霞散霧消、されど想い散らず……

推活二次郎

第1話 推薦

 黒峰霧矢くろみねきりやという男は、ざっくりと言ってしまえば素行不良少年である。暴力沙汰は勿論のこと、カツアゲも日常的に行っており、警察からもかなり危険視されているような悪ガキだ。まあその素行不良少年というのが俺のことであるのだが。

 そんな俺は今、俺の人生で5本の指に入るレベルの面倒事に直面している。


「オルァ!舐めてっと痛い目見るぞゴルァ!」


 目の前の特攻服を着た大柄な男は、釘が何本も刺さった金属バットを振り回しながらそんな怒号を俺に放った。金属製の釘バットとかいう昭和のツッパリもビックリな極悪凶器をどのようにして作ったのかは気になるが、今はそんなことより気にしなければいけない事がある。


「フン!アンタらみたいな猿の群れが幾つあろうが、アタシらの敵ではないよ!」


 俺の後ろでふんぞり返ってる和菓子屋の女店主・茶原灯さはらあかりは負けじと声を上げた。そう、この女こそ俺が面倒事に直面することとなった最大の原因。訳あって扶持ぶちに困っていた俺を騙し、最近この商店街でよく迷惑行為をする暴走族【阿修羅連合あしゅられんごう】の相手をさせやがった。


『オイオイ、まさか鮫島さめじまさんの相手をガキ一匹とババア一人で相手にする気か?』

『ギャハハ!無謀にもほどがあるぜ!鮫島さんは一人でを同時に相手に出来るんだぞ?』

『その戦いっぷりから付いた二つ名は『阿修羅様』!鮫島さんにかかればテメェらごとき瞬殺よ!』

「俺はこれまで99回の喧嘩を無敗で終わらせた。つまり!テメェらが記念すべき100人目と101人目ということだぜぇ!」


 無駄にバットを振り回しながら俺らを威嚇する、鮫島と呼ばれた暴走族のリーダーとその取り巻き。


「残念だがアンタらに勝利は訪れないよ。こっちにはこの商店街最強の番犬がいるんだ。さあ、奴らに二度と喧嘩のできない身体をプレゼントしてやりな!」


 そう言うと、「やっておしまい!」と言わんばかりに茶原灯は指で俺に指示する。そこで俺はようやくその口を開いた。


「……なあ、アンタ俺のことモンスターかなんかと勘違いしてねぇか?」

「何言ってんだい、そんなわけないだろ」

「だよな。なら何で棒モンスターアニメの主人公のように俺に指図してるんですかね……?」

「そりゃアンタは出会った頃からモンスターのような奴だったからに決まってるだろ」

「ん? 今会話してたよな?」


 まあ40年も生きてりゃあ、ボケが始まってもおかしくは無いか……


「つーかアンタがやればいいだろ、『鮮血の鬼姫』様よ」


 『鮮血の鬼姫』。それは20年以上前にこの千葉県を統一した伝説のスケバンの異名だ。その身は殴った相手の返り血で染まり、紅い髪も相まって喧嘩をするその姿はまさに鬼のようであったとか。

 そしてその伝説のスケバンこと『鮮血の鬼姫』というのが、この茶原灯という女のことである。


「残念ながらアタシも歳には勝てんのさ。出来ることと言えば精々躾程度に殴り飛ばすぐらいだね」

「十分じゃねぇか。なら俺はいらねぇな」

「最近ギックリ腰になってしまってね……」

「じゃあまず外に出んな。休め。つーか不良高校生十数人を一人で相手すんのに対価が飯だけってのも割に合わねぇだろ。」

「幾つか新商品の試作品があるんだが、試食してみるか?」

「……」


 文字通り甘い誘惑に負けた俺は、「それはズルいだろ……」と思いながら観念して立ち向かうことを決意した。そもそも飯のためにこの場へ駆り出されたのだから、結局のところ俺に選択肢など無かったわけだ。


「何だ? やっと覚悟が決まったか?」


 鮫島はニヤニヤしながら俺にそう問いかける。


「ああ、やっと決まったよ」


 そう言いながら俺は鮫島の近くへと歩を進め、距離わずか20センチ強の距離に着くと、俺は問う。


「だから次はテメェの番だよ。死ぬ覚悟は出来たか?」


 *** ***


「アッハッハ!やるじゃないか!」


 カウンターで大盛りチャーハンを貪る俺の目の前で、大笑いしながら俺を激励する茶原灯。結論から言うと、あの鮫島という男は名ばかりの男だった。頭部に蹴りを一発入れただけで伸びてしまい、それを見た取り巻き数十人は叫び声を上げながら逃げて行ってしまった。そして俺は伸びた鮫島を商店街の外にあるゴミ置き場に放置し、後始末を終えて茶原の営む和菓子屋に戻って、そして今に至るというわけだ。


「しかしまあ、相変わらず見た目にそぐわない怪力だね。それだけの力があればプロ格闘技選手として活躍出来ただろうに」

「ルールの範囲でやる殴り合いは堅苦しいだけだ。第一、俺は格闘技に興味無ぇし」


 淹れたてのほうじ茶を一気に飲み干したあと、残りのチャーハンを口の中にかき込んだ。


「ごちそぉさん」

「お粗末様。いつも通り代金はツケとくからね」

「おー、生きてたらちゃんと払うわ」

「払うまで死なせないから安心しな」

「うわ怖っ」


 そんな軽口を交わしていると、店内にあるテレビから一つのニュースが流れる。


『速報です!今年の四聖チャートが公表されました!』


 その言葉の後すぐに場面が切り替わり、折れ線グラフが描かれた図が表示された。それと同時に、店内にいる客が一斉にテレビの方へと視線を向けた。


『今年は玄武の勝ちか』

『確か去年は僅差で朱雀が勝ったんでしたっけ』


 店内からそんな会話が次々に聞こえてくる。


「ふ~ん……ま、概ね予想通りってところかな」

「……なぁ、何だよこれ」


 俺がそう聞くと、茶原は「こいつマジか」って顔をしながらため息をついた。え、なに? 俺そんな顔させるようなこと言った?


「そんな顔するようなことか?」

「いや、なんというか……アンタがここまで世間知らずとは思わなかったよ……」


 そう言うと、茶原灯は側にあった古い新聞紙を俺に見せてきた。


「70年以上前、当時都内で最も権力を持っていた四つの名家が今の日本の教育社会の四つの基盤を作り上げた。その基盤というのが日本を代表する超名門校……清瀧学園せいりゅうがくえん彪狛学園ひょうごまがくえん鳳学園おおとりがくえん真穐冥学園しんしゅうめいがくえんだ。けどその名家らは超が付くほど仲が悪くてね、毎年それぞれの学園の卒業式が終わる度に、どの学園が一番多く優秀な生徒を卒業させることが出来たか競い合ってるんだ。まあそれが何十年も続けば恒例行事と化すし、今では四神チャートなんて仕組みも出来上がっちまったんだからな」


 茶原灯はその新聞の見開きいっぱいに載る4つの校章の写真を指さしながらそう説明した。子供の争いかよ。まあそんだけ頭の良い学園なら、卒業するのも一苦労なんだろうな。


「玄武だの朱雀だのと、やたら四神の名前が出てくるのは?」

「学園がそれぞれ東西南北の位置に建っているからってのと、名前が四神を元に付けられたからだね。《東の青竜》だったり《西の白虎》だったり、そのまんまの愛称で呼ばれてるんだよ」

「ふーん……」


 茶原灯はそれだけ言うと、例の試作品とやらを取りにキッチンの奥へと向かった。まあ俺も正直それ以上の興味は唆られなかった。知ったとこで俺には関係の無い話だしな。


「ほら、持ってきたよ」

「どーも……ってオイ」


 茶原灯は例の試作品を持ってきてくれたのだが、その異様な見た目に思わずツッコんでしまった。


「一応聞くんだが、これ制作過程どうなってんだ?」

「中々に凝ってるだろう? 名付けて『猫ちゃん大福』!みかん大福で顔を、苺の形を保つように作った苺大福で耳を表現したんだ。ちなみに顔はチョコソースで描いたんだ。我ながらよく出来てると思うよ」

蜜柑みかんなのか苺なのか和なのか洋なのかハッキリしろや」


 とは言いつつも、俺はソレを一口で食べた。


「でも何だかんだで美味いんだよな……」


 此処の和菓子は見た目はアレだけど味はちゃんと美味いから連日客が途絶えないんだよな……


 *** ***


 それからしばらく店内で時間を潰し、17時を過ぎた頃に店を出た。


「さてと……」


 色々考えた結果、取り敢えずその辺をぶらぶらと歩き回ることにした。これと言ってやることもなし、子供とて警察に見つからなければ夜中に街を出歩こうがどうしようが自由なわけだ。ただ、昼間の暴走族……【阿修羅連合】だっけ? ソイツらの所為で警察の夜間のパトロールがいつもよりかなり強化されているから、あまり車通りの多い場所でウロチョロするのも良くない。

 とはいえ、流石に何もせずにただ歩き回るだけってのも退屈なのだが……


「もしもし、そこの君」


 どうしようかと考え込んでいると、突然1人の女に話しかけられた。やけに昭和じみた古風な私服にベレー帽、そして漫画でしか見たこと無いぐるぐるメガネをかけている。

 ……どう見ても怪しすぎんだが?


「……何?」

「急にごめんなさいね。確認させてほしいのだけれど……黒峰霧矢くんで合ってる?」

「……? そうだけど」


 俺がそう言うとその女はメガネとベレー帽を外し、そして持っていた鞄から一枚の名刺を取り出し、俺に渡してきた。



 【清瀧学園理事長 七瀬桜羅ななせおうら



「…………はぁ?」


 驚きのあまり、思わず素っ頓狂な声を上げた。驚いたのはその女の名前ではなく、その上に書かれた肩書きにだ。

 数秒ほど固まってしまったが、すぐに我に返り、そして再度女の方へ目を向けた。


「改めまして自己紹介を。私は七瀬桜羅。清瀧学園で学園長を務めています」


 「そして」と、その女は続けて衝撃の一言を発した。



「黒峰霧矢くん。貴方に我が学園への入学を薦めに来ました」


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