第33話 拒絶と幼馴染 3

「驚かないんだね」


どうして? と薫は首を傾げる。

その仕草があまりに普段通りで異様な気配に呑まれそうになる。


「どうしてだろうな」


答えながら床に倒れている姿を確認した。

虹川、清野、愛原。

霜月、杉本。

星野、朝稲。

誰一人ピクリとも動かない。

青ざめた虚ろな表情は絶望の色に染まっている。


「酷いことするな」


呟くと、間を置いて「誰のせい?」と返ってくる。


「俺か?」

「そうだよ」


だったら聞かせてもらおうか。

こんな事をする理由を。


「薫、なんで殺した」

「ケンちゃんが嘘吐きだから」

「俺はお前に嘘なんか吐いた覚えはない」


「そっか」と薫は笑う。


「やっぱり覚えてないんだね」

「何が」

「約束したんだよ?」

「ああ」


薫はわずかに目を見開く。

だが俺の表情を確認すると、瞳を胡乱に澱ませた。

俺は覚えていない。

約束が何なのかも分からない。


「どうして?」

「何が」

「だって、ズルい」

「具体的に話せよ」

「私だってここまでするつもりはなかった、でも」


周りを見渡し、薫は言う。


「ケンちゃんは、女の子なら誰にだって優しいでしょ?」

「まあな」

「女の子が好きなんだよね」

「ああ」

「そっか」


不意に理央の姿が頭をよぎる。

あいつだけは特別だ。

多分、性別とかとっくに超越して、俺は『天ヶ瀬 理央』に惚れているんだ。


「そうだよね、ケンちゃん、男の子だもんね」


薫は何が言いたいんだ。

内心首を傾げながら出方を伺う。


「この子達もね、ケンちゃんが好きなんだよ」

「知ってる」

「ねえ、誰かとキスとかした?」

「し、してねーよっ」


キスどころか、そもそも俺は童貞だ。

いずれ、とは思っているが―――その相手は、今はもう心に決めている。


「そう」


でも、と薫は続ける。


「噂、されてたんだよ」

「は?」

「この子達とケンちゃんが特別な関係だって、望は違うって言ってたけど、でも望もケンちゃんが好きだったから」


「分からないよね?」そう言って薫は笑う。


「いつか噂が本当になるかもしれない、だってケンちゃんは男の子で、女の子が好きで、ちょっとエッチだから」

「え、エッチなのは勘弁しろよ」

「ベッドのマットレスの下に何があるか、知ってるんだから」

「だからそれは言うなって!」


しかし噂か、初耳だ。

俺がこの子達とそういう関係だなんて、もしや僻みか? 全員屈指の美少女だもんな、妬みであらぬ噂を立てられた可能性は大いにある。

その噂を薫は真に受けたのか。

だけどどうして皆を殺す? 俺を殺すんだ?


「私もね、まだだよ」


薫はふっと窓の外へ目を向ける。


「だって約束したから」


それは―――俺と、か?


「でも、現実は物語みたいにいかないんだね」

「薫」

「君はいつか誰かの手を取る、だって、君は王子様だから」


王子。

ふと何かの記憶が蘇りそうな気配がした。

知っている単語だ、王子、そういえば俺は理央を死なせて王子失格だって。

あの時、何でそんなことを思った?


「そんなの嫌だよ」


薫の目に涙が溢れて零れ落ちる。


「約束したのに」

「薫」

「どうして覚えていないの?」


俺の方へ向き直り、持っている何かを構えた。

ナイフだ。

―――マズい、時間が無い。


「なあ薫、俺が悪かったから教えてくれ、約束ってなんだ?」

「嘘吐き」

「薫!」

「嘘、嘘、嘘! 君は嘘ばっかり! この子達と本当に何もしてないの?」

「してないって言ってるだろ!」

「でも皆、訊いたら赤くなってたよ? 言葉を濁して、誤魔化そうとしたよ?」

「そんなの知らねえよ、単純に恥ずかしかっただけだろ!」

「分からないよ! だってケンちゃんは女の子が好きなんだから!」

「薫!」

「本当のことも言ってくれない、約束だって忘れちゃった、ケンちゃんは嘘吐きだ!」

「違う、なあ薫教えてくれ、頼むよ!」


ナイフの刃が西日をギラッと反射した。

薫が駆け出す!

話を聞きだす前に死ねるか! 俺も構えて薫の動きを見極める!


「けん、たろう、くん」


えっ?

まだ誰か息があるのか?


気が逸れた直後、俺の脇腹にナイフが深々と突き刺さった。


「ぐあッ」


焼けつくような痛み。

ナイフを握る薫の腕を掴もうとすると、薫はナイフを引き抜いてまた俺を刺す。

何度も、何度も。


「あがッ、ガッ、ぐううッ!」


クソ、失敗した。

肝心なところで油断した、まだ、約束の内容ッ、聞き出せていない、のにッ。


「君は、私を選んでくれない」

「がはッ!」

「嘘吐き、ケンちゃんの嘘吐き」


すまん、理央。

だが次だ、次こそは、このループを終わらせてみせる。


お前との約束も必ず思い出すからな。

だから薫。

―――待ってい、ろ。

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