第43話 迷いなき決断
説明を終えると、部屋に重苦しい沈黙が流れた。
マイセンさんは腕を組み、深くうなずく。
「……なるほど。君らも、そこにたどり着いたか」
「マイセンさんも……?」
思わず聞き返す。
「じつはの。大使に頼んで、人質について独自に調査を進めてもらっていたんじゃ」
そう言って、テーブルに一枚の写真を置く。
縄で縛られた男性と、怯えた表情の少女――。
だが、それは前に見た光景とは違っていた。
「これは、つい先ほど送りつけられてきたものよ」
セリナ大使の一言に、オレたちは息を呑む。
写真の中で男性が掲げていたのは、一枚のパネル。
そこには、ただ一文。
〈今月の取引を全て中止しろ〉
「……取引を中止? 懸賞金が目的じゃなかったのか?」
疑問を口にすると、大使は首を振った。
「ええ、私たちも最初はそう思っていたのよ。懸賞金への報復だとね」
「じゃあ……懸賞金のことは?」
「今のところ、何も言ってきてないわ」
「じゃあ、取引を潰すことで空賊に何の得が?」
考えが空回りしそうになる。部屋の空気が張りつめ、セリナ大使が言葉を選ぶように口を開いた。
「――私たちはね、“空賊”と“今回の誘拐”は別物じゃないかと考えているの」
「別物ですか?」
「ええ。空賊事件に見せかけた、計画的な誘拐よ」
セリナ大使は、確信めいた声で言い切った。
「……まさか、ワルマール商会」
頭に浮かんだ名を思わず口にすると、大使は静かにうなずいた。
「ええ。空賊の影に隠れて暗躍しているのは、ほぼ間違いなく彼らよ」
その言葉にマイセンさんも渋い顔で頷く。
「ワルマール商会の噂は、聞いたことあるかしら?」
「強引な商売をしてるって……協会で耳にしました」
「そうね。私たちは空賊事件が起こる前から、彼らの動向に注目していたの」
そう前置きして、大使は淡々と推理を語り出した。
「以前から小規模な空賊事件はあった。でも最近になって、標的が突然“大手商会”に変わったの。しかも、襲撃の手口はあまりに計画的だった」
「誰かが、空賊に情報を流してる……?」
「ええ。その“誰か”が、ワルマール商会だと考えているの」
「じゃあワルマール商会が空賊と手を組んで?」
「いいえ。おそらく、空賊と“組んで”いるわけじゃないと思ってるわ」
セリナ大使は目を細め、冷ややかな声で続けた。
「空賊は、ワルマール商会の手のひらで踊らされているだけよ」
彼女の推理は、こうだ。
・ワルマール商会が、空賊に“大商会の商隊ルート”を流す。
・そして空賊が商隊を襲撃する。
・同時に、偽情報をばらまき軍や探索者の目を撹乱。
・空賊には、どんな商品でも高値で買い取ってもらえると噂を流し誘い出す。
・待ち伏せて、空賊を襲撃し、奪った商品を横取り。
・しかも、空賊グループは毎回使い捨て。だから尻尾が掴めない。
「そして今回は――粘り強いマイセン商会を排除するため、空賊を装って“誘拐”という手段に出たのよ。カレンポートの市場を独占するためにね」
セリナ大使の説明を聞き終えたあとも、しばらく言葉が出なかった。
オレの胸の奥で、怒りが熱くこみ上げる。
(人質を盾に……そんな卑怯、絶対に許せない!)
「それで……人質の監禁場所の目処は立ってるんですか?」
オレの問いに、セリナ大使は苦々しげに眉間へシワを寄せた。
「それがまだなのよ。……ただ、おそらくカレンポートからは出てないと思う」
「どうしてです?」
「調査の結果、二人を連れ去ったと思われる、黒塗りのシャトルの目撃情報があったのよ」
そう言って人質の写真を見せる。
「この写真の右端を見て」
その写真には黒塗りのシャトルが映り込んでいた。
「二人はシャトルに連れ込まれた後、そのまま監禁場所に連れて来られてるのよ。他の島に移すなら、わざわざシャトルごと運ぶのは不自然でしょ」
大使は真っ直ぐこちらを見つめた。
「だから、あなたたちに調査協力をお願いしたいの」
「もちろんです。オレたちは、そのために来たんですから」
即答するオレに、セリナ大使は微笑んだ。
「ありがとう。それじゃ、まずは探索者の間で流れている偽情報を調べてほしいの。できれば出所まで」
「監禁場所じゃなくてですか?」
「ほとんど情報が無い状態で、闇雲にカレンポート中を探してる時間がないのよ」
セリナ大使は一拍置き、続ける。
「じつはね、いま軍の作戦が進行中なのよ……」
「軍の作戦ですか?」
「それについては、儂から説明しよう」
マイセンさんが前に出て、口を開いた。
「軍の作戦はこうじゃ。まず、うちの商隊が大量の商品を積んでカレンポートに向かっている――そういう情報をワルマール商会にわざと流す」
「なるほど。ワルマール商会から空賊に、偽情報を流させるんですね?」
「そうじゃ。そして、あえて荷を奪わせる」
「……その場で捕らえないんですか?」
「うむ。空賊を捕まえても、おそらくワルマール商会との繋がりは出てこんじゃろう」
声を落として続ける。
「だからこそ、泳がせる」
空賊がワルマール商会の流す偽情報に騙され、盗品を持って無人島へ行く。襲われた所を軍が纏めて一網打尽にする。
それが今回の作戦だった。
「でも、人質救出より先に作戦が始まったら、二人が危険じゃないですか」
「そうじゃ……」
「それって、遅らせられないんですか?」
「動き出した軍の作戦は、すぐに止まらないのよ。それに今回の作戦指揮は……」
――その時。ドアの外から受付の声が響いた。
「お待ちください! オーナーは会談中です!」
「うるさい、邪魔するぞ!!」
重い声と共に、軍服姿の男が部屋に入ってきた。
胸元には立派な勲章。ひと目で高官だとわかる。
「作戦の進捗を聞きに来たぞ。……ん? 何だそのガキどもは」
軍服姿の男がこちらを睨む。
「今回、人質救出の協力をお願いした探索者の方たちです、少将」
大使が答えると、少将と呼ばれた男は眉をひそめた。
「そんなガキの協力など不要だ。我々軍が動けば十分だ」
「ですが、彼らは――」
セリナ大使が口を開きかけたが、少将は手を振って遮る。
「たかが空賊、物の数ではない。全て軍に任せろ」
「でも、人質救出はどうするんですか?」
その点に一切触れない態度に、思わず声が出た。
少将は冷ややかに言い捨てた。
「人質がいたとしても、空賊を討てば終わりだ。……余計な口出しは無用だ」
「危険です、もっと慎重に――」
食い下がるオレに、少将は鼻で笑う。
「ふん、素人が。そんなことをしていれば機を逃すだけだ」
そして吐き捨てる。
(……人命よりも、空賊の討伐を優先するのか!?)
怒りが胸の奥で膨れ上がる。
反論したかった。だが、少将の強硬な態度に押し切られ――
結局、“作戦の邪魔はするな”と釘を刺される形で会談は終わってしまった。
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