第46話 人質救出戦

「そろそろ、人質救出作戦が始まる時間だね。大丈夫かな?」


「ああ、大丈夫だ。きっとうまくいくさ、信じよう」


 オレたちはルミナークに乗り込み、カレンポートを見下ろす上空で作戦開始の合図を待っていた。


「レオン、地上の様子はどうだ?」


「特に変わった動きはない。今のところ平穏だ」


 地上から空港の監視を任されているレオンが答える。


「私の方も今のところ動きはありません」


 上空から空港を見張るアヤナもそう報告する。


「了解。何かあったらすぐ連絡してくれ」


「ノクティも頼むな」


「まかせとけ!」


 ノクティもやる気のようだ。


 その時、レオンから通信が入る。


「空港が慌ただしくなってきたぞ。警備が船の出港を一時的に禁止したみたいだ」


「こちらも、警告を無視して出港しようとした貨物船が警備に取り押さえられてるわ」


 ついに、作戦が始まったようだ。


「いよいよだね。がんばろ!」


「ああ!」マイルの言葉にオレも気合を入れる。


「こちら、セリナよ。空賊が商隊を急襲したとの報告がはいりました。空港の出入りを一時的に禁止したわ」


「了解です」


 今のところは、計画通りにすすんでるか。

 軍の作戦が漏れているとしたら、どこで必ず問題が発生するはず。


 ◇◆◇


 一方――討伐作戦軍本部。


 軍用飛行場には、総勢三十機を超える軍用機が三列に並び、ずらりと整列していた。

 

「見てみろ、壮観ではないか」


 胸を張った少将が、周囲の部下に同意を求めるように声を張り上げた。


「まったくですな、空賊など物の数ではありません」


「ふん、うるさい司令部の連中を説き伏せたかいがあったわ」


 少将は満足げに頷いた。


「そろそろ、空賊どもが餌に食いついている頃合いだろう」


 そこへ、息を切らした伝令が駆け込んでくる。


「報告! 空賊が商隊を襲撃との情報入りました!」


「ははは……罠とも知らずにかかったか。よし、全機発進! 空賊狩りだ!」


 轟音とともに三十機の軍用機が次々と飛び立っていく。


 だが、その壮観を見送る管制員の一人が、口元に笑みを浮かべていたことに――誰一人、気づかなかった。


 ◇◆◇


「まもなく、予定空域に到着します」


「待っておれ、空賊ども。蹴散らしてくれる」


 少将は鷹が獲物を狙うような目をして、にやりと口角を上げた。


 ――その時。


「少将、前方からシャトルが近づいてきます」


 遠くに見える黒い機影がじわじわと大きくなっていく。

 やがて、ゆっくりとハッチが開かれる。

 すると中から細身で神経質そうな男が姿を現した。


「これはこれは、少将閣下。私はワルマール商会の私兵を預かるジラールと申します」


「なに!? ワルマール商会だと! 何のようだ。お前たちが空賊と共謀していることは分かっているのだぞ!」


 少将は胸を張り、勝ち誇ったように言い放つ。だが――。


 ジラールと名乗った男は眉ひとつ動かさず、涼しい顔で返す。


「おやおや、それは妙な言いがかりを」


「なんだと貴様ッ!」


 少将が一歩踏み出し、今にも掴みかからんばかりに声を荒げる。


「少将、落ち着いてください!」


 慌てて部下が間に入り、必死に押しとどめる。


 ジラールはわざとらしく肩をすくめ、困ったような顔を見せながらも、声は終始冷静だった。


「我々は独自の調査網で、空賊がここに現れることを知ったにすぎません。それに、少しでも商業協会に貢献できればと駆けつけたのです。……少将のお言葉こそ根も葉もないでたらめに聞こえますが」


「戯言を! 貴様の言い分など――」


 少将はなおも食ってかかろうとするが、再び部下が必死に止める。


「ならば……証拠はおありですか?」


 ジラールの声は淡々としていて、逆にその冷静さが場を支配した。


「ぐっ……証拠など、これまでの状況を見れば明らかだ!」


「つまり、状況証拠しかないということですか。物的証拠は――存在しないと」


 ジラールは口元に笑みを浮かべる。


 そして、その余裕は少将をさらに苛立たせてしまった。


 ◇◆◇


「ワルマール商会と空賊が接触したら、こちらも救出作戦を開始するわ」


 セリナ大使が、救出作戦部隊に指示を出す。

 すると、そこへ討伐部隊に帯同していた隊員から連絡が入る。


「討伐部隊がワルマール商会の私兵と接触しました」


「空賊ではなく?」


「はい、ワルマール商会側から接触があり、空賊討伐に協力すると伝えてきたようです!」


「なるほど、そうきましたか……。やはり情報が漏れていたのね」


「どうしますか?」


 隊員の一人が尋ねる。


「軍の作戦は失敗したと言っていいわ。すぐに救出作戦を開始します」


 セリナ大使の救出部隊は、民間でも名の知れたプロの精鋭だった。


 先遣が警報装置を即座に無効化する。

「警報装置クリア」

 破錠は最小限の工具で短時間に済まされ、隊は音もなく内部へ侵入した。


 事前の打ち合わせどおり、監禁場所へたどり着くと、すばやく見張りを昏倒させる。

 縄で縛られた男と少女を確認し、目隠しと拘束を外す。

 安全確認が取れると、搬送班が静かに二人を抱えて脱出ルートへ移動する。


 外では既に陽動部隊が工場の警備を引き寄せている。

 救出部隊は予定どおり最短時間で任務を完了し、回収地点のシャトルへと収容する。


「被害者確保、撤収完了。対象の追跡は泳がせます。観察点に展開せよ」


 隊長の短い無線が響く。


 そして作戦は次の段階へと引き継がれる。


「人質の救出作戦は成功よ。作戦を次の段階に進めます。各員、これからが正念場です」


 セリナ大使の言葉に、みんなの気が引き締まる。


 ――いよいよだ、どんな異常も見逃さない。

 絶対ワルマールの尻尾をつかんでやる!


 ◇◆◇


 昼間の喧騒から遠く離れた、いまは使われていない地下の発着場。

 雲海から吹き込む湿り気と冷気が、ひやりと肌を撫でる。

 その中で複数の影が怪しく動いていた。


 その影は発着場に並べられたへと消えていく。


 やがて、金属が唸るような低いエンジンコアの起動音が場内を震わせた。

 そこに混じって聞こえたのは、抑えきれない苛立ちの声――。


「くそ、くそっ! 人質の警備は何をやっておったのだ! 高い金を払っておるのに!」


 高級そうな服を纏い、指にはいくつもの指輪をはめた男が、怒号に近い声を上げる。


「ワルマール様は、ただちにここをお離れください。空港は封鎖されていますが、ここからなら監視の目を掻い潜って脱出できます」


 執事服の初老の男が一歩進み、静かに進言する。


「実行犯の処理は、私めにお任せを」


「……う、うむ後は任せたぞ」


「はっ、お任せください」


 そう言って、ワルマールが乗る飛翔船を見送るとニヤリと笑う。


 そして次の瞬間、発着場に残っていたはずの、執事服を着た男の姿はどこにもなかった。

 ――まるで、最初から存在しなかったかのように。

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