第37話 追憶と幼馴染 4

「でも、ケンちゃんはいいパパになりそう」


パパ? パパねえ。

薫の言葉を反芻する脳内に、理央の姿が浮かぶ。

うっ! いやでも、あいつは男だし。

物理的に無理だ、それ以前に俺達の間には法の壁が立ちはだかっている。

婚姻の地点で今の日本じゃどうにもならない。


「昔からね、憧れなんだ」

「何が?」

「君がだよ、ケンちゃん」


振り返った薫は、じっと俺を見詰める。


「逞しくて、頼もしくて、いつも前向きで格好いい」

「おいおい薫、それは流石に褒め過ぎだろ」


悪い気はしないけどな。

薫はクスクス笑う。


「昔から君は強いよね、私はいつも守られてばっかり」

「そんなの気にするなって、俺達幼馴染だろ」

「うん」


それに薫だって強いじゃないか。

逆境を実力で跳ね除けて黙らせた、俺には到底真似できない。

ただ傍で見ていただけだ。


でも―――それでも俺は何かを見落としていて、そのせいで薫に殺される。

今もお前の本音を見極められない。

だから嘘吐きなんて詰られるんだ、約束を忘れちまったから。

どうして思い出せないんだろう。


「ねえ、ケンちゃん」


子供たちはそれぞれ親に連れられ帰っていった。

さっきまであんなに賑やかだったのに、今の公園は何だかガランとしている。

ふと風が通り過ぎた。

もうすぐ日暮れだな、景色も少しずつ翳り始めた。


「今日、楽しかったね」

「ああ」


満足したなら何よりだ。

しかしまだ俺は目的を果たせていない。

改めて、ここからどうやって話を切り出そうか。


不意に薫はベンチから立ち上がって歩き出した。

俺も後をついていく。


向かう先に、この公園のシンボルでもある大きな木が聳え立つ。


樹木に詳しくないからよく分からないが、聞いた話だと樫か椎らしい。

常緑樹の幹も枝も太い立派な木だ。

昔、この木のかなり上の方まで登って降りられなくなったことがある。

根元で泣きじゃくる薫を見て周りも気付き、最終的にはレスキューまで出動する大騒動に発展した。

俺は怖くても不安でも、親に叱られた時もずっと我慢していたけれど、目を腫らした薫に抱きつかれ心配されて泣いたんだ。

情けなかった―――だって俺は、いつも薫を守る立場だったから。


俺に背を向けたまま足を止めた薫の、長い髪が風に揺れる。


「ねえ、ケンちゃん」

「なんだ?」

「今日って、私とお別れするために誘ってくれたんでしょう?」


振り返った薫の手には何かが握られている。

―――ナイフだ。


「ケンちゃん」


ああ、またか。

タイムリミットだ、間に合わなかった。

しかし今回は早いな、初日と一週間後のデッドラインは絶対じゃないのか。

他に何か条件があるのかもしれない。

理央に話して共有しないと。


「ここに来ても、やっぱり思い出さないんだね」

「えっ」

「もういいよ」

「薫」


薫の目に浮かんだ涙が溢れて落ちる。


「嘘吐き」

「違う、俺はお前に嘘なんか吐かない」

「約束してくれたのに」

「だから約束ってなんだよ、教えてくれ薫、頼む!」

「どうしてそんなこと言うの?」

「分からないんだ!」

「君の方が分からないよ、ケンちゃん、私もう何も分からないッ」


そう言って泣く薫の姿が―――瞬間、何かの記憶と重なった。

なんだ?

いや、待て。

覚えがある、この場所、この光景、いつか見た。

―――いつだ?

思い出せそうで出てこない、クソ、思い出せ! 今しかないんだぞ!

覚えがあるんだ、これは明確なヒントだ。

薫はあの時も泣いていた。

俺は泣き止んで欲しくて、いや、違う、そうじゃない。

あの時。

俺は、薫に―――


「ッぐ! うぅッ」


記憶を手繰るのに夢中で反応できなかった。

飛び込んできた薫の持つナイフが胸に深々と突き刺さる。

今度、こそ、時間切れ、だ。

間に合わなかっ、た。


「ケンちゃん」

「か、おる」

「嘘吐き」


ループを。

終わらせるんだ、次こそ。


「ごめん」


震える手で髪を撫でると、薫は目を大きく見開く。


「ごめんな、薫」

「ケン、ちゃ」

「俺が、悪かった」

「そんな、嘘、どうして」

「嘘なんか吐かないって、俺、おまえのこと、だいじだから、ほんとうに」

「ケンちゃん」

「だから、ごめん」

「ケンちゃん!」


叫んで薫は真っ青な顔で縋りついてくる。

もう、足に力が入らない。

目の前が暗い、痛い、ああ、薫。


「いやぁッ! ケンちゃんッ、ケンちゃんッ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「かお、る」

「死なないで、ダメッ、ダメぇッ!」


は、ははッ、刺しといてそれは無いだろ。

意識が遠のく。

理央にもまた心配掛けちまう、上手くいかないもんだな。


だけど次は。

次こそは。

待ってろ、薫。


「ケンちゃん!」


もう少しだけ、あと少し、付き合ってくれ、理央。

―――泣くなよ、薫。

昔からさ、俺、お前の泣き顔が一番苦手、なん、だ。

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