第3話『スイウの思い』
翡翠は静かに脈を打っていた。
金種節の気配が、風に混じって届いている。
けれど、スイウの歩みは少しだけ重かった。
「本当に、いるのだろうか。」
ハスメイは言った。
他の里にも、精霊様に愛された子がいると。
でも、その子の名前も、顔も、祠の気配も——何も知らない。
「僕と同じように、祠の前で祈っている子。
どんな声で祈るんだろう。
どんな目で、翡翠を見つめるんだろう。」
不安があった。
もし誰もいなかったら。
もし、祠が応えなかったら。
もし、自分だけが選ばれたのだとしたら——それは、孤独だった。
でも、希望もあった。
誰かがいるかもしれない。
同じように、季節の止まった道を歩いている子が。
その子と出会えたら、何かが変わるかもしれない。
スイウは翡翠を握りしめた。
川を越えたとき、橋は静かに揺れていた。
精霊様が応えた部分だけが、川の上に残っていた。
その先は、自分の足で越えた。
「僕は進むしかないんだ。
川を再び越えることはできない。
もう戻ることはできない。」
風が少しだけ重くなった。
土が、実を抱えるような匂いを運んでいた。
スイウは歩き続けた。
金種節の祠が、静かに待っている。
その日の夕方、スイウは里の門前に立った。
金種節の里は、静かだった。
家々は低く、土の色に溶け込んでいた。
けれど、人の気配はあった。
遠くから、何人かがこちらを見ていた。
スイウが近づこうとすると、誰かが声を上げた。
「止まれ。そこから先には入れない。」
声は硬く、冷たかった。
里の者たちは警戒していた。
外から来た者。祠を揺らす者。
その存在を、簡単には受け入れられない。
スイウは立ち止まり、翡翠を胸に手を当てた。
何も言わず、ただ祈った。
風が少しだけ揺れた。
けれど、誰も近づこうとはしなかった。
しばらくして、一人の里人が遠くから歩いてきた。
その者は、スイウを見つめたまま、振り返って誰かを呼んだ。
やがて、年老いた人物が現れた。
長老カンメイだった。
カナメイはスイウの前に立ち、翡翠を見つめた。
その目は静かで、深かった。
「お前の翡翠が震えた。
それなら、祠に手を合わせる資格はある。」
スイウはうなずいた。
カナメイは里の者たちに目を向け、短く言った。
「通してやれ。」
里の者たちは黙って道を開けた。
スイウは祠の前に立ち、翡翠を胸に手を合わせる。
「緑命に宿りし精霊様。
今日も健やかに過ごせますように。
この歩みが、ここに届きますように。」
祠の空気が、ほんの少しだけ震えた。
翡翠が、静かに脈を打った。
カナメイは祠の奥を見つめながら言った。
「季節が止まっても、祈りは止まらない。
それだけは、忘れてはならない。」
スイウはその言葉を胸に刻んだ。
金種節の祠が、静かに応えようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます