第31話 ルージュ、再び翔ける時

 ――翌朝。

 アストリア市街の広場に設置された大型モニターには、ニュース番組が流れていた。


『速報です。探索者協会の調査の結果、第4ファクトリーが違法な探索者雇用および未成年への拉致未遂を行っていたことが判明しました』


 ざわつく人々。すれ違う生徒たちも足を止め、画面を見上げる。


『これを受け、アヤナさんのご実家であるホシカワ重工と探索者協会は、第4ファクトリーとの即時取引停止と、主要幹部の解任を要求。さらにギアベルグ総督府は、今後すべてのファクトリーへの監査体制を強化すると発表しました』


 画面には、第4ファクトリー幹部が護送される映像が流れ、その中にはガメルンの姿もあった。


 さらに続報として、アストリア飛翔学院が正式にアヤナのスポンサーに付くことも発表される。

 大型モニターに映る学院長とアヤナの笑顔は、とても印象的だった。


 それを見て、オレたちも顔を見合わせる。


「……これでやっと安心できるな」


「ガメルンの野郎、ざまぁみろだ!」


「二人とも、いくよ。今日は学院でアヤナちゃんと待ち合わせでしょ」


「そうだな、行こう」


 ◇◆◇


 ――学院。

 オレたちはアヤナと合流するため、ナタリー先生の部屋を訪ねた。


「クラインさん!」


 部屋に入ると、そこにはプラチナランク探索者であり、オレたちのクランリーダーでもあるクラインさんの姿があった。


「どうしてクラインさんが?」


「事後処理で来たついでに、君たちに話をしておこうと思ってね」


 クラインさんは真剣な顔になり、まずは深く頭を下げた。


「……まずは君たちに謝ろう。第4ファクトリーの尻尾を掴むためとはいえ、君たちを囮にしてしまった」


「えっ……」


「ナタリーにも黙っていたからね。後でこってり絞られたよ」


 苦笑するクラインに、ナタリー先生が冷ややかな視線を送る。


 そして話題はアヤナの機体のことに移った。


「じつは、アヤナ君の機体だが……性能を重視するあまり、かなり無茶な改造をされていた」


「やっぱり……試験飛行で“ルージュ”に乗った時から、おかしいとは思ってました」


 アヤナも、ずっと不安を抱いていたようだ。


「もともと婚約話もアヤナ君の知名度狙いだったらしい。無茶な改造は、成績最優先で安全を軽視した結果だ」


「ガメルンのやつ、許せねえ!」レオンが怒りを露わにする。


 クラインさんは一拍置いて続けた。


「学院とも協議したが、このままあの機体を使わせるわけにはいかない」


「そんな……!」

 アヤナが思わず声を上げる。


「そこでだ。アヤナ君の機体を――グランさんに整備してもらえないかと考えている」


「えっ、工房長に!?」

 オレもマイルも驚きの声を上げる。


「最初は俺がお願いするつもりだったが……彼に頼むなら、君たちの方が適任だろう。どうだ、頼まれてくれるか?」


 アヤナが不安と期待の入り混じった瞳でこちらを見つめる。


「わかりました。工房長にお願いしてみます」


「わたしも!」マイルも力強く頷く。


「ありがとうスカイさん、マイルさん」


 安堵の笑顔を浮かべるアヤナ。


「もちろん、まかせておけ」


「まかせて! アヤナちゃん!」


「それから……“さん”付けは禁止!」


「え、でもこれは口癖っていうか……」


「ダメ!」

(でた、マイルの“絶対許しません”宣言)


「わ、わかったわマイル……ちゃん。スカイ……それからレオンもよろしくね」


「おい、俺様を忘れるな! ノクティ様でもいいんだぞ!」


 ノクティが指輪から飛び出し胸を張る。


「ティーちゃんもよろしくね!」


『ティーちゃんって呼ぶんじゃねぇ!』


 部屋の中に笑い声が広がった。


 ◇◆◇


 ――その後、オレたちはグラン工房に向かうためアストリアを飛びたった。

 アヤナも、危険な改造をすべて取り外した〈ルージュ〉で一緒に飛行している。


「アヤナ、機体は大丈夫か?」

 無線越しに声をかける。


「ええ。出力は落ちましたけど、普通に飛ぶぶんには問題ありません」


「なあ、このままグラン工房に向かうのか?」

 レオンが予定を確認してくる。


「いや、直接向かうと夜遅くなりすぎる。だから今日はギアベルグに泊まって、工房へは明日行くつもりだ」


(テリヤキだぜ!)

 突如ノクティの声が無線に割り込んできて、レオンが「うおっ!」と素っ頓狂な声をあげる。


「ノクティはギアベルグに来ると、絶対テリヤキが食べたいって言うんだよ」


「ティーちゃん、着いたらテリヤキのお店に行こうね」


 マイルが笑顔であやすように言うと、ノクティは満足そうに尻尾を振っている。

 そんなやり取りを聞いて、アヤナがクスクスと笑うのが聞こえた。


 夕日に染まりはじめた空を、三隻の飛翔船は並んで駆け抜けていった。


 ◇◆◇


 昨日の夜はノクティにせがまれ、路地裏にあるテリヤキの店で夕食をとった。

 レオンもアヤナもテリヤキの味が気に入ったらしく、また食べたいと大満足だった。


 ――そして、次の日。

 オレたちはグラン工房に向かう。

 ギアベルグの街を飛び立って三十分ほど進むとグラン工房の大きなガレージが見えてきた。


 いつも通り、ガレージ前にルミナークを停めると工房長に挨拶しに行く。

 工房長はいつもどおり、ガレージ工房裏のガレージで飛翔船の整備をしていた。


「工房長!」


「ん? なんだお前達か。それと後ろのは友達か?」


「はい、学院の友達で、同じクランの仲間です」


「ああそういえば、クラインの奴が言っておったな」


「はい、今はクラインさんのクランに所属しています」


「それで、今日はどうした? 仕事を手伝いに来たわけじゃあるまい」


「じつは……」オレは今回の事件の事を工房長に話した。

 話を聞き終わった工房長はひとこと。


「むかしから、やつは碌なことをせんな」


「工房長も昔ファクトリーにいたんですよね?」


「まあ、昔のことだ」

 工房長は眉間にシワを寄せて言う。


 あまり昔の事には触れたくないようだった。


「で、ワシにその嬢ちゃんの飛翔船の整備を頼みたいと」


「はい、お願いします」

 アヤナが頭を下げる。


「ふん、船を見せてみろ、話はそれからだ」


 そう言うと飛翔船が停めてある駐機場に歩き出す。


 工房長は駐機場に停めてある“ルージュ”に近づくと、黙ったまま手袋を外し、機体の外殻に手を当てた。

 金属の響きを確かめるように軽く叩き、配線を覗き込み、エンジン周りを一通り点検する。


 やがて、鼻で息を鳴らした。


「……なるほどな。こりゃあひでえ。機体の良さがまったく生かされとらん」


「そうですか……」アヤナの肩が小さく震える。恥ずかしさと、どこか悔しさが入り混じった声だった。


 自分の機体をダメ出しされたんだ、とうぜん悔しいだろう。


 工房長はちらりとアヤナを見て、ふっと口角を上げる。


「嬢ちゃんのせいじゃねえ。いじくった奴が無能なんだ。元は筋のいい船だ」


「……本当ですか?」


「嘘をついてどうする。まあワシの手にかかれば最高の船になる」


「じゃあ」

 アヤナが思わず顔を上げる。


「ああ、ワシに任せておけ」


「ありがとうございます!」

 オレたちは顔を見合わせ、一斉にお礼を言う。


「スカイ、お前はエンジンコアの調整だ。腕は鈍っとらんだろうな」


「はい、もちろんです!」


 オレたちは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。

(さすが工房長……やっぱり頼もしいな)


 こうしてアヤナの愛機“ルージュ”を生まれ変わらせる作業がスタートした。

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