第10話 困惑と幼馴染 4
薄暗い夜道を歩いている間に、携帯端末の表示が午前零時に切り替わった。
よし、終わったぞ!
大分キツかったが、案外呆気ないものだな。
俺はまだ生きている。
ループは終わった、薫も俺をもう殺さない。
本当によかった。
三度も殺されて、文字通り生きた気がしなかったよな。
あとは、薫に改めて約束について訊かないと。
俺を嘘吐きなんて詰る理由も、でないと薫はまた俺を殺そうとするかもしれない。
しかし思い当たる節がマジで何もないんだよな。
約束か、約束ねえ。
薫があれほど思い詰めるような約束、それを俺は忘れているなんて、我ながら呆れるほどのポンコツぶりだ。
だから薫も俺を殺したのか?
つまり殺されるような内容ってことか、何だよそれ、ますます想像がつかない。
あれ?
家の前に誰かいる。
薫だ。
途端に全身から血の気が引いた。
落ち着け、なに緊張している、だって俺はまだ生きているだろ?
多分、様子を見に来たんだ。
こんな夜中に?
いや、いつまでも帰ってこないから不安で居たたまれなかったんだ、そうに違いない。
薫もはたと俺に気付き、パタパタッと小走りで駆け寄ってくる。
特に変わった様子はない。
―――手にナイフも握っていない。
「ケンちゃん!」
「よ、よう、薫」
「よう、じゃないよ、どこに行ってたの?」
「ちょっとその辺をうろうろと」
「今日は急に学校サボるし、もしかして何かあった? 大丈夫?」
「平気、平気、別に気にするようなことじゃねえって、ハハッ」
普段通りを心掛けているつもりだが、冷や汗が止まらない。
殺されないよな?
ループはもう終わったんだよな?
薫もいつも通り、だからきっと大丈夫だ。
「ケンちゃん」
俺を見上げる薫の目に涙が滲む。
「心配したんだから」
「お、おう」
「ケンちゃんがこのままいなくなっちゃうんじゃないかって」
「俺はどこにも行かねえよ」
「そんなの嫌だよ、ケンちゃんのバカ」
「悪かったって、ごめん、薫」
そうか、不安にさせたのか。
これはもうループの薫じゃない。
だからこの涙も純粋に俺を心配してくれたものだ。
本当にすまない、確かに俺はバカだな。
「連絡しても全然返信くれないし」
「それは本当にごめん」
端末に表示される通知に気付いていたが、時間を確認する以外の操作は一切しなかった。
怖かったんだ。
下手を打って居場所を突き止められるかもしれないとさえ思って、怯えた。
でもそれが裏目に出たんだな。
「ねえ、どこに行ってたの?」
「それはその、色々と」
「もしかして誰かと会ってたの?」
「え?」
薫?
「ケンちゃんの嘘吐き」
ゾワッと全身の毛が逆立つ。
いや、違う。
ループはもう終わっている、今のは単に俺を責めた言葉だ。
実際、今の俺は意図的に言葉を濁して、ある意味で嘘を吐いている。
だからこれまでとは関係ない、薫は俺をもう殺さない、そのはずだ。
「君っていつもそうだよね」
「ま、待てって、なあ薫、それは誤解だ、俺は誰とも」
「私の気持ちも分かってくれない」
「え?」
「何も覚えていない、全部忘れちゃったんだ、そうでしょう?」
「薫」
「だからケンちゃんは嘘吐きだ」
「いや、あの、それは」
約束に関しては本当にすまない、でもどうしても思い出せないんだ。
なあ教えてくれ。
嘘吐きってどういうことなんだ?
俺はお前を傷つけたくない。
お前だけは絶対に泣かせないって昔から決めている、だから教えてくれ、頼む。
「なあ薫、その約束のことなんだけどさ」
「もういいよ」
不意に微笑んだ薫は、自分の背後へ手を回す。
そして何かを勢いよく振り抜いた!
え?
「あ、がッ」
痛いッ!
喉の辺りが、焼け付くように、痛いッ!
「ケンちゃん」
喉を手で押さえてしゃがみ込む。
ヌルヌルする、何だこれ、血?
どうして?
だって日付が変わって、ループも終わったはずだろ?
薫は俺を殺さない。
俺はまだ生きているんだ、それなのに、どうして。
「ごめんねケンちゃん、でも私、もう疲れちゃった」
首の後ろ辺りに衝撃。
痛いッ! 息がッ、でき、ない。
「だって、ケンちゃんは嘘吐きだから」
くるッ、し、いッ。
かおる。
「嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き」
濁った視界がどんどん暗くなっていく。
何度も、何度も、何度も、繰り返し衝撃に貫かれて―――ああ、また死ぬのか。
薫が俺を殺す。
今日一日を生き抜いてもループは終わらない。
結局殺されるんだ。
どうすればいい?
どうすれば、お前は俺を殺さない?
薫。
かお、る。
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