第十七話 地上へ①
その後も出口を求めて探索を続けた。
その間に遭遇するゴーレムは、もはや脅威ではなかった。
ルナの的確な戦術分析が、翔の思考を先回りするように響く。
翔はそれに、まるで長年連れ添った相棒のように、疑いなく身体を動かす。
そして、マナブレードの圧倒的な性能が、全ての抵抗を無に帰す。
三位一体の連携は、数を重ねるごとに恐ろしいほどに洗練されていった。
初めはぎこちなかった歯車が、今は寸分の狂いもなく噛み合い、一つの完璧な戦闘スタイルとして機能している。
結果として、翔のくたびれたバックパックは、あっという間に高純度の魔石で満杯になった。
一つ一つが、夜空で最も明るく輝く星々のように、内側から青白い光を放っている。
バックパックの隙間から漏れる光が、薄暗い通路をぼんやりと照らすほどだ。
「これで……六十万……いや、もっとか。でも、もう持っていけないな……」
翔は名残惜しそうに、しかし諦念を込めて呟いた。
手にした魔石のずっしりとした重みが、妹の未来の重さと重なる。
これを一つ持ち帰れば、どれだけ妹は良い治療を受けられるだろう。
その思いが、彼の心を締め付けた。
彼は、バックパックにしまいきれない魔石を、元の機械の残骸――灰と鉄屑の山――に戻そうとした。
妹の治療費を思えば、一つたりとも無駄にはしたくない。
だが、物理的に運べないのでは仕方がない。
唇を噛み締め、彼は手を伸ばした。
その様子を見て、ルナが不思議そうな顔で首を傾げた。
そのサファイアの瞳には、翔の行動が全く理解できない、という純粋な疑問が浮かんでいる。
「どうして戻すの? かさばるなら、自分の強化に使えばいいのに」
「強化? 何を言ってるんだ? 強いモンスターを倒せば、保有魔力が増えるっていう噂レベルの話はあるけど……直接どうこうできるものじゃ……」
翔の言葉に、ルナは今度こそ心底驚いたような表情を見せた。
まるで、人が呼吸の仕方を知らないとでも言われたかのように、目を丸くしている。
「……知らないの? 『無属性』の魔力をこの魔石に通してから砕けば、そのエネルギーが還元されて、魔力の総量が効率的に増えるのよ。それが、このマナ結晶体……魔石の最も効率的な使い方なのに」
「なっ……!?」
脳天を殴られたような衝撃。
魔石は換金アイテム、あるいは希少なエネルギー資源として売買される。
それが、この世界の探索者にとっての常識だ。
それを砕くなど、大金を暖炉に投げ込んで燃やすような、狂気の沙汰に等しい。
翔は、一つで十万円は下らないであろう、拳大の魔石を手に取った。
ひんやりとした感触と、ずしりとした重みが、その絶対的な価値を物語っている。
これ一つで、どれだけの食事ができ、どれだけの薬が買えるか。
これを、本当に?
「でも……こんな高価なものを……」
声が震える。
目の前の少女が悪魔の囁きをしているようにさえ思えた。
「やってみて。あなたのその『無属性』は、あらゆるエネルギーの触媒になる、とても特殊な性質を持ってるのよ」
ルナの揺るぎない瞳が、翔の迷いを射抜く。
そうだ。
この少女は、これまでも自分の常識を、覆してくれたではないか。
ならば、今回も――。
翔は覚悟を決めた。
ごくりと唾を飲み込む。
「ええい、南無三!」
意を決して、手に持った魔石に自分の魔力を注ぎ込む。
それは、なけなしの財産を、一世一代の博打に投じるような感覚だった。
じんわりと魔石が熱を帯び、内側の光が心臓の鼓動のように脈動を始める。
そして、その魔石を力いっぱい、石の床に叩きつけた。
パリン!という甲高い音と共に魔石は砕け、凝縮されていたエネルギーが解き放たれ、眩いほどの光の粒子となって霧散した。
次の瞬間、信じられないことが起こる。
光の粒子が、まるで生き物のように翔の身体に引き寄せられ、その全てが抵抗なく皮膚を通り抜けて吸い込まれていく。
「うわっ!?」
身体の芯が、カッと灼けるように熱くなる。
それは苦痛ではなく、空っぽだった器に、熱い液体が勢いよく注がれていくような、力強い感覚。
内側から何かが満たされていく。
自分の内にある魔力の器そのものが、物理的に一段階大きく広がったかのような、未知の全能感が彼を包んだ。
「これが……強化……」
翔は自分の両手を見つめ、愕然とした。
指先まで力がみなぎり、世界がさっきよりも鮮明に見える気がする。
地球の誰も知らなかった、あまりにも直接的で、効率的な成長方法。
翔は、床に転がる残りの魔石を見た。
それはもはや金の塊だけではない。
自分をさらなる高みへと引き上げてくれる、可能性の結晶に見えていた。
自己強化という、新たな可能性。
翔は、戦闘を重ねるごとに、その身をもって成長を実感していた。
ゴーレムを一体倒すたびに手に入る高純度の魔石を、もはや躊躇なく自らの力に変える。
魔力の総量が増えるにつれ、マナブレードの振りはより鋭く、より速くなり、身体能力そのものも飛躍的に底上げされていくのを感じた。
二人は施設の最上階を目指し、様々な区画を突破していく。
そこは、かつて多くの人々が活動していたことを偲ばせる場所だった。
膨大なデータが収められていたであろうサーバーが墓標のように並ぶ研究室。
壁にはホワイトボードが残り、そこには今となっては意味不明な数式がびっしりと書き殴られていた。
生活の痕跡が生々しく残る居住区画では、テーブルの上に置かれたままのマグカップや、開かれたままの本が、時の流れが突然断ち切られたことを物語っていた。
そして、施設の心臓部であっただろう巨大な動力室。
今は沈黙しているが、その威容はかつての活気を雄弁に物語っていた。
中には分厚い防火シャッターで閉鎖された区画もあったが、今の翔のマナブレードの前では、ただの薄い鉄板に過ぎなかった。
そして、二人はひときわ巨大なメインフレームが壁一面に並ぶ、施設の管制室らしき部屋にたどり着いた。
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