第7話 新たな力『クラスチェンジ』

 オレたちはファクトリーのある都市ギアベルグ行きの船に乗船するため、スミカ村の空港に来ている。


「わくわくするね、スカイ!」


「ああ。やっと……やっとオレたちの飛翔船が買えるんだな!」


「楽しみ! ティーちゃんも楽しみだね♪」


 ノクティは“ペット”という扱いで、現在はマイルのカバンの中に入っている。顔だけちょこんと出して、抱えられている状態だ。

 ペット扱いが嫌なら指輪の中にいればいいのに、と言ったんだけど――。


「そんなのつまんねぇだろ! 外の空気を感じたいんだよ!」


 と、駄々をこねた結果、今の状態になったのだった。


「まもなく〈ギアベルグ〉行きの船が到着します。ご乗船される方は、二番デッキまでお越しください」


 ギアベルグ行きの定期船には、オレたちを含めて十五人ほどの乗客がいた。

 席は半分ほど埋まっていて、親子連れや若いカップル、探索者風の人たちなど、さまざまな人が乗り込んでいる。


「お客様、まもなく離陸いたします。座席をお立ちにならないようお願いいたします。それでは、快適な空の旅をお楽しみください」


 オレたちは一番前の窓際の席に座って、景色がよく見える場所を陣取った。


「わぁー、すごいね……見渡すかぎりの雲海!」


 マイルが窓にぺたりと張りついて、目を輝かせている。


「ギアベルグまで、どのくらいかかるの?」


「途中、他の空港にも立ち寄るし……たぶん三時間くらいじゃないかな?」


 オレは膝に広げた飛翔船マガジンをめくりながら答えた。


「ねえねえ、どんな飛翔船にするつもり?」


「そうだな……まずは二人乗りで、船内に大きな収納スペースもあった方がいいな。あとは――カスタマイズしやすい機体が理想かな」


「じゃあ! 色はわたしに決めさせてっ!」


「ああ、もちろん。性能面とか機能面は……ノクティ、アドバイス頼める?」


「おう、任せとけ!」


 カバンの中から顔を出したノクティが、自信満々に胸を張る。


 ◇◆◇


 スミカ村を出発しておよそ一時間。

 最初は興奮していた空の旅にも、次第に慣れ、愛読書の月間飛翔船マガジンを読んだり、マイルが持参したおやつをぽりぽりと食べて寛いでいる。


「うーん、この新型船いいな」


「あ、これ美味しい! リピ決定かな」


 和やかな時間――。

 そんな空気を破るように、船内スピーカーから緊急アナウンスが流れた。


「――乗客の皆様にご連絡いたします。ただいま、航路上にて戦闘行為を確認しました」


 ざわっ、と客席がざわめいた。誰かが息を呑む音が聞こえた。


「そのため、安全確保のため、航路を一時変更いたします。目的地到着が遅れる見込みです」


「恐れ入りますが、ご理解のほどお願いいたします」


 ブツンとスピーカーの切れる音がして、船内の空気が重くなる。

 窓の外にはまだ平和な雲の海が広がっていて、それが嘘のように思えた。


「……戦闘って、誰と誰がだろ?」


「深雲獣かも……いや、それとも空賊?」


 マイルの声がほんの少し震えていた。

 オレも手にした雑誌を閉じ、思わず窓の外を見つめる。


「まさか、巻き込まれたりしないよね……?」


 ノクティが珍しく黙っていたので、不安になって聞いてみる。


「ノクティどうかしたのか?」


「ああ、近くに前村へ来た例の女がいるな」


「例の女ってレイナ艦長のことか?」


「ああ、そうだ。おそらく深雲獣と交戦でもしてんじゃないか?」


 村で艦長と話した時、深雲獣を調査していると言っていたのを思い出した。

 

 遠くてよく見えないけど、確かに斜め前方に光の帯が幾本も見える。

 その光景を横目に定期船は航路を外れていく。

 光の帯が見えなくなり乗客も落ち着いてきた頃それは起きた。


 ――突如、船体が揺れる。


 ガガンッ!


「きゃぁぁぁっ!」


 乗客の悲鳴とともに、船が大きく傾く。

 窓の外、黒く長い尾のようなものが一瞬見えた。


「な、なに……今の!」


 マイルの指差す先、雲の裂け目から巨大な影が現れた。


「ノクティ……今のって」


「ああ、間違いねぇ。深雲獣だ!」


 ――その直後、船体に衝撃が走る。


 ビキィッ……ガシャーン!


 客席のガラスが割れ、照明の一部が消えた。

 天井から警報音が鳴り響き、赤いランプが激しく点滅する。


「ただいまより非常警戒モードに入ります! 乗客の皆様はシートベルトを締め、緊急着座体勢を――」


 アナウンスが途中で途切れた。

 制御系が損傷を受けている……!


「スカイ、このままだとこの船、もたんぞ」

「くっ……!」


 そのとき、上空から光の閃光が走った。

 次の瞬間、雲を裂いて現れたのは――赤い飛翔艦〈ルヴィナス〉。


 雷光のように走る艦首砲が、深雲獣の胴体を撃ち抜く。

 咆哮とともに、獣は身をよじり、深雲海へと落ちていった。


 乗客から安堵の声が漏れる。だが……。


「船が……落ちてるぞ……!?」


 誰かの叫びに、オレも窓の外を見る。

 船は高度を維持できず、わずかに傾きながら降下を始めていた。


「メインエンジンが損傷しているのか!」


「ノクティ、わかるの?!」


「ああ、今この船の状況を調べてみたが、メインエンジンは完全停止、補助エンジンのみで航行しているようだな。船体が損傷したせいもあって出力が足りていない」


「まずいな」


 その時、船の係員の女性がオレの名前を呼ぶ。


「ハイノ村のスカイ様、いらっしゃいますか?」


 オレが名乗り出ると、船長が至急お話したいので、コックピットまで来てくれと言われた。

 なぜオレが? 疑問に思いつつコックピットへ入ると、船長が言った。


「ルビナスの艦長から、あなたを呼んでくるよう指示を受けました」


 コンソールの通信スピーカーから、レイナ艦長の声が響く。


『スカイ君、また会ったな。スピーカー越しではあるが』


『時間もないので単刀直入に言おう。君にしかできない――“通常ではない方の力”を、貸してほしい』


 その言葉で、指輪の力を指しているのだとすぐに分かった。


『現在、君の乗っている定期船はメインエンジンが故障して、補助動力で飛行中だ。だが、その補助動力だけでは航行が難しい状況にある』


『このままでは、深雲海に墜落するのも時間の問題だ』


『そこで、こちらの〈ルビナス〉でそちらの船を曳航する』


『しかし、問題がある。そちらの船の航行が不安定なため、アームの強度が持たない可能性が高い』


『だから――君の能力で、船の航行を安定させてほしい』


「ええと、オレにできるでしょうか……?」


『ああ、ノクティ君に手伝ってもらえば問題ないはずだ。詳細は、ミスティがノクティ君を通じて指示する』


 オレにしかできない。そう言われたら、やるしかなかった。


「……わかりました。やってみます!」


『ありがとう。では、船尾の補助動力室へ向かってくれ。そこから指示を出す』


『それから船長。これは軍の機密に関わる事だ。ノクティ君以外の入室はご遠慮願いたい』


「了解いたしました。ですが……本当にこの子一人で大丈夫なのですか?」


『ああ、私が保証する。心配するな』


 オレは急いで、船尾の補助動力室へと走った。

 動力装置は稼働していたが、出力が不安定で、エネルギーの流れが乱れていた。

 補助動力室に入ると、ノクティに出てもらう。


「ノクティ、これからどうすればいいんだ?」


「ああ。ミスティの奴から指示が来てるぜ」


「今からお前に、ミスティから送られてきたデータを使って、機巧師にクラスチェンジしてもらう」


「それって……機巧師の力を使えるようになるって事だよね?」


「ああ、そういうことだ」

 

「本来は、クラスに就いただけじゃ能力には限界がある。だが、今回は俺様がサポート強化してやる。エネルギー効率は悪いが、“お前のスタークリスタルのクラスなら"力押しでいけるだろう」


「オレの……スタークリスタルなら?」


「その説明は後回しだ。時間がねぇ。始めるぞ!」


『クラスチェンジ:機巧師』

 ノクティの周囲に青い粒子が発生したかと思うと、それがオレの星石――スタークリスタルに吸い込まれていく。


 <<……機巧師のデータを確認。クラスデータのインストールを開始>>


 <<……完了。機巧師へのクラスチェンジを実行>>


 その瞬間、頭の中に機巧師の知識が流れ込んできた。


 <<……機巧師へのクラスチェンジを完了>>


「――これが機巧師の能力」


「出力安定の制御はオレがやってやる。さぁ、やるぞ!」


 オレは胸の星石を左手で握り、右手で動力装置に触れると意識を集中する。


 スタークリスタルが青白く光を放ち、動力装置が輝き出し部屋全体が一瞬蒼く染まる。

 その輝きがパルスのように装置へと収束し、金属の管が共鳴して振動しはじめた。


 キィィィィン……!


「スカイ、今だ! 出力を固定しろ!」


『――よし、行けぇっ!』オレはさらに意識を集中する。


 叫ぶと同時に、補助動力装置が雄叫びのような音を上げる。

 補助動力装置が安定した推進音へと変わっり、定期船が浮力を得る。


「緊急降下制御、復旧。推進力回復――安全高度を維持」


 補助動力室に機械音が流れる。


「ふぅ……これで良いんだよな?」


「ああ、上出来だ」


 クラスチェンジも、機巧師クラスも、全部が初めてで正直不安だった。

 でも……何とかやり遂げられて本当によかった。


 ――ブォォォン、ゴウン……ガンコンッ!


 定期船の船体が、ルビナスのアームによって固定される音が響いた。


『定期船にご乗船のみなさま。こちらリヴェリア第三艦隊旗艦〈ルビナス〉。これより貴船を空港まで安全に曳航させていただきます』


「やった……助かったぞ!」


「お母さん大丈夫なの?」


「ええもう大丈夫よ」


 そして、客席から次々と歓声と拍手が巻き起こった。


 ◇◆◇


 補助動力室を出たオレを、マイルが満面の笑みで出迎えてくれた。


「スカイ……すごいよ、やったね……!」


「ああ……ほんとにできるか不安だったけど……よかったよ……」


「俺様がサポートしてんだから当然だな!」


 報告のために再びコックピットへ戻ると、クルーたちが口々に感謝を伝えてくれた。

 スピーカーから聞こえる、レイナ艦長の声。


『君ならできると思っていた。さすがだスカイ。おかげで無事任務を完了できそうだ。詳細は後ほど、直接話そう』


 その声は、ほんの少し誇らしげだった。


 乗客たちから何度も感謝の言葉をかけられた。少し照れくさいけど、それ以上に――みんなを助けられたことを素直に嬉しく思った。


 ――そして、飛翔船は無事に〈ギアベルグ〉の空港に到着する。


 タラップを降りる。

 そこには、金色の髪をなびかせて立つレイナ艦長が、オレたちを出迎えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る