第16話


 医師からの説明が終わったのか、千鶴の両親が出てきて近付いてくる。

 

 「千鶴まだ頑張ってるって」


 まだとか言わないでよ。


 「容体は助かるんですか?」

 「今はギリギリで持ち堪えてるみたい、なんかね千尋と咲也君が事故に巻き込まれた時に似てるの」


 なにが言いたいんだろう?俺が巻き込まれた事故に似てるって?


 「どうゆう事ですか?」

 「腎臓がね二つとも酷く損傷を受けちゃってて⋯⋯」


 それを聞いた時ようやく今まで体験した不可解な出来事の意味が分かった気がした。


 あぁ、今まで見てきた夢はそういう事だったんだ。


 その答えが正解かは分からないけど、いや今ならわかる千鶴は助かる。


 決意するのに時間はかからなかった。夢を見た理由も千尋ちゃんが泣いてた理由もなんとなくわかったから。


 「千鶴⋯⋯腎臓がなんとかなれば助かるって事ですよね?なら迷う必要無くないですか?俺の腎臓を使って下さい、生体移植しましょう医者に会わせて下さい」

 「咲也君⋯⋯でも⋯⋯」


 千鶴のお母さんが躊躇する気持ちもわかる、俺が移植を受けた片方の腎臓が元々千尋ちゃんの物って知っているはずだから。

 

 そうだとしても、今は一刻の猶予も無い状況かもしれない、俺は移植を受けた事実を知ったあとからそれを自分なりに勉強していたから、間髪入れずに携帯を取り出し母さんに電話する事にした。


 「母さん電話大丈夫?」

 「大丈夫よ、何があったの?」


 今までの経緯から今の状況を全て母さんに話した、母さんは頷くだけで何も言わなかったが話し終えるとテレビ電話に変えなさいと言ってきた。


 「咲也顔を見せなさい、あなたはこれから何をしようとしてるか顔を見せて話しなさい」

 「生体移植、千鶴を助ける」


 「そんな言葉を知ってるって事は勉強したのね?じゃこれから生きていくリスクも?」

 「もちろん知ってる⋯⋯」


 母さんはテレビ電話越しに不安気に笑ってみせた。たぶん俺の性格や思いを知った上での笑顔だったと思う。


 「わかったわ、このまま桜井さんに変わって」


 そう言われて電話を渡した。


 「母さんからです」


 何を話したかまでは聞こえて来なかったけど、千鶴のお母さんは膝から崩れ落ちてずっと泣いていた。


 話が終わったのか、涙を拭い力強く立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。


 「咲也君電話、このまま付いて来て」


 俺はそのまま医者のもとへ連れていかれた。話はうまくいったのか?母さんならうまくやるか。


 医者のもとに付くなり桜井さんが話し始めた。


 「咲也君こっちへ来て」

 「はい」


 差し出された椅子に座らされると、医者が重い口を開き説明を始めた。


 「まず君は未成年だよね?親御さんの承諾が必要に⋯⋯」

 「俺の、右の腎臓を千鶴に上げて下さい」


 確信めいた何かがあったから、俺は医者の話を遮って携帯電話を肩と顔で挟みながら、服をめくりその場所を指さす。


 「咲也変わって、でもなんで右のなの?」

 「夢で千尋ちゃんが泣いてたから」


 たぶんこの説明だけで母さんには伝わったんだと思う。


 医者に携帯を渡す前に画面越しに見えた母さんは身分証を片手に話そうとしていた。

 その姿をみて俺は安心してしまった。

 医者が話を終えたのか電話を返してきたので受け取った。


 「咲也頑張りなさい」

 

 母さん本当にありがとう頑張ってくるよとは恥ずかしくて言えなかったけど、小さく頷き電話を切った。


 医者から生体移植のリスク、術後のリスクなどの説明を一通り聞き終わり手術着に着替え検査を受けた。


 なにをされようとここからはスムーズに進むと確信があった、それが千尋ちゃんからのメッセージだとわかっていたから。


 今まで運命の強制力みたいなものに邪魔され何もする事ができなかったのに。


 それが嘘だったかのように物事がスムーズに進み、既に手術室に入っていた。


 鼓動が早鐘を鳴らす、医師が俺の口に麻酔を持ってくると自然と眠気に襲われそのまま気を失うように深い眠りについた。


 ふと気付くと暗闇の中に立っていた。

 なんとなくだが、見るような気がしていた。たぶんこれが最後だから⋯⋯


 「千尋ちゃん⋯⋯お別れなんだよね?」

 

 そう言うと暗闇の中に一筋の月明かりが入り込み千尋ちゃんを照らした。

 

 「うん」


 ニコッと笑う両目から涙が溢れ出ていた。でもその涙が悲しくて出てる物じゃないのが一目でわかった。


 「千尋ちゃん今まで守ってくれてありがとう助けてくれてありがとう」


 もう言葉にならないくらいの感情が込み上げてきた。なんて無力なんだろう。


 最後くらい笑顔で見送ってあげたいけど、流れ出る涙を抑えられない。


 千尋ちゃんが駆け寄ってきて、首根っこに小さな腕を回し抱き着いてきた。


 次の瞬間、『ピシャーーーンッ!』と頭の中で雷鳴に似た音が鳴り響く。


 一瞬意識が遠のいたと思ったら、頭の中を走馬灯のように映像が駆け巡り始める。


 俺が生まれた時の記憶、両親に愛された記憶、千尋ちゃん千鶴と遊んだ記憶。


 事故に遭った公園の記憶が見えた瞬間、意識が戻される。


 「咲夜君ありがとう」


 その一言で十分だよ。俺は千尋ちゃんを抱き返した。


 死者を現実世界に縛り付ける事は凄く苦しませる事だと何かで読んだ事がある。


 本当なら成仏して天国に行けてたはずなのに何年もこうして守ってくれていた、そう思うと送ってあげなくちゃと頭では分かっているのに⋯⋯


 俺は弱い情けない、今日だけで何度そう思ったか。


 「咲也なにしてるの?」

 「え?ち、千鶴?」


 俺はずっと夢の世界にいると思っていたけど違ったのかもしれない。ここは現実と天国の狭間の世界なのかもと思い千鶴を見た。


 「誰その子?」

 「誰って」


 千尋ちゃんは俺から離れ千鶴に駆け寄り抱き着いた。


 「え?お姉ちゃん?お姉ちゃん?お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

 

 千鶴は目から大粒の涙を流し始めた。

 気付いたら三人で大泣きって、昔に戻ったみたいだよね?色々な思いが感情と共に溢れ出してるんだと思う。


 大切な人を見送れなかった後悔、助けることができなかった思い。


 自分の弱さを知りそれでも強く守りたいと思う。


 あの日止まってしまった時間がようやくこれで進み出すんだと思えた。


 もう少し泣こう、三人で抱き合って泣き止んだら本当にさようならだから⋯⋯

 

 「千鶴⋯⋯」

 「わかってる、わかってるから」


 そう言うと俺等は千尋ちゃんから少し離れ最後の言葉を言い合う。


 「千尋ちゃん「お姉ちゃん」ありがとう」


 そう伝えると千尋ちゃんはゆっくりと顔を上げ満面の笑みで手を小さく振りながらこう言った『またね』と。


 「「またね」」俺等は笑顔で両目から涙を流しながら消えていく千尋ちゃんを見送った。

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