第40話 噓と幼馴染 3

適当に炒め物でも作るか。

具材の下拵えに取り掛かったところで、リビングのソファに放っておいた携帯端末が鳴った。

誰だ?

手を洗ってから端末を取りに向かい、画面に表示された着信元を見て慌てて画面の通話ボタンを押す。


「理央!」

『やあ、健太郎』

「どうした?」


何かあったのか?

緊張する俺に『今、大丈夫か?』と理央は確認する。


「平気だ、それで?」

『君から預かったアルバムに関して、気になった点を伝えようと思ってね、連絡させてもらった』

「おお、そうか、早いな」

『僕も足掻くと言っただろう』


理央。

本当に頼もしい、有難う。


『それで、可能であればアルバムを見ながら説明したいんだが、これから会えるだろうか?』

「分かった」


とはいえ、俺の家には呼べない。

少なくとも今は無理だ、あの時の二の舞になる可能性がある。


「理央、俺の家から少し離れた場所にデカい木のある公園があるんだ、そこで待ち合わせないか?」


間を置いて、理央は『了解した』と答える。

まだ軽くトラウマだ、理央だってループが終わらない限りはここへ来たくないだろう。


理央はこれから家の車で公園に向かうらしい。

俺は自転車で行こう。

作りかけの材料をササッと片付け、エプロンを外し、一応着替える。

持っていくのは財布と携帯、鍵だけでいいか。

薫が晩飯を作りに来るまでに戻れそうもないな、後で連絡を入れよう。

まあ、家の鍵を預けてあるから、勝手に上がってくれても構わない。


外はすっかり陽が暮れている。

自転車は車庫だ。


「ケンちゃん」


庭から車庫へ向かう途中、呼びかけられてハッと振り返った。


「どこに行くの?」


薫、もう来たのか。

家の門の向こうからじっと俺を見ている。

言い訳の内容を考えてなかった、なんて説明しよう。


「あ、ええと、呼び出されてさ」

「誰に?」


仕方なく進路を薫の方へ変えて、向かいながら適当に男友達の名前を口にする。


「なんか相談したいらしい、俺もよく分かんねえんだけど、明日じゃダメだって」

「相談?」

「多分彼女のことじゃないか、ほら、あいつ最近付き合い始めたから」

「知らない」

「そっか、うんまあ、そうなんだよ」


奴に彼女ができたこと自体は嘘じゃない。

誤魔化して話しながら手汗が酷い。

薫は見抜くだろうか?

でも本当のことを言えばきっと詳しく訊かれる。

そこで下手を打って、また理央に被害が及ぶことだけは絶対に避けたい。


「嘘吐き」


その一言を聞くと同時に体がビクリと震えた。

薫は悲しげに表情を歪める。


「やっぱり嘘なんだ」


しまった、咄嗟に狼狽えたせいで。

慌てて「違うんだ!」と薫に駆け寄る。


「そ、その、本当にやましいことなんて何もッ」

「それくらい分かるよ、ケンちゃんのことなら何だって」

「薫」

「でも、それならどうして嘘を吐くの?」


それは。


「酷いよ」


暗がりに掠れた声が響く。


「そうやって君は、一人でどんどん遠くへ行っちゃうんだ」

「え?」

「私を置き去りにして、約束だって忘れて」


何のことだ。

俺はお前を置いてどこにも行かないぞ。


「嘘吐き」


不意に薫が向けてくる手に握られたナイフの刃がギラリと光る。

―――ここでタイムリミットなのか。


「私には君しかいないのに」

「待て、薫」

「ズルいよ」

「話を聞け」

「嘘吐き」

「だったら教えてくれ、約束ってなんだ? 俺はお前と何を約束したんだ!」


「それは」と言いかけて、薫は感情が込み上げたように目から涙をポロポロこぼす。


「君がくれた魔法だよ」

「魔法?」

「でもいいんだ、ケンちゃんと私はずっと一緒、だって約束してくれたから」


言いながらナイフを振り上げ襲い掛かってくる!

まだ死ねるか!

最悪殺されても、今度こそ約束の内容を聞きだしてやる!


「くッ!」


初撃を避けた直後、その勢いのまま薫は自分の腕を切り裂く!


「か、薫ッ!?」


何やってんだ!

咄嗟に腕を伸ばした俺の腹に、ナイフがぶっすり突き刺さった。

うッ、うぐッ! なんでッ!


「ぐううッ」


腹とナイフを押さえながら二、三歩後退り、急に力が抜けて座り込む。


「薫ッ」

「ごめんねケンちゃん」

「け、怪我ッ、お前、なんでッ」


薫は辛そうにしゃがんで、俺の腹からナイフを引き抜く。

ぐうッ、う、う、血が、どんどん出る。

けど薫の腕も血塗れだ。

バカ、何やってる、どうして自分を。


「だけど、これでずっと一緒だよ」

「な、なに、するつもりだ、やめッ」

「ケンちゃんは私に嘘なんて吐かないよね?」

「かおるぅッ」

「だから、こうするの」


狭まる視野と胡乱な意識の中で、鈍い音を聞いた。

薫が―――自分の喉にナイフを突き立てている。

ああ、あああっ、あああああっ!

うそだろ?

どうして、なんでだ薫、なんで!


視界が真っ赤に染まって―――唐突に記憶が蘇った。


そうだ。

あの頃、薫はいつも泣いていた。

だから俺は、あの大きな木のある公園まで連れていって慰めたんだ。

約束をした。

公園を、今と同じくらい真っ赤な夕日が染め上げていた。


崩れ落ちる薫を必死に抱きとめる。

お前まで死ぬなんて。

焼死した時、あの火事の時もやっぱり死んだのか?

いや、それ以外だって、俺を殺して、お前はいつも。


ごめん。

全部俺のせいだ。

約束を忘れたから、薄情な奴だ、嘘吐きなんて詰られて当然の。


次。

次こそ、絶対に。


誰も、俺も死なずに、このループを終わらせる。

待っていてくれ薫。

理央も、見守ってくれ。


―――必ず約束を果たす。

俺は、王子だか、ら。

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