第3章 《ギルベルグ探索者協会編》
第13話 新たなる、はばたき
ルミナークが完成した翌朝。
朝日が差し込むガレージで、オレたちはグラン工房長に呼び出されている。
重厚な扉の向こうには、既に整備を終えたルミナークが静かに佇んでいた。
滑らかな白銀の機体に朝の光が反射し、まるで目覚めの時を待っているようだった。
その前で、工房長は腕を組み、じっとオレたちを見据えていた。
「――それで、お前たちはこれから旅に出るつもりか?」
低く、しかしどこか試すような口調だった。
「はい。世界中を巡って、行方不明の両親を探したいんです」
オレが一歩前に出て答えると、隣でマイルも真剣な表情でうなずいた。
「なので、来年十七歳になったら“アストリア飛翔学院”に入学して、“国際ライセンス”を取得するつもりです」
(国外で自由に活動するには国際ライセンスが必要だからな)
そう言い終わるや否や、工房長はふうと煙のようなため息をついた。
「そうか。なら……国際ライセンスを取るまで、こいつ《ルミナーク》の性能は制限させてもらうぞ」
「えっ?」
思わず聞き返してしまった。完成したばかりの船だ。ようやく夢のひとつが叶ったと思った矢先に――なぜ?
「どうしてですか?」
マイルも困惑した声を上げる。工房長は顎に手をやり、少しのあいだルミナークの船体を見つめていた。
「早い話……設計した俺が言うのもなんだが、こいつのスペックは今のお前たちには、マイナスにしかならん」
その声に、少しだけ苦笑が混じっていた。
「機動性能、出力限界、操縦応答……正直、どれもこれも“異常”なんだよ。それが自分の実力だと錯覚しちまうくらいにな。だがな……」
工房長はオレたちに目を向け、真剣なまなざしを向けた。
「“道具が先に行きすぎる”ってのは、必ずどこかで“自分の未熟さ”を誤魔化すようになる。
そのままじゃ、必ずどこかで痛い目を見る。……下手すりゃ、命取りにもなりかねん」
静かに語られる言葉だったけれど、胸の奥にずしりと響いた。
「だから今は、必要最低限の機能だけ残して、あとは封印する。学院でしっかり学び、飛翔士としての技術を身につけて――それからだ。“全力”を解放するのはな」
そう言って、工房長はほんの少し口元をゆるめた。
「安心しろ。育てた船も、お前らも――未完成なまま飛び立たせるつもりはねぇよ」
グラン工房長の言葉に、オレの胸が熱くなる。
オレたちのことを、本当に大切に思ってくれているんだと。
「はい! 必ず、ルミナークにふさわしい飛翔士になります!」
「わたしは、スカイが調子に乗らないように見張っておくね」
「飛翔船の扱いなら俺様に任せとけ! ビシビシ鍛えてやるからな!」
ノクティもやる気をみなぎらせる。
「それと、学院に入学するまでに探索者協会に登録して、いくつか依頼をこなしておけ」
「探索者協会……ですか?」
「ああ。近場を翔ぶだけならこのままでも構わねぇが、世界を旅するつもりなら――武装は必須だ」
「一般の飛翔船に武装を積むには、探索者協会への登録が条件になってるからな」
「わかりました、少しルミナークを翔ばすのに慣れたら行ってみます」
「ああ、そうだ忘れてたこれを貼っておけ。それからガレージは自由に使ってかまわん」
工房長はグラン工房のロゴステッカーを渡すとガレージの中へ入っていった。
◇◆◇
「これで、よしっと」
ルミナークの機体側面に、グラン工房のロゴステッカーをぺたりと貼り付ける。
白銀の外装に、主張し過ぎない堅実さが売りのグラン工房のロゴがよく似合う。
――このマークを背負う以上、もう中途半端な真似はできない。
スカイとしてじゃない。飛翔士としての自分の責任が、今ここに刻まれたような気がした。
コックピットにはオレ、ナビシートにはマイルが着席し、準備は万端。
ノクティはどこだって? もちろんマイルの膝の上だ。
今はマイルに抱えられたヌイグルミ仕様だが、いざというときはルミナークの制御をサポートをしてくれる。
「じゃあ――ルミナークの初フライトだ!」
高揚した掛け声とともに、コックピットのメインモニターが淡く光り出し、文字が次々に浮かび上がる。
『メインシステム 起動完了』
『出力レベル:最大』
『飛翔コア 同調率100%』
『アンカー解除』
『離陸クリア』
『カウントダウン開始』
『3、2、1……リフトオフ』
その瞬間、ルミナークの機体がふわりと宙に浮かび上がった。
「わあっ、スカイ、飛んだよ!」
「よし。まずは機体の様子を見ながら、慣らし運転するよ」
オレたちはそのまま、グラン工房の上空をゆっくりと旋回した。時間にして三十分ほど――けれど、体感では一瞬だった。
今のルミナークは、本来の性能をほとんど封印している。
それでも、封印された出力で翔んでいるとは思えないほど力強く、なめらかに空を滑っていく。まるで、大気すら味方につけているように。
しかもこの船には、物理的なコックピットのカバーすらない。
それでも怖くなかった。風は一切入ってこず、視界はどこまでも澄みきっていた。
それもすべて、“多層バリア”があるからだ。
「この子……すっごく静かね!」
「まったくだ。眠くなってくるぜ……」
「操作感も最高だよ。初めて乗ったのに、ずっと前から一緒に空を翔けてきたような感じがする……!」
一年間の努力が、いまこの空で形になっている。
ただの“船”じゃない。
これは――オレたちの夢そのものだ。
ルミナークは、確かに“オレたちの翼”として、世界へ羽ばたき始めた。
それからもう少し空を楽しみ、オレたちはグラン工房のガレージへと帰還した。
「……で、どうだった? 初めて自分の手で翔んでみた感想は」
工房長の問いに、思わず笑顔がこぼれる。
「ものすごく楽しかったです! 今戻ってきたばかりなのに、もうまた翔びたくてたまらないんです!」
「ははっ、そうかそうか。それが“飛翔船”ってもんだ」
工房長は、はしゃぐオレたちを見て、どこか満足そうに頷いていた。
まるで、自分の若い頃を思い出すかのように――。
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