第26話 反転と幼馴染 4
「前から思っていたんだが」
「ん?」
なんだ?
「君は、藤峰君にどういう感情を抱いているんだ?」
「どうって」
「もう少し具体的に訊こうか、君自身が藤峰君と親密な仲になる気はないのか?」
なんだよそれ。
もう十分に親密だぞ、生まれた時から家が隣同士の幼馴染、幼稚園、小学、中学、高校と、俺達はずっと一緒だ。
お互いに知らないことなんて殆ど無いし、遠慮だってしない。
家族同然の付き合いをしている、それがこれ以上?
戦隊ロボ風に超合体でもしろってことか?
「うーん」
だが、俺は忘れてしまった約束が原因で薫に殺され続けているし、そういう意味で今は若干の距離があることは認める。
「君は、藤峰君を恋愛対象として見たことはないのか?」
理央の思いがけない言葉に心底驚いてまじまじと見つめ返した。
薫と?
俺が、恋人同士?
「いや、それはない、無理だ」
「どうして?」
「どうしてって」
敢えて説明の要ることか?
まあでも、考え方は人それぞれだよな。
「とにかく無理なんだよ、少なくとも俺にとっては」
こういう話を理央にするのは若干躊躇われる。
居たたまれず頭をガリガリと掻いた。
「ケンちゃん」
不意に呼ばれて、撮影が終わったらしい薫と清野がいつの間にか俺達の背後にいる。
「ほら見て健太郎、すっごい盛れたよ!」
「おお、どれどれ」
清野が差し出した写真を覗き込む。
確かに可愛くデコってあるが―――それ以上にデカデカと書き込まれた『勝利!』の二文字のインパクトよ。
「お、おお」
「健太郎も天ヶ瀬と撮ったら?」
「えッ」
清野、ナイスアシスト!
「それでさ、私達の真似して、でっかく『敗北』って書き込むといいよ」
「は?」
「もしくは『負け犬』でもいいかもね!」
この野郎。
ケラケラと笑う清野を軽く睨むが、実際敗北者の俺は涙を呑んで溜息を吐く。
そんな屈辱的な写真を理央との初めてにしたくない。
「ほら、撮ってきなよ!」
「ぜぇーッたいに、嫌だ!」
必死な俺に薫まで笑い出した。
理央はまた微妙な表情だな、お前もそんな写真撮りたくないだろう。
「それじゃ、そろそろ帰ろっか、今日は楽しかったね」
「お前と薫はな」
「えっと、ケンちゃんと天ヶ瀬君は楽しくなかった?」
理央が即座に「そんなことはないよ」と薫に微笑みかけつつ、俺には軽く蹴りを入れる。
ううッ、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
「も、勿論俺も楽しかったさ! ハハッ!」
「そうだろう、そうだろうとも、たとえ敗北者だったとしても、うんうん」
「清野、お前はちょっと黙ってろ」
四人で騒ぎつつスポッチョを出ると、外にまた理央の迎えの車が停まっていた。
そこで理央と別れて、俺達は直通バスで待ち合わせたバス停まで戻る。
勝負はコテンパンに負かされちまったが、試合には実質勝ったよな。
薫と清野はすっかり打ち解けてくれた。
虹川同様に今後もっと仲良くなっていくだろう。
成果としては十分だ。
―――でも、次は絶対に勝つからな。
バス停で清野とも別れて、薫と二人で家路を辿る。
もうすっかり夕方だ。
視界に差し込む西日が眩しい。
「ケンちゃん、今日、楽しかったね」
「ああ」
「だけど一度くらいはケンちゃんと一緒のチームで遊びたかったな」
「じゃあ次はそうしよう」
「やった! また皆で出掛けようね?」
「おう!」
薫、ご機嫌だな。
歩く足取りも浮かれてる、俺までつられそうだ。
それにしても、理央はどうしてあんなことを訊いたんだろう。
俺にとって薫は恋愛対象には決してならない。
理由は分かり切っているが、理央は違うんだろうか。
俺達にそういう可能性を感じた? まさかな。
まあ、昔からこの手の質問はよくされたし、今更と言えば今更ではあるが。
「ねえ、ケンちゃん」
風が吹いて薫の長い髪がサラサラと揺れる。
ぱっちりした目元に柔らかな曲線を描く鼻筋、ふっくらした唇と、艶があって滑らかな肌。
確かにこうして見ると改めてとんでもなく可愛い。
昔から自慢の幼馴染だ。
「私ね、ケンちゃんと皆が仲良くしているの、ずっと羨ましかったんだ」
「えっ」
薫?
「でも、やっぱりケンちゃんの友達だね、美希ちゃんもリンちゃんも、こんな私を受け入れてくれた」
「そりゃそうだろ、薫は超絶可愛いからな」
「もう、ケンちゃんったら」
「それに優しくていい奴だ、お前のことを誰だって好きになる」
俺の掛け値なしの本音だ。
だから何度殺されても薫を恨めない、憎めない。
それに原因は俺にある、俺が薄情者だから、薫を泣かせる酷い奴だから。
「有難う、ケンちゃん」
な、なんだよ。
急に礼なんか言われるとちょっと恥ずかしい。
照れ隠しに笑って「おう」と返す。
「ねえ、あのね」
「ん?」
何か言いかけた薫は、けれど「なんでもない」と首を振って微笑む。
そういえば、昔は泣いてばかりだったな。
―――もっと笑って欲しい。
薫は笑顔が一番可愛いんだ。
だから俺が守る、誰にもお前を傷つけさせない。
藤峰の家の前で薫と手を振り分かれて、俺も自宅に帰る。
晩飯を適当に済ませ、風呂に入り、流石に疲れたからさっさと寝ちまうことにした。
ベッドでうつらうつらしていると、枕元で携帯端末がメッセージの着信を伝える。
理央からだ。
内容は今日のねぎらいの言葉と、最後に『楽しかった』って。
へへッ、そっか。
俺達の仲も多少は進展したかな、そうであって欲しい。
俺からも理央に礼と、締めくくりに『おやすみ』
すぐ既読の表示がつく。
この画面を理央も今見ているのか。
いつも有難う。
明日からまたよろしく、頼りにしてる。
―――そして、翌朝。
携帯端末のアラームを切り、ベッドからのそのそと這い出た。
うえぇ、昨日張り切り過ぎたせいで体中ギシギシいってる、筋肉痛だ。
今の時間は、と。
薫が迎えに来るより早いな、取り敢えず支度を済ませちまうか。
一階へ降りて、顔を洗い髭も剃る。
制服に着替えると、ジャケットだけ着ないでエプロンを着けた。
朝飯作ろう。
目玉焼きを焼いている最中、玄関から来客を告げるチャイムが鳴り響く。
「はいはーい」
火を止め玄関へ向かう。
モニターで確認しなくても、これは薫だ。
今日はいつもより少し遅いな?
「はーい」
ドアを開けると同時に薫にタックルを決められた。
おおっと、何だ、どうした?
って、あれ?
―――腹が、痛い。
「ケンちゃん」
えっ、なんで。
俺の腹。
ナイフが刺さって、血が。
「薫?」
訳が分からない。
どうして急に、だって昨日は、薫は。
「嘘吐き」
膝から崩れ落ちる。
ナイフの刺さった腹を押さえて見上げた薫はポロポロと涙をこぼす。
「ケンちゃんの嘘吐き」
「か、おる」
痛みより困惑が、それ以上に痛みが。
訳が、分から、ない。
痛い。
段々と視界が暗くなっていく。
薫、かおる、どうして。
俺はどこで間違った?
何を失敗した? 分からない。
分からない、分からない、分からない。
どうして。
薫。
ああ、また。
始めからやり直しか。
理央―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます