第9話 飛翔船探しは一筋縄じゃいかない

「わぁ、色々な飛翔船があるね」


「ティーちゃんも見る?」


 ノクティがバックから頭をちょこんと出して、展示された飛翔船を見学している。


「君たちは飛翔船が好きなのかな?」


 店員のお姉さんが、そう言って話しかけてきた。


「はい、オレたち飛翔船を買いに来たんです!」


「あらあら、ご両親と見に来たのかな?」


「いえ、自分たちの飛翔船を買いに来ました!」


 飛翔船を見学していたマインたちが近寄ってくる。


「もしかして二人だけできたの?」


「えっと、三人だけど今は二人です」


 店員さんは「どういうこと?」って顔をしてたけど、とくに気にしていないようだ。


「でもねぇ、飛翔船ってとても高いのよ? とくにここの商品は他に比べてちょっと高いのよ」


 店員さんはオレたちに飛翔船が買えるようなお金を持っているとは思っていないみたいだ。まぁ普通はそう思う。


「あ、村でお金は稼いできたので中古なら買えると思うんです」


 そう言ってオレはゼニーの入った袋を店員さんに見せる。

 店員さんは少し驚いたようだった。


「じゃあ中古商品の倉庫を見てみますか?」


「はい、お願いします! あ、それと紹介状をもらってきたんです」


 オレは行商人のハンスさんからもらった紹介状を手渡す。


「あら、拝見せていただきますね」


 店員のお姉さんは紹介状の裏に書かれた、ハンスさんの署名を見て驚いている。

 ハンスさんって、もしかして有名な人だったのかな?


「あと、グランさんって方はいらっしゃいますか?」


「!?……グラン総工場長ですか……えっと、グランは退社しました……」


「えっ、そうなんですか……。なら、大丈夫です」


「で、では少々お待ちください、すぐに店長を呼んできますので!!」


 そう言うと店員さんは部屋の奥に走って行ってしまった。


「店員さん行っちゃったね……」


「ああ……」


「慌ただしい奴だな」


 ◇◆◇


 しばらくすると、女性店員が一人の男性を連れて戻ってきた。


「どうもどうもぉ〜“お坊ちゃま、お嬢さま"ようこそ我が第4ファクトリーへ〜」


 そう言いながら、ちょび髭の中年男が笑顔で手を揉み、ねばっこく距離を詰めてくる。


「わたくしは当ファクトリーのオナー、ガメルンと申します〜」


「本日は飛翔船をお求めだとお伺いしましたが?」


「は、はい……」


 オレがそう答えると、ガメルンというちょび髭のオーナーは、さらに顔をほころばせて手を揉み続けた。


「いやはやぁ、ハンス様直々のご紹介とあらば、……うちとしても特別に最高級の飛翔船をご案内しませんとねぇ〜」


「え?いや、あの最高級って……」


 ちょっとドキドキする。でも、こっちは中古を見に来たんだけど……。


「ではさっそく、試乗可能な最新鋭モデルをご案内しましょう。あちらの展示室へ……おーい、特等室の準備をしなさい」


「あ、あの……あんまり高級な船は、買えないと思います」


 オレがそう言うと、ガメルンの手の動きがピタリと止まった。


「おや……と、おっしゃいますと?」


「はい。貯めたお金で、中古の飛翔船を……」


 その瞬間、ガメルンの笑顔が少しだけ引きつり、ちょび髭がピクピクと動いた。


「……なるほどぉ〜、中古でございましたかぁ。なるほどなるほど、いやぁ勘違い、わたくしちょっと舞い上がってしまいましてねぇ、ハハハ……」


 そして彼は急に手揉みをやめて、後ろを向きながら小さく舌打ちした(小さくない)。


「では、そちらの、えー……第三倉庫。うちの者が案内しますので……どうぞご勝手に〜」


 声のトーンもがらりと変わって、どこかめんどくさそうな顔で急に用事が入ったと言って立ち去ろうとする。


「さっきと言ってること全然ちがうよね……」と、マイルがひそひそとつぶやく。

 ノクティもバッグの中で「うわ、わかりやっす……」と小さくつぶやく。


 女性の店員さんが、ちょっと引きつった顔で声をかけてくる。


「あ、あのご案内しますね」


 正直、腹が立ったけど――気を取り直して、倉庫の方へ向かおうとした。


「……ああ、それと」と、ガメルンがニヤつきながら言った。


「商品をご覧になるのは構いませんがぁ、“あまりベタベタ触らないようにお願いしますねぇ〜”などと言って今度こそ立ち去っていく」


「…………」


 ◇◆◇


「こちらが第三倉庫になります」


 案内の店員さんに連れられて、大きなシャッターを抜ける。

 倉庫の中は想像していたよりも広く、様々な飛翔船が整然と並べられていた。天井の高い鉄骨の空間には、工具の油の匂いと、古びた金属のかすかな錆の香りが混じっている。


「わぁ、中古だからもっとボロボロかと思ったけど、結構きれいなんだね」


 マイルが声を弾ませる。


「倉庫へ展示する前に、最低限のメンテナンスは施してありますからね」


「あの、自由に見ても大丈夫ですか?」


「ええ、もちろんです。何かあればお気軽にお声がけください」


 そう言って店員さんが一礼すると、オレたちは思い思いに倉庫内の飛翔船を見て回った。


 艶の落ちた機体、塗装が剥がれかけた船、妙に綺麗なパーツだけが浮いた機体……一機一機に歴史があるような雰囲気を感じさせる。


「ねえ、これなんかどうかな? 丸っこくて小さな羽が生えてて可愛いよ♪」


 マイルが指さしたのは、まるでぬいぐるみのような小型飛翔船だった。


「えっと、これは性能があまりにも……」


「ガキのおもちゃかよ!」


 ノクティが小声でツッコミを入れる。


「えー、可愛いのにな……」


 マイルが口をとがらせた。


「これなんかどう? 性能も結構いいし、収納は少ないけど年式もまだ新しいよ」


 オレが見つけた機体を示すと、今度はマイルが首を傾げる。


「うーん、可愛くない……」


「こりゃ、ダメだ! カスタムし過ぎで、いつエンジンが爆発しても驚かんぞ」


 ノクティが鼻を鳴らす。たしかに内部をよく見ると、無理やりカスタムした為かところどころ溶接痕がある。


「なかなか良いの無いね……」


「そうだな……」


 オレとマイルが同時にため息をつく。


「人気の船種や年式の新しいものは、売約済みの物が多くて、どうしても数が少なくなってしまうんです」


 さっきの店員さんが申し訳なさそうに言った。


「新商品であれば、紹介状の件もありますし、多少の優遇はできるかと……」


「わかりました。一度、検討してみます」


 そう答えて、オレたちは倉庫を後にした。


「どうしようか、スカイ?」


「ファクトリーは他にもあるし見て回ろう」


 その後、数件のファクトリーを見て回ったけど、どこも同じ感じだった。


「とりあえず、今日は日も暮れるしホテルに泊まって、明日もう一度探そう」


「うん、焦る必要もないしね。美味しいもの食べてゆっくりしよ♪」


「美味いものか楽しみだぜ!」


「ノクティもずっとカバンの中で窮屈だっただろ」


「ずっとスターリングの中にいたんだ、このくらいどうって事ないぜ」


「よし、じゃあホテルだけ決めたら、美味しいご飯食べに行こう!」


 ――オレたちは急いでホテルを決めると、早速ご飯を食べに街へ繰り出した。


「わぁ、いっぱいお店があるね!」


「色んなところから良い匂いがするぜ!」


 目の前に広がっていたのは、石畳の通りに軒を連ねる食堂街。

 ネオンのように明かりが瞬く看板や、道端にまでせり出した屋台から立ちのぼる湯気、香辛料の混ざったスパイシーな香り、焼きたてのパンの甘い匂い、香ばしい油の音……。どこを見ても、どこを嗅いでも、お腹が鳴りそうだ。


「もう、どこにしよう! 目移りしちゃうね!」


 マイルが目を輝かせながら、あっちこっちの店先を覗き込んでいる。


「ここ、鳥の丸焼きしてる! あっちは魚のグリルかな?」


「お、この店はスープが美味いらしいぜ。肉たっぷりでうまそうだ……!」


 街はまだ夕暮れ時だというのに人通りは多く、賑やかな音楽と笑い声が通りに溢れていた。空に浮かぶ広告艇宣伝用の小型艇が、「本日限定の特製ミートパイ、残りわずか!」と叫び飛んでいく。


「うーん……どうしよう、どれにしよう……」


 マイルがキョロキョロと周りを見て悩んでいると、ふと角を曲がった先から、ふわっと甘辛いタレの香りが漂ってきた。


「……ん? 今の匂い……」


「……お! これ絶対当たりだぜ!」


 オレたちは顔を見合わせて、吸い寄せられるように路地の先へと歩き出した。


 そして、見つけたのは――控えめな看板と木の扉が目印の、ちょっと古びた小さな食堂。

 中からは店主であろう陽気な声と、お客の笑い声が聞こえてくる。


「雰囲気もいい感じ……ここ、入ってみようか」


「うん!」


 オレたちは胸を高鳴らせ、その店の扉をそっと開けた――。

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