第11話 平穏な日常は続かない

「そういえば霧矢。飯を買いに行くだけに随分と時間がかかってたな。そんなに人がいたのか?」


 昼飯のパンを食っていると、突然金剛がそんなことを聞いてきた。


「あー……途中寄り道したからか?」

「寄り道?」


 金剛は不思議そうに首をかしげる。そこで俺はついさっき見たことを洗いざらい話した。


「……ってなことがあったわけよ」

「……それって、3年の斬華神きりかがみ先輩じゃない?」


 俺の話を隣で聞いていた琥珀朧がそんなことを言ってきた。


「知ってんのか?」

「知ってるも何も、ここの生徒会長だもん」


 なるほど、そだからあの男は会長って呼んでたのか。


斬華神きりかがみ天恵あまね。確か父親が世界的にも有名な証券会社の会長で、先輩は次期会長候補って色んなとこで噂されてるらしい」


 つまり、あの生徒会長の女はいいとこのお嬢様ってやつか。……一番関わりたくねぇタイプだな。


「ふむ、そんな人がこの清瀧の生徒会長をしているとはな。本来なら俺達のような一般人には到底お目にかかれない尊きお方なんだろうな」

「じゃああの副会長って呼ばれてた男はとんだ肝の据わった奴だな」

「副会長? ……ああ、2年の小金先輩のこと?」


 その名を口にした瞬間、琥珀朧は微妙に嫌な顔をする。


「あの先輩は現生徒会の副会長なんだけど、悪い噂が多いって有名なの。最近は会長にしつこく絡んでるって話もよく聞くし」

「あー……確かに、キッショい告白してたな」


 ああいうタイプの男は何やっても引き剥がせない上、下手に悪態つくと何してくるか分からないからな。あのお嬢様会長も大変だな……


「……あ! もう昼休み終わるじゃん! 次確か移動だよね!」


 天水の言葉に、俺たちは教科書等を持って移動する準備をする。

 まぁ結論、あの生徒会長がどうなろうとクソほどどうでもいいし、俺が気にすることではねぇな。


 *   *   *


「……なんで俺がお前と一緒に帰んなきゃいけねぇんだよ」

「それはこっちのセリフ。私も好きであなたと一緒に帰ってるわけじゃない」


 放課後、俺はなぜか琥珀朧と一緒に学園近くの商店街に来ている。

 コイツと帰ることになったのは全部理事長の所為だ。帰りのHRが終わったあと、理事長室に呼ばれたと思ったら、


『たまには2人仲良く帰路を辿りなさいな♡』


 なんてふざけたことをぬかしやがり、帰り道さえも指定してきた。


 結果、俺たちは指定通りの道を一緒に歩いているのだ。


「どんな荒れた道歩かされるかと思えば、こんな普通の商店街の中を通らされるとはな……」


 夕方にもかかわらず、商店街は人で賑わっていた。俺たちのような学校帰りの学生集団や、女子供がそこら辺の八百屋や魚屋で買い物をしている。


「相変わらず人が多い……」


 この賑わいに疲弊している琥珀朧。


「『相変わらず』っつーことは、よく来てんのか?」

「……まあ、東京こっちに住んでからはよく来てたから」


 その言い方だと元々別の場所から来たみたいに捉えれるんだが、いつから住み始めたんだ? 同じ1年なのに妙に理事長や秘書と親しげで、学園の内部事情についても割と詳しいし。


「……ちょっとそこ寄らせて」


 俺が考え込んでいると、琥珀朧は近くのコロッケ屋の看板が立てかけてある店に立ち寄った。


『あら霞ちゃん! いらっしゃい!』

「こんばんわ、おばさん」


 すぐにそこの店主のような人と親しげに話し始める琥珀朧。顔を覚えられるほど頻繁に来てたのか?


「クリームコロッケを一つ」

『あいよ! しかしまあ、しばらく見ないうちに大きくなったねぇ!』

「……成長期だから」


 そんな感じに談笑する2人を遠目で眺める。気のせいか、周りにあるいろんな店の人たちが琥珀朧を微笑ましそうに見つめている気がする。


(ここの奴らはみんな昔から琥珀朧のことを知ってんのか……?)


 ホントにいつから住み始めたのか。それとも住む前から商店街によく通っていたのか?

 当の本人は視線に気づいてないのか、気づいてて無視してんのかは分からないが、コロッケ屋の店主と楽しそうに話している。いや、無表情だから楽しいのかは分からないが、心なしか頬がほんのわずかに赤みがかっている気がする。


(コイツはいろんな奴に愛されてんだな……)


 そんなことを考えながら辺りを見渡す。


「……ん?」


 キョロキョロと見回していると、とある一人の学生に目が向かった。

 その学生は白髪だが毛先が薄いピンク色に染まっていて、小柄ながら出るとこ出てる恵体な女子校生で……


「なんだっけ名前、確か……」

「……なにやってるの」


 買い終わったのか、琥珀朧がこちらに歩み寄ってきた。


「なあ、あれ」

「ん? ……斬華神先輩?」


 その名前を聞いてようやく思い出した。そうだそうだ、清瀧学園の生徒会長の女だ。


「あの人もこの商店街通るんだ……」

「普段は見かけねぇのか?」

「うん。そもそもあの人が帰るのは夜中だから、こんな夕方に見かけることはめったに無い」

「じゃあ今日は早く帰れる日だったんじゃねぇの?」

「だとしても、こんな商店街を歩いて帰る……?」


 琥珀朧は不思議そうに遠くで歩いている生徒会長を見つめる。するとちょうど彼女の目の前から別の学校の学生集団が歩いて来て、


 そして……


『……え?』


 その学生集団が一斉に生徒会長に襲いかかり、そばにあった車に拘束された会長を持って乗り込む。

 その一瞬の出来事に俺たち含め、この商店街にいた全員が目を奪われている隙に、生徒会長を乗せた車は商店街のど真ん中を走り抜く。


「……は!? なんだ今の!?」


 俺が一目の前で淡々と行われた誘拐事件に戸惑っていると、琥珀朧が俺の手を引いて走り出す。


「ちょ、待て! どこに連れてく気だ!?」

「……決まってる。今の車を追いかける」

「はぁ!? 相手は車だぞ!? 無理に決まってんだろ!!」

「大丈夫、ナンバーはちゃんと記憶した。今走ればギリギリ見失わない」


 そう言いながら俺の手を引っ張り走り続ける。……まさか助けるつもりか!?


「……黒峰くん。あなたにとってはどうでもいいのかもしれないけど、私はそうじゃない。だから協力して」


 ざっくりとした説明と、その無表情と声のトーンからは考えられない力強い懇願に、俺は諦めて琥珀朧に従うことにした。


「わかったから離せ! 自分で走ったほうが速ぇ!」

「ん……わかった」


 そう言って琥珀朧は手を離す。急に離されたもんだから少し足を躓いたが、すぐに姿勢を立て直して琥珀朧と並走する。


「一応言っとくがな! 俺はあの車のナンバーなんて覚えてねぇ!」

「うん」

「だからテメェが案内しろ! いいな!」

「分かってる……もとよりそのつもり」


 そうして俺達は夕焼けに照らされた歩道を走り抜く。ギリギリ見失わないとは言っていたが、ホントに間に合うのか……?


 *   *   *


(……不覚)


 私は用意された椅子に縛られたまま、自身の不甲斐なさを反省する。周りには鉄パイプやらなんやらを持った男たちが群がっている。

 パッと見、30人くらいだろうか。まったく呆れる……


「こんな大勢で群れなければ、女の一人捕まえることすらできないのですか?」

『おーおー、そう言う大企業のご令嬢様は随分と余裕そうだな』

『ハハハ! これから自分がされることを理解してねぇんじゃねぇのか?』


 下卑た笑い声をこの倉庫内に響かせる。私は嘲笑の笑みを浮かべながら言い放つ。


「あなた達こそ、わたしに手を出したらどうなるか、その足りない脳みそを使って考えてみたらどうです? ……まぁ、群れることしか出来ない低能には難しいですかね」


 そんな言葉を放った瞬間、一人の男が鉄パイプで私の頭を殴る。かなり強く打たれ、私は頭から血を流す。


『あまり調子乗ってんじゃねぇぞこのアマ。もう少し痛い目みねぇと分かんねぇか?』


 軽く脳震盪のうしんとうを引き起こし、目の前がぐらつく。まずい、今殴られたら流石にキツイ……


『まずは集団リンチの刑だ! 歯ァ食いしばれや!!』


 その言葉とともに、一斉に鉄パイプが振り上げられる。


(……ここまでですか)


 覚悟を決め、静かに目を閉じた瞬間だった。


「……あー、ちょっと待った」


 そんな男の声が倉庫の入り口の方から聞こえてきた。私の周りに群がる男たちは一斉にその声の主の方に目線を向ける。


『あ? なんだテメェは?』

「えーっと……とりあえずその女を助けに来たヒーローってことで」


 その言葉を皮切りに、この場にいたすべての男たちの標準がその男子学生に向く。

 よく見ると、その男子学生は清瀧学園の制服を着ていた。3年であんな子は見たことないし、2年生か新入生? どちらにしろ後輩であることに代わりはない。


『ヒーロー気取りの命知らずか。よぉし! ならお前から潰してやるよ!』


 その言葉を合図に一斉に男たちが後輩君に襲いかかる。


「駄目! 逃げなさい!」


 しかし、時すでに遅し。先頭を走っていた男がすでに後輩君の目の前に来ており、その手に持っている鉄パイプを振り上げている。


『死ねぇぇぇぇ!!』


 そして、倉庫内に鈍い音が鳴り響く。

 ……それと同時に、1人の男が大きく吹っ飛んでいった。


『ぐあっ!?』

「……え?」


 よく見ると、後輩君が足を大きく上げている。まさか、蹴り飛ばしたとでも言うの……?


「……なんだ、思ったより全然弱ぇじゃねぇか」


 後輩君は上げていた足を下ろすと、雑に結ばれていたネクタイを外し、指をパキッと1回鳴らす。


「ハァ、変にビビって損したわ。……これで遠慮なくぶっ飛ばせるな」


 そう言う後輩君の顔は、ヒーローを名乗っていたとは思えないような不敵な笑みを浮かべていた。

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