ消えていく。私もようやく…前へ踏み出せるのかしらね。


「大くん…好き…」


 そう言った途端、私の褪せたような世界から一変。私の世界は一気に色に満ち溢れた。どうしてこんな簡単に…まだお話をするようになって2ヶ月も経っていないのに…一気に私の心は彼に接近した。いいえ、きっと私から近づいていったのよ。初めてここまで本のことを語れる仲間ができて嬉しかった。いやらしい気持ちではない本心からかわいいとか美人と言ってくれて私の心は平静を保てなかった。


 先日のミクドでの一件。あの時に知り合いだったと言う婦警さん。事情を知らなかった私は、あの人が彼の近しい女性だと勘違いしていた。まさか、この人は彼の…と思うと胸がズキズキした。美人で、スタイルもよくて、胸も大きくて、大人の余裕があった。あんな人とお付き合いしているのならとてもではないけど敵わない。彼が過去にお世話になっただけの婦警さんと聞いて、手の震えがスッと止まったのはよかったと思っている。


 相合傘をした時、彼は必死に私が濡れないように傘をこちらに傾けてくれていた。体が弱いと言うことをどういうわけか知っていた。いつ話したっけ?覚えがない。けれど、私が体が弱いと言うこと。そしてきっとこの雨の中濡れて帰っていたら…きっと高熱を出しているに違いない。彼のおかげで濡れなくて済んだ。おかげで私は心が乱れている以外は快調だ。その優しさが嬉しかった。彼は私を見てくれていると。そう思うだけで…。


「ふふ」


 意味もなく笑みがこぼれてしまう。私のことを理解してくれているんだもの。


「凛ちゃん、お勉強頑張ってる〜?」

「お母さん?ええ。進んでいるわ」


「そうなの〜。はい温かい紅茶よ〜」


 お母さんが淹れてくれた紅茶。砂糖もミルクも多め。甘党なのだ、実は。紅茶、彼の家で飲んだ紅茶がとてもおいしくて、このティーバッグのものでは味は比較にならない。お母さんには申し訳ないけど。


「そうだわ凛ちゃん。今日、お家まで送ってくれたって言う男の子。お礼はちゃんと言ったの〜?」


「ううん、まだ」

「あらあらダメよ〜。そういうのはぁ、早く言っておかないともう言えなくなっちゃうわよ〜?」


「う、うん。わかった、今から送るから」

「ふふふ〜、凛ちゃん、今度お家に連れていらっしゃい。凛ちゃんを自分が濡れてまで濡れないように送ってくれる子なんて将来有望よ〜?」


「そ、そう言うのはまだいいから!」

「あらあらダメよ〜!そう言う子はね〜、早い者勝ちよ〜!気づいた時にはもういないのよ〜」


 ゴトン、と私はスマホを落としてしまった。机の上にだけど。彼が…大くんが隣にいない…?それを考えただけで私は寒気を覚えた。


「あらあら、凛ちゃん頑張ってね!」

「う、うん…」


 私はいそいそと彼にPOINEでメッセージを送った。結局そこから勉強は進むことがなかった。

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