第3話 問答
改札を抜け数十分程度歩き、職場に到着する。
自動ドアが開くと、俺に気づいた男性がこちらに近づいてくる。
「おい澪、昨日いつの間に帰ったんだよ。荷物も置きっぱなしで」
「すみません
タブレットを手にした伴場さん――職場の先輩だ――は心配そうに俺に声をかけてくれた。
「なんか事件に巻き込まれたんじゃないか、って店長も心配してたからな。連絡しとけよ?」
「はい、そうします。ご心配をおかけしました」
申し訳なく思うのと同時に、ふと違和感を覚える。
「あれ?そういえば伴場さん、今日シフト入ってましたっけ?」
「え?入ってないけど?」
「なんでいるんです……?」
「発注♡」
「……お疲れ様です」
笑顔だが目に光が宿っていない。これがブラック企業の闇……。
一人戦慄していると、伴場さんは涙を流しながら俺の肩に手を置く。
「お前も気をつけろよ。他にやる事もなく仕事ばっかしてると、給料は増えねぇのに業務ばっか増えてくから」
「はは……肝に銘じます」
「なんだよ最低賃金って……クソ客ばっか相手して休む暇もねぇってのに……割に合わねぇよ……」
目を覆い天を仰ぐ姿は、あまりにも悲しい。とはいえ、今の状況は彼に非がないわけではない。
「しょうがないっすよね。別に稼がなくてもってダラダラ居続けた結果ですし」
「言うなよ……マジで早いとこちゃんと就職しときゃ良かった……」
ぐったりとしながら商品在庫を確認する伴場さん。仕事はできる人なんだけどな。せめて身体は壊さないようにしてほしい。
「じゃ、俺は荷物取って帰ります。お疲れ様です」
事務所に向かおうとすると、伴場さんがふと思い出したように言う。
「あ、そうだ。昨日お前が上がった後にお前の事聞いてきた子がいてな。連絡先、お前のカバンに入れてあるから確認しとけよ」
「男っすか、女っすか」
「女の子だったよ。結構可愛い子だったな」
間違いない、天音だろう。
「そうすか……ありがとうございます」
「おう。お疲れ」
事務所に入り、荷物をまとめつつ置かれていたメモを見る。そこには恐らく天音の電話番号であろう数字が書かれていた。
店を出る前に勤務中の後輩たちと伴場さんにもう一度挨拶をして店を出る。
喫煙所に向かい、タバコを咥える。ポケットのライターを探りつつ一人ぼやく。
「いつ連絡するかな……」
「今すぐじゃない?」
「……気配無く背後に立つんじゃねぇよ」
振り返るとそこには、やはりあの日のまま、変わらぬ天音の姿があった。
タバコを箱に戻し、彼女に向き直る。
「吸っていいよ?」
「いや……今はいい。それより――」
目と目が合う。互いに嘘など吐けない。
「――お前、なんでここに居るんだ?」
「なんでって……逢いたかったから?」
当然のように首を傾げる天音。
「そうじゃねぇ。お前は千年前……」
俺の言葉を遮って、天音は目を閉じる。
「そう、一回死んだよ。痛かったなぁ、足は取れるし、身体も焼けちゃってさ」
当時を思い出すように、天音は視線を落とす。
「まだ、私が偽物だと思う?」
「……あぁ、まだ信じられない。第一、あの状況からの蘇生なんて不可能だ。たとえ転生術を使ったとしても、あの頃と姿形が変わらないなんてことはあり得ない」
転生術は器となる身体の魂をはじき出して自身の魂を肉体に宿らせる術だ。つまり、見た目は全くの別人となる。
「蘇生でも、転生でもないよ。わかりやすくいうと……種族変化って感じかな」
「種族変化?あれは魔術での再現は不可能なはずだ」
「うん、その通り。だから、魔術とは別の方法だよ」
「……なんだって?」
それこそあり得ない話だ。だってあの現象は……。
「種族変化は基本的に魔族と契約を交わした人間に起こるものなんだけど」
「それは知ってる。身近に居るからな。それでも少なからず見た目に変化はあるはずだ。お前も幻術で偽装してるってのか?」
魔力の流れを読もうとする俺に、天音はあっけらかんと言い放つ。
「いや?私魔術使えないし。魔力ないもん」
実際、天音の身体を魔力が巡っている様子はない。先程背後に立たれて気づかなかったのはこのせいか。
「だったら……」
再び反論しようとする俺の言葉を遮って天音は意味深に言う。
「魔力はないんだよ。
「……魔力のない魔族なんていないはずだ」
魔力は魔族の生命の源だ。それを完全に失うというのは、死を意味する。
尚も疑いの目を向ける俺に、天音が訊く。
「ね、澪くん。転移術使えたよね?」
「あんまり使いたくないけどな。座標を探すのに莫大な魔力食うし」
転移術はそんな便利なものではない。天音に見せた時にも、せいぜい数メートルの転移が限界だった。
「大丈夫。座標は私が指定するから。澪くんは発動さえしてくれればいいよ」
天音が自身のスマホに座標を表示する。
それを術式に組み込み、俺は転移術を展開した。
「……よし、跳ぶぞ。ちゃんと握っとけ」
「うん」
天音の返事と、握り返された手の温度を感じながら、俺は魔術を発動させた。
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