第3話
デル王国は、ディアモン王国から遠く離れた南方に位置する国だ。
長い歴史を持ち、建国以来ずっと女王が国を治めてきた。軍隊は持たず、代わりに外交と自国でしか生産できない農作物や加工品の貿易によって、豊かさを維持している。
だが何よりの強みは王家の血族が持つ強い魔力と、その結束力だった。王家の魔力は国全体を包み、国民を保護している。
争いを好まない穏やかな国として知られるデルだが、ディアモンとの関係は決して親密とは言えない。外交官の常駐が始まったのも数年前のことで、むしろ商人たちの方が、あの国の内情に詳しいほどだった。
デルの珍しい品をもっと扱いたい――そう商人たちに直訴された王は、次世代との本格的な交流を見据え、第一王女イサリナ・デルを貴族学院へ留学生として招いたのである。
デルの女王も快く応じ、一カ月もしないうちにイサリナ王女は貴族学園へ留学生として中途入学したのだが……。
肝心のイサリナは学園には殆ど来なかった。たまに顔を出してもすぐ帰ってしまう。
それでも、提出されたレポートは完璧で、テストも満点。
カンニングを疑った教師がさりげなく質問を投げかけると、『それならば口頭で試験を受けます』とイサリナは即答。結果、あらゆる教科で教師を言い負かしてしまった。
そんな訳でセラフィナとリディアが彼女と会話を交わすのは、今日が初めてなのだ。
学園における王女の対応は、貴族代表である二人の役目となっていたため、事前に王女についての資料は渡されていた。
しかしその内容はあいまいで、要領を得ないものばかり。どうやら原因は「言語」にあった。
公用語自体は似通っており、日常会話にはさほど支障はない。
けれど、これまでデルとの交流はほとんど商人が担っていたため、貴族特有の言い回しや敬語表現が正しく翻訳されていなかったのだ。
最終的に王宮の翻訳官がどうにか文章を調整し、ようやく学園にも届いた資料には、こう書かれていた。
「イサリナは子犬を大切にしており、留学の際にも多くを同行させることを条件にした」
「小柄で慈愛に満ちた王女である」
その記述を読んで、セラフィナとリディアは――。
「動物好きの、可愛らしい王女様なのだろう」と、自然に思い込んでいたのだが……。
***
「二人とも、そんなに緊張しなくていい。従者の方々にも飲み物を出してやってくれ」
滞在先の館へ入るなり、口調が変わった。どこか男っぽく聞こえるのは、デル王国の訛りのせいだろうか。
セラフィナとリディア付き従っていた護衛騎士たちは、全員女性だ。
勇猛果敢で男性騎士にも引けを取らぬ者たちだが、屋敷に入るなり立ち竦む。
セラフィナとリディアに到っては卒倒寸前だ。
そんな彼女たちの様子を見て、イサリナが悪戯っぽく目を細める。
「――ああ、気になるものがあれば、摘まんでくれてかまわない。寝室も用意させようか?」
「……い、いえ……その……」
セラフィナの声が裏返る。広い館で待っていたのは侍女ではない。
代わりにいたのは、艶やかな肌をさらした――ほとんど半裸の、美しい青年たちだった。みなアルセインに勝るとも劣らない美貌の持ち主だ。
ちなみに、この時セラフィナの護衛として同行した筆頭女性騎士の備忘録によれば、『館はまるで美男子の宝石箱』と記されている。
「さ、どうぞ遠慮なさらず」
「どうぞ、こちらへ」
彼らはにこやかに令嬢たちを出迎え、ひとりひとりに付き従って世話を焼いてくる。
セラフィナとリディア、そして護衛たちは、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
「女性の発言力が強い国だと聞いていたけれど……まさか、侍女の役目まで男性が担っているなんて……」
「……お姿も、随分と刺激的ですわね」
セラフィナとリディアは扇で赤くなった頬を隠しながら、ぼそぼそと囁き合う。
改めてイサリナを見直せば、彼女の姿もまた印象的だ。
小柄な愛らしい容姿に、身纏っているのは、薄絹に細かな刺繍の施された軽やかなドレス。
腰まで届く黒髪は緩やかなウェーブを描き、華奢な体を美しく飾っている。
しかしその外見とは裏腹に、イサリナは鋭い言葉を放つ。
「まったく、王太子にも困ったものだ。あんな場で淑女に恥をかかせるとはな。我が国であのような真似をすれば、その場で去勢だ」
物騒な事を言いながらイサリナがテーブルの菓子を摘まむ。
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