第3話 【理事長】七瀬桜羅
私立清瀧学園理事長、
清瀧学園初代理事長である
そんな彼女も今や日本トップの学園を治める理事長として世に名が知れているわけだが、彼女は才女であるがゆえの悩みを抱えている。
* * *
「あー退屈だわ……」
そう言いながら私は自身の机にうなだれる。
「そういうことは目の前の資料の山をどうにかしてから言ってくれませんかね」
そんな私を横目に、隣で膨大な業務資料を次々と捌いていく男。彼はこの清瀧の理事長である私の右腕的存在、有能秘書の
「“暇”じゃなくて“退屈”なの。あーあ、どっかで国家転覆レベルのテロでも起きないかしら……」
「とても一教育機関の長とは思えない発言ですね」
「何事にも刺激は必要よ。刺激の無い人生ほどこの世につまらないものは無いわ」
まあだからといって、流石にテロは言い過ぎね。そんなことがホントに起きたら学園の存続にも影響が出てしまうものね。さて、仕事仕事……
「……刺激が欲しいから、
その言葉に、今まさに動かそうとしていた手を止めた。例の子らというのは、間違いなくあの子たちのことだろう。
「今更言ったところでもう遅いでしょうが、一応言わせてもらいますね。どんな事情があるにしろ、私はあの子たちを入学させることに反対です。貴女の私情で危険に晒される生徒が出てくる可能性も考慮してほしかったですね」
「一般的に見れば、その考えに至れる方が正常よ。むしろ理屈としてはほぼ100%正しい」
つい先日会った彼のように、個性や多様性の一言二言で済まされるような子ばかりではない。なんならあの子たちが他の生徒や教職員からなんらかの害を受けるかもしれない。けれど……
「でもね、そうは言ってもまだ齢15の子供よ。子供の未来をつぶすのは教師としても大人としても間違ってるわ」
「それは、まあ……」
そう言うと久遠はそれ以上は何も言ってこなかった。
「……」
「……」
しんみりとした空気が続く。どうしよう、別にこんなお通夜みたいな雰囲気を出したかったわけじゃないのに……
(そうだ……!)
この場の空気を和らげるために、私はある計画を彼に話すことにした。
「久遠。ひとつ相談いいかしら」
「何ですか?」
「入学式は例年通りの内容でいくことはもう伝わってるわよね?」
「……ええ、まあ。
「私、入学式で魔法少女のコスプレしながらアイドルやろうかなって思ってるんだけど」
「ブフッ!?」
その言葉に久遠は思いっきり吹き出し、その反動で膝を自身のデスクにぶつけてしまった。
「ちょっと、その反応は失礼過ぎじゃない?」
「そりゃ隣でそんなとち狂った相談されたら誰でもこんな反応するわ!! それこそ清瀧の評判だだ下がりだろ!!」
「何よ。私じゃ似合わないとでも言いたいの?」
「似合う似合わない以前の問題です!!」
ものすごい勢いで捲し立てる久遠。そんな猛批判されるようなことかしら……?
「大体なんですか魔法少女って! いい歳した大人がそんな女児向けのコスプレしないでください!」
「酷くない? 今の時代、大人が特撮や女児向けアニメにハマることなんて珍しくないのよ?」
「なら自己の趣味の範疇に抑えてください!」
……まさかここまで否定されるとは。じゃあやめとこ……
「で? 僕は何をすればいいんですか?」
すると突然、久遠が聞いてきた。
「え、何って?」
「いや、色々あるでしょう。制服の採寸や発注、あとクラス編成の見直しとか」
「……え、協力してくれるの?」
その言葉に対して久遠はため息をつき、言う。
「どうせ僕が何言っても、貴女が考えを変えることは無いでしょう? だったら最後まで付き合いますよ。どうせ
瞬間、私は彼に飛びついていた。
「ありがと〜久遠! 大好き♡」
「離れてください! 暑苦しい……」
久遠は鬱陶しそうに私を引き剥がすが、その頬はかすかに赤みがかっていた。まったく、照れちゃって……
「じゃ、お願いね!
「はいはい、仰せのままに」
そう言うと久遠はすぐさま理事長室を出た。そして私もすぐに自分のデスクへと戻る。
「さて、私も仕事を再開しますか!」
⌘
「まったく、あの人の無茶振りにはいつも苦労させられる」
とは言いつつも、僕はすぐさま準備に取り掛かる。あの人は、理事長はいつもそうだ。よくどこかへと出掛け、問題を持ってきて帰ってくる。ソレに対応するのに一体どれほどの時間がかかるのか分かってんのか……?
……まあ、うだうだ言ってても仕方ない。結局のところ、あの人の采配で失敗する可能性はほぼゼロに等しい。豊富な知識や鍛え上げられたカリスマ性のおかげでもあるが、あの人の一番の力はなんと言っても『予測能力』である。一手先どころではない。二手、三手と、まるで未来で見えているかのように問題に立ち向かう。将棋やチェスなどのボードゲームで例えるなら、対局が始まると同時に頭に自分の勝ちへの道が示されているようなものだ。
もはや未来視と言ってもおかしくないレベルだが、そんな反動なのか、普段はふざけてたりおちゃらけていたりしてる。だから嫌なんだ……
「さて、僕もやるべきことをやらないとな……」
そうして僕は、理事長からもらった例の
* * *
「……とまあ、そんな感じで色々話が進んでね。入学式の5日前である今日、君の制服と鞄を届けに来たってこと」
目の前の男(名は久遠天青というらしい)は、俺に制服やら鞄やらを差し出すついでにそんな話をしてきた。
「頭おかしいんじゃねぇの? あの女」
「気持ちは分かるが敬語を使いなさい。一応、アレでも学園内で一番偉い人なんだから」(※一応? アレでも? by七瀬)
そうは言うが、まったく敬いたいと思えない。そもそも、俺みたいなイレギュラーな入学生が俺以外に8人いるってことも今初めて知ったし。
「ちゃんと説明しとけや……!」
色々と文句を言いたいが、言う相手がいないのでグッと堪える。
「とりあえず、渡すものは渡した。あとは自分でどうにかしてくれ。僕はもう帰って寝たい……」
そう言う男の目の下には隈が出来ていた。……少しだけ、ホントにほんの少しだけこの男に同情した。
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